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インセクタム  作者: 初来月
54/112

054 アリスの言霊

 激しい暴風雨の音に交じり、水っぽい何かが落ちたような音が響く――



<へ? ぼ、ぼちゃ……何の音かしら?>


 このアリスの少し間の抜けた声に合わせるかのように眼前のアンノウンが僅かに動きを見せる……と言っても我々が最初に目撃した時と変わらず、幾つもある脚を順に持ち上げただけ……そこからは我々への攻撃性のようなモノは感じられない。


 その敵意の無さを示すかのようにアンノウンの緩やかな動きが又もや止まる。


「あれは何をしてるんだ?」


<分かんない……モジモジしてる?>


 この少し気の抜けたアリスの返答を合図にサブカメラの一つがズームされる。


 奴の多脚の向こう、ここからではよく見えぬ空間に何かないかとアリスが探りを入れたのだ。すぐに降り注ぐ雨粒が補正によって消され、明るさが調整されていく。そして次の瞬間、後方の空間に立体感のある薄黄色い何かが映し出される。


 だがやはり、ここからではハッキリと画像を捉える事ができないようだ。


<……何これ?>


「さっぱり分からん……質感からすると、無機物には見えんが……」


<無機物に見えない? 位置的にはアイツのお尻の辺り? ウンチとか?>


 このアリスの言葉に眉をしかめた俺だが、それとは別に一つの覚悟を決める。


 それは少しばかりの犠牲……こいつは非常に得体のしれない相手であり、このまま黙っていては本当に何も始まらないと感じたのだ。


 銃器を持った感覚がフィードバックされた右手にも僅かに力が入る。



 そんな緊張が高まった俺とアリスが沈黙する――



 その静寂を先に破ったのは、やはりアリスであったようだ。


<ねえねえ……結局、どうするの?>


 アリスの短い疑問の言葉……この少しイラついた調子の声が響く中、この数瞬で得た情報を纏めた俺はようやくとばかりに口を開く。


「敵意が無いならば思う存分に観察させて貰うだけだ」


 すぐさま返った了解の返事と共にアリスが仕事を開始する。


 まず、自機の簡易ソナーと後方のホバーからの情報を合わせた建造物の内部予想図が示され、ここから読み取れる熱量を持つモノの位置図が重ねられていく。


 そこからピックアップされるようにして別のタブが作られる。そこに眼前に見える口らしきモノと多脚のサイズから予想されたアンノウンの姿が作られていく。


 さて、この一分ほど掛けて出来上がったモノを改めて見たアリスが呟く。


「うーん、蜘蛛っぽい何か……かしら?」


 正面を入り口として幅が五十メートル、奥行きが六十メートルほどの大きさの体育館……そこに陣取るアンノウンの大きさは十メートル四方程であったようだ。


 一見するとアシッドと同じくらいの大型のサイズ……だが奇妙に長い多脚の存在を含めてであり、本体はアントを少し大きくした程度という事である。


 言うならば、やけに脚の本数が多いジョロウグモといった感じだったのだ。


「蜘蛛か……まさか、君の『罠の例え話』の件が本物になるとはな……」


<うっ!? ふ、フラグって奴かしら?>


 戸惑うアリスを他所に再び動きを見せた相手の攻撃・行動方法を想定していく。


「蜘蛛か……尻にしろ、口にしろ、開口部からの糸の放出くらいは考えられそうか……脚部に精密さは見えるが、力は感じないな……硬さも感じられない」


 気を取り直したのか、アリスも疑問の言葉をもって会話に加わってくる。


<ねえねえ、大きさからして入れない事は無いけど……入口の大きさからすると随分と無理くりに入ったみたいよ……となると体育館に入った理由は何かしら?>


 さてさて、確かにそれも気になる事ではある。


 だが、それよりも今、この狭い開口部しかない建物で行動するように奴に攻撃を仕掛けた場合、どのような行動をするのかという疑問が浮かぶ。


 そして……すぐには出てこれないだろうという結論に至る。



 しかし、我々の眼前で突如として予想外の出来事が起こってしまったようだ――



 接近を注意する激しい警報と共にレーダーに幾つもの反応が現れたのである。


 熱を持ち、電気信号で動く何か、アンノウンでもない、周囲の味方ではない幾つもの反応が突如として眼前の見えない空間に現れたのだ。



 そいつらの熱量、電気信号が数を増やし、一気に強まっていく――



 これには二人揃って大いに驚いてしまう。


<どっからっ!?>


「分からんっ!!」


 叫ぶと同時、俺は後方へと倒れ込むようにして慌てて膝を曲げて大地を蹴る。


 同時にアリスが胸部の装甲に隠れたノズルと背部のメインノズルを全開にして吹かす。これにより機体は一瞬のうちに後方へと退いていく事となる。


 その次の瞬間、僅かに距離が開くや否や、体育館の正門というべき場所から小型の蜘蛛というべき生物が比喩でなく溢れるようにして次々と飛び出してくる。


「……っ!? 今、生まれたという事かっ!?」


<うえっ! 気持ち悪ぅ!>


 アリスの嫌悪感溢れる言葉が響く。



 だが、俺の方にはそれほど大きな驚きは無かったようだ――



 朝霞駐屯地で最初に遭遇した敵、光が丘の病院で生身で戦う事となった敵……これらの経験の所為もあって眼前の状況は十分に想定内であったという事だ。


 冷静さをしっかりと保ったまま、後方へと退きながら俺は皆へと指示を送る。


「多数の小型のインセクタム発生、予定変更! まずは全員で発生した敵を掃討するっ! 敵は生まれたばかりで柔らかく見える。硬化する前に仕留めるぞっ!」


 この俺の言葉を合図にするようにアリスが攻撃を開始する。


 すぐに左腰部・ミサイルボックスが機体の足元の方向へと角度を変える。次の瞬間、ボックスの蓋が開いて上から順にと小型誘導ミサイルが発射されていく。

 押し出されるように射出された誘導弾のロケットモーターが点火するや否や、一気に加速し、追跡してきたインセクタムの群れへと次々と着弾していく。



 その効果は絶大であったようだ――



 小さな爆風に紛れて小型インセクタムの脚部が幾つも千切れ飛んでいく。


「着弾確認、やはり、相手は硬化前のよう……効果は絶大っ!」


<本来の目標のアンノウン! 未だに動きなし! 左右からマイキー隊、金田隊、後方から橘隊、到着っ! 全機による低火力兵器による掃討を開始っ!>


 肩部後方のノズルが盛大に吹かされる事によって機体が急速に立ち上がる。各部のノズルが細かく吹かされ、各部の姿勢制御モジュールが大きく唸りを上げる。


 瞬時に五メートルの後退を済ませた我々は自身の機体のバランスを整える。そんな我々を追うように小型インセクタムたちが次々と走り寄る。だが……


「僚機の配置確認……アカンド機、射撃を開始する」


「アビー機、射撃を開始します」


 体育館前の十字路、我々の左手となる南側の道路を抜けてアビーとアカンドが現れる。崩落地点を超えずに残った彼らは圧倒的な速さでポイントに到達したのだ。射線を取る為に右手の壁に張りついた二機の腰部マシンガンが一斉に火を噴く。


 さて、生まれたばかりで表皮が柔らかかったのだろうか……本来は足止め用である12.7mm重機関砲が掠めるだけで相手は肉ごと抉り飛ばされていったようだ。



 下手をしたら百体はいそうな小型インセクタムが次々と消し飛んでいく――

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