052 完全なる勝利
やはり、試作型AI搭載の『AA-PE』は格が違った――
荒くなった鼻息を隠せない程に興奮した三島でなくともそう思うだろう。
何せ、我々の背後を断つように突如として現れた八体のインセクタム……それらを僅か三機で一分も経たずにして殲滅してしまったのである。そう、この一瞬の交戦によって生まれた結果は見れば、誰もが格が違ったと断言をするという事だ。
普段は何に対しても謙遜気味である俺が思わず、そう考えてしまう程――
正直、この想像以上の結果を受けて俺の心臓は高鳴る。あのアリスとの初めてのシミュレーションの時とすら比較にならない程に激しく胸が高鳴ってしまう。
眼前のモニターに心拍数の注意が表示される程……である――
「いや、シミュレーションで凄いところは何度も見てましたけど……命懸けの本番だし……って言うかシミュレーションよりも断然に良い結果ですよねっ!?」
その俺の普通ではない高鳴りを代弁するように三島の更なる賞賛の声が響く。
だが、それを適当にあしらいながら我々は新たな防衛ラインへと急ぐ。後続としてこちらに向かっているはずのアシッド……奴らが噴き出す酸を受けない位置、少しでも長く建物の影になる位置へとポジションを移動しなければならないのだ。
到着と同時、一呼吸置いた俺は指示を叫ぶように伝える――
「全員、ポジションに就いたな! ここで防衛ラインを敷いてシックルとアントを迎撃する! アシッドが広場に出たら最大限に注意っ! それと三島は落ち着けっ! 気持ちは分かる! 我々も皆、驚いている! だが、その話は後だっ!」
まだ冷めない興奮……それを発散するように俺は一気に言葉を続ける。
「敵接近まで十秒……アシッドは遅れて二十秒っ! 変わらず俺と田沼機のツートップだっ! 大崎機は右側の団地の上っ! 三島機は後方を中心に警戒っ! 更に増援があると思えっ! よし……全機、新たな作戦概要に急いで目を通せっ!」
ここまで一気に口にした所で俺の機体内部に新たな警報が鳴り響く。
これは先ほど距離を置いた『本来の目標』であるインセクタム集団の反応……レーダーの端に映っていた奴らが我々との交戦距離に入ったという合図である。
だが、この少しばかり煩い警告音はアリスによって無慈悲に切られてしまう。
<ねえねえ、さっきの結果って三島の言うように結構、凄いよね? これなら皆、満足してくれるよね? 西島さんと約束した映る権利もいけるよね?>
少し警戒しているかのようにジリジリと近寄ってくるインセクタム……二つの支援小隊の面々も渡る場所を見つけたのか左右から一気に距離を詰めてくる。
それらの現在位置を瞬時に確認した俺は三島と変わらぬ程、更に鼻息の荒くなったアリスを諫める為、その嬉しそうな言葉にハッキリと答えを返していく。
「どちらも期待大だっ! 来るぞっ!」
その俺の叫びを合図に一匹のシックルらしきモノが姿を現す。
建造物と建造物の隙間を抜けた強風が巻き上げた土埃に雨、塵……それらを大量に含んだ薄汚い霧を吹き飛ばすようにして姿を現したのは我々が足止めした二体ではなく、後方から追ってきていた一体……β4と識別された個体のようだ。
「田沼機は弾を温存っ! アリスっ! 射撃管制装置を解除っ!」
<オッケー!>
こちらを明らかに認識しながら飛び出してきた一体のインセクタム……既に向きを変え、こちらへと走り始めたシックルの頭部に素早く狙いをつける。手持ちのレールガンを僅かに動かし、射撃管制装置を使う半分ほどの時間で相手を捉える。
最短の時間で行われた引き金を絞るという動作……次の瞬間、初速から最高速に達した弾丸がレールガンを抜け、相手の頭部をいとも簡単に吹き飛ばす。
そんな俺の耳にシュインという甲高い音とパシュンという乾いた音が聞こえてくる。続いて現れた敵の頭部を今度はアリスの操るアクティブカノンが貫いたのだ。
レーダー上のβ4、β3と表示されていた赤い点滅がパッと消え去る。
この一瞬の出来事に又もや信じられないような興奮が沸き上がる――
そう、旧式のエルザであれば、どんな作業でも必ず確認が行われるが、アリスは自己判断で必要とあらば次の行動へと勝手に移ってくれるのである。
その素晴らしい結果は眼前の通り……
単純な戦闘時間の短縮、数的有利な状況を作り出すまでの速さ、思考する為の時間の取得……彼女の自己判断によって得られるメリットは膨大という事である。
しかも、我が部隊の試作型AI……この有能な存在は彼女だけでないのだ――
俺の後方からパシュンという乾いた音が一発だけ鳴り響く。
「あっ!」
<失礼、大型建造物に飛び移ろうとしたシックルを撃墜しました>
一つの射撃音と大崎の少し間の抜けた声……それに被さるようにリサの声が響く。アリス同様にリサが自身の判断でアクティブカノンは放ったのだ。
アリスによってサブカメラの一つに素早くフォーカスされたシックル……既に硬直し、ただ落下していく残骸となった姿が俺の目にもようやく映る。
「うぅ……俺、いるんっすかね?」
大崎の情けなさが目一杯に詰まった声に素早く答える。
「今はまだ必要だ! まだ彼女たちの機能は戦闘にしか割り振れないからな! 何よりも俺も気付いたのは今だっ! 貴様と何ら変わらんっ!」
いずれは我々など必要なくなる。だが今は……特に『AA-PE』での前線での戦闘という局所的な環境においてはまだまだ我々の力も必要なのだ。
自分に言い聞かせるようにそう答えた俺の耳に今度は別の声が入る。
「面倒なのでブースターで飛び越えてきた! ついでにβ2をやったぞ!」
「金田機、裏手を歩いていたα1と2を撃破……合流する」
二つの支援小隊の隊長であるマイキーと金田である。
レーダー上の表示を見る限り、どうやら彼らは共に単機で強引に崩落地点を飛び越えてきたようだ。そんな彼らのほぼ同時に聞こえた報告に纏めて答えを返す。
「二人とも……合流を感謝する!」
だが、やはりというか……今しがたに合流してくれた二人が同時に微妙な反応を示す。これは……改めて背後からの奇襲があった事が伝わった結果なのだろう。
「遭遇戦とはいえ、八体を一瞬に……だと……」
「これが……日本の試作型の力……アメイジング……」
それぞれの呟き……心の底からの驚きが無線を通してヒシヒシと伝わってくる。だが、彼らをこのまま放心状態にする訳にはいかないと俺は急ぎ声を掛ける。
「アンノウン捕獲のチャンス……結果の共有は後回しにさせてもらう」
思わず茫然と仕掛けた小隊長二人、心を切り替えたであろう了解の声を合図に俺は新たに考えついた作戦をアリスを通して伝えていく。
……とは言ったものの、もはや作戦と言うほどのモノではないだろう――
伝えたのは全機による射撃……レーダー上、我々の通り抜けてきた道にすし詰めとなっている全ての敵への斉射である。
無駄弾はあるが、直線状に並んだ奴らに斉射を防ぐ術は無い。溜めのいるアシッドの酸の発射も既に間に合わない……という事だ。
全六機によって形成されたライン……そこからの斉射音が鳴り響く――