051 AI・リンクシステム
続いて正面から走りこんできた足の速い二匹のシックル……その眼前の空間へと小型誘導ミサイルを撃ち込み、爆風を利用した軽い足止めをする。
その隙に我々三機は前方を向いたまま、足早に後方の公園へと退いていく――
「思ったよりも反応が良いな……後退を急げっ!」
<<了解っ!>>
降り注ぐ大粒の雨の所為か、滑らかに動く脚部そのモノからの音はほとんど聞こえない。精々のところ、脚部の着地音……だが、この強風の所為も相まって各部の小型三軸姿勢制御モジュールの方はいつもより激しい唸りを上げているようだ。
そんな中、俺は周囲から聞こえる様々な音に負けじと声を上げる。
「十字路に入るっ! 大崎機は右手、田沼機は左手を警戒しろっ!」
「了解っ! 田沼機……現在のところ、敵影無し」
「大崎機、了解……上方のアント、こちらの後続は無しです!」
ベテランとなりつつある二人の素早く的確な返答……これを合図にするかのように八階建ての建造物を背に警戒を強める我々の眼前で巻き上がった土砂、小型ミサイルによって作り出された土砂が暴風によって一瞬で何処かに吹き飛ばされる。
そして次のシックルの反応が現れる。
目視では見えていないが、距離は十五メートルといった所だろうか――
ここで俺は先ほど送られてきた新たな敵味方の配置図へと目をやる。だが……
「……っ!? アンノウンに動きなしかっ!?」
<ホントだっ! なんでっ! こっちに気付かなかったのっ!?>
「分からんっ! だが、これは色々と不味いぞっ!?」
アンノウンに動きなし、これはマイキー隊がインセクタムの集団の背後を取るとマイキー隊がアンノウンによって背後を取られてしまうという事になるのだ。
当然、それを理解しているマイキーはこれを大いに嫌がる。
その為、予定していた総隊司令部跡の裏道、奴らの背後を取れるポイントではなく、建物の表側の方を迂回して別のポイントへと移動しているという訳だ。
ここまでは……まあ良い。
だが、このままマイキーたちが素直に包囲地点へと出てきてしまうと『現在、北から向かっている金田隊の射線を潰す』ような形になってしまうのである。
つまり、余り宜しくない陣形になる訳だ――
まさか、本能でこちらの嫌がる事でもしているのだろうかと訝しむ俺……そんな俺の耳に全く予想していなかったマイキーの悲鳴のような声が聞こえてくる。
「Holy shit!? セイジ、不味い! 眼前で崩落っ! 駄目だっ! この雨の所為で深さも幅も分からないっ! これは……残念だが、迂回地点を探す!」
さて……
突然の新たな崩落という不運を悲しむべきか、それとも大切な彼らが巻き込まれなかった幸運を喜ぶべきか、そんな無駄な選択肢が頭に過った俺に今度は金田隊のホバーからまるで冗談のような……新たな不運を告げる通信が入る。
「こちら金田隊っ! 眼前で大規模な崩落が起こりました! とても超えられそうなサイズでは無い為、そちらへは迂回して向かいますっ!」
突然の支援部隊との分断である――
「不味い……物凄く嫌な予感がするぞ」
この瞬間の状況だけ見れば、明らかに罠である。こちらの配置を認識し、まるで分断の時を狙い定めていたかのようなタイミングという事だ。
相手が知恵ある種族であれば明らかに我々を仕留める為の必殺の罠である。
「ホバー、三島機! 急げっ! 更に後ろに退くぞっ! 支援小隊に新しい移動地点を送れっ! 田沼機、大崎機っ! 聞こえるなっ!? ブースターを使うぞ!」
偶然か、本能による罠か……その判別は付かないが、これは明らかな罠……劣勢と判断した俺は全員にインセクタムたちから距離を大きく取れと指示する。
こういう場合は何はともあれ、考える時間が必要になるからだ。
(まあ、今回はそれだけじゃないんだがな……)
そう考えた次の瞬間、素早く反応したアリスによって胸部装甲の下に隠された大型のノズルが点火される。更に俺の後方に倒れこむ動きに合わせて背部ランドセルのメインノズルも火を噴く。脚部の伸縮に合わせて機体が一気に後方へと向かう。
だが、我々の目と耳であるホバーから雨音を切り裂くかのような声が上がる――
「五時の方向っ! 我々の後方・右手にインセクタムと思われる感ありっ!」
この高梨の悲痛な叫びを合図にするかのように機体のレーダーも悲鳴を上げる。
ブースターでホバーへと一気に辿り着いてしまった俺の機体のレーダーの端にもインセクタムを示す赤い点滅が現れ、その数を次々と増やしていったのだ。
そう、実に見事な挟み撃ちである――
まあ、こうなっては仕方がない。より距離の近い後方への対応をしなければ……そう考えた俺は手足を動かす反動を使い、機体を無理矢理に急反転させる。
<シックル五体とアントが三体よっ!!>
やはり悲鳴のような調子のアリスの声を背に俺は思考を走らせる。
何処かに隠れ潜んでいたとでも言う事だろうか……ともあれ、左右前後に逃げ場は無し、ここで迎撃するしか手は無いと判断した俺は全員に檄を飛ばす。
「全機、覚悟を決めろっ! 挟まれる前に数の少ない後ろをやるぞ! 陣形を反転、三島機は新たな背後に気をつけろっ! こちらは気にするなっ! 敵が来たら全力で足止めをするんだっ! 大崎機は前と後ろ、両方を支援しろっ!」
次の瞬間、俺は皆の答えを待たずにバディとなる田沼機へゴーサインを出す。
「田沼機、撹乱に向かう。援護は任せるぞっ!」
「了解っ!」
俺は機体をしゃがみ込ませるや否や、一気に膝を伸ばす。寸分遅れる事なく、アリスが各部のブースターを的確に吹かす。轟音と共に機体が一気に前進していく。
本来であればバランスを取るために軽く機体の腕部を動かす所を全てアリスに任し、代わりとばかりに俺は右腕部に持ったレールガンの照準を定めていく。
同時に新たに現れたインセクタムの識別が行われていく――
狙いが先頭を進んでいるβ6と識別されたシックルに合わされる。だが、射撃管制装置によってロックオンされた状態を維持したまま俺は更に前進を続ける。
<撃たないのっ!?>
「まだ撃たんっ!」
その理由は奴らの前進……勢いを止める為である。
そう、獲物である俺の機体が一気に自ら近づいてきた事で後方から突如として現れたインセクタムたちの足が迎撃せよとばかりに止まる事となるのだ。
遂に視界に捉えた敵……その眼前で右脚部をアスファルトへと打ち付ける。
「ぐっ……がっ……」
突然に抵抗が掛かった事で機体が一気に右へ向く。同時に理解したアリスによってコントロールされた左盾部・左腰部・左脚部のノズルから一斉に火が噴き出す。
俺の機体が信じられない程の勢いで無理矢理に右斜め前へと進んでいく。
そして――
「マルチロックオン完了っ! 田沼機、斉射しますっ!」
最初から狙いを定める事だけに集中していた田沼機の眼前から邪魔なモノが消え去る。そこには足を止めてしまったインセクタムたちの集団だけが残されたのだ。
β8から10、そしてα1が順にレーダーから消え去っていく――
更に俺の右手のレールガンとアリスによってコントロールされたアクティブカノンが同時に火を噴く。我々に近いβ6と7の頭部が我々の眼前で弾け飛ぶ。
その次の瞬間、我々の死角にいたα2と3の頭部が正確に消し飛んでいく。
敵の位置情報、ロックオンの状況が別途の専用回線で共有され、素早くリサへと伝えられたのだ。新装備の一つ、『試作型AI専用』のリンクシステムである。
眼前の一瞬の出来事に驚いたのか、無線に三島の声が響き渡る――
「うぉぉ! す、すげぇぇっ!! 一瞬っすよ!? え、敵を見つけてから一分も経ってませんよ? 信じられないっす! 八体……八体もいたんですよ!?」
自分でも何を言ってるのか分からないだろう程に興奮した三島の声が更に響き渡る中、俺とアリス、そして田沼機と大崎機も打って変わって静まり返る。
多分、この恐るべき結果に全員が三島以上に驚いたはずなのだが、その驚きを良いか悪いかは別として全て彼に持ってかれてしまったのである。
妙な静寂が広がる中、俺はテンションを維持する為に慌てて声を発する。
「三島機、落ち着けっ! すぐに追ってきた連中が来るぞっ! 全機、陣形を再度反転する。田沼機、残弾を報告しろっ! ホバーは今の戦果を本部含めて報告だ」
俺は駆け足気味に機体を揺すり、また変わった新たな前方へと向かう――