005 『アンノウン』
一撃で首を落とされたシックル……その背後で小さな爆炎が上がる。先ほど放出したARERAが『エルザ』からの電気信号を受けて小さな爆発を起こしたのだ。
次の瞬間、連鎖する様に爆発が広がっていく。
(よし、上手くいったな……)
敵の進路上に撒かれたARERA……その爆発の衝撃をもろに受けたアントたちが大きく吹き飛び、上手い具合に迫りつつあったβ1とβ3の進路を塞ぐ。
だが、俺に対しての脅威が完全に去った訳ではない。
先ほどの交差の衝撃で僅かに失速してしまった俺の機体を目掛けて首を落としたはずのシックルの鎌が振り上げられたのだ。そう、こいつらは驚異的な生命力を持っており、弱点と言うべき頭部を切断されて尚、暫くは動く事が出来るのである。
だがまあ、当然のように対策はしてある――
事前にシックルに対してロックオンを済ませていたのである。だが……
「エルザっ! アクティブカノン……」
そこまで口にしたところで俺は用意していた指示を止める事となる。後部サブカメラの映像に大きく体勢を崩すシックルの姿が見えたのだ。
上半身を綺麗に失ってしまったシックルがぐにゃりと倒れ込んでいく。
「田沼機、殲滅を開始します!」
次の瞬間、右手に映り込んだ田沼機から光を纏った幾つもの弾丸が発射されていく。足を止めた彼女の機体からアクティブカノンが連射されているという事だ。
敵に捕捉される事を恐れずに接近して射程に入る。周りの状況を正確に把握して足を止めて射撃を行う。どちらも命中率を上げる為の大事なことである。
(流石だな……)
全てのライトを煌々とさせながらシックルを仕留めた俺の陽動……それに合わせて『田沼 恵子』二等陸尉が冷静に……そして勇敢に役割を果たしたという事だ。
一直線に纏まってしまったシックル二体、アシッド一体、そしてアント五体の生体反応が順に消失していく。数秒後に残されたのは僅かにアント三体であった。
さて、指揮系統を失ったなんて事があるのだろうか――
ウロウロとした動きしか見せなくなったアントたちを横目に我々は一旦合流をする。未だに動き一つ、姿一つ見せない『アンノウン』の対策を講じる為である。
全てのライトを消した暗闇……変わらぬ緑と黒の世界に大崎機の姿が映る。
「橘隊長……すみません……距離的に無駄弾になるかと……」
周囲を警戒しながら動かなければならない大崎は田沼の殲滅行動に間に合わなかったようだ。無線から少し気落ちしたような声が聞こえてくる。
距離が近付いた所為で安定したのか、やけにハッキリと声色まで聞こえてくる。
「構わん、貴様の最たる役割は索敵と情報収集だ。無理をする必要はない」
「そ、そうですか……」
無線越しにホッとした表情を見せる大崎……本当は彼の後学の為に幾つか言ってやりたい事があった。だが、残念な事に今はそれ処では無くなってしまったのだ。
そう、先ほどから何処からも無線一つ入ってこないのだ――
「大崎、本部からの指向性通信はあるか?」
「いえ、全く反応ありません」
「周囲の部隊からは?」
「何処からもありません」
この簡潔な返事を聞いた俺はすぐさま次の行動へと移る。
本部へ近い位置へと小隊全体のポジションを移し、そこから更にレドーム搭載の大崎機だけを本部寄りに下がらせようと考えたのだ。
つまり、彼の機体を無線の中継器にしようと考えたのだ。
「動きの無い『アンノウン』を見失わない程度に退く。周囲の目視は怠るな」
「「了解っ!」」
◇
轟々と雨と風が吹き荒ぶ中、酷い泥濘となったグランドを抜けていく。だが、ゆっくりと歩を進める我々の視界の端々に幾つもの閃光が煌めいてた事に気付く。
「あれは……信号弾ではないな……」
パッと輝くと同時に点から点へと延びる一筋の光……間違いなく『アクティブカノン』の弾丸の軌跡である。あの強力な火器が滅多矢鱈に発射されているのだ。
言い換えると、そこら彼処で現在も激しい戦闘が行われているという事だ。
奇襲を受けたのは我々だけでは無かった……いや、それどころか基地全体が大群による奇襲にあったという可能性が生まれたのである。
(いの一番にホバーを落とされたのは痛かったな……)
俺の背筋に冷たいモノが走る。
「これ以上、離れてしまうと『アンノウン』がレーダー外か……という訳だ。大崎機、少し危険だが……頼むぞ。こちらのレーダー内から出るなよ?」
「了解です。大崎機、後方へ向かいます」
命令を正しく受けた大崎機がズムズムと音を立てて移動していく。そして能力の低いサブカメラの範囲外へと姿を消していく。だが……その少しばかり物悲しそうな姿を見た為か、俺の心の内に突如として強い不安が溢れてしまったようだ。
やはり、この状況下で単独にするのは問題ではとの考えが浮かんだのだ。そして……そんな俺の『心の不安』を田沼恵子は正しく受け取ってくれていたようだ。
「田沼機……頼めるか?」
「了解です。大崎機に寄って待機します」
どうやら、彼女は俺の声色と周囲の状況から独自に素早く判断をしてくれたようだ。皆まで言うまでもなく答えを返し、すぐに行動へと移る。だが……
「た、隊長……本部……入電……部が襲われている! か、壊滅……?」
先ほど移動を開始した大崎から突如として信じられぬような情報が流れ込む。
同時に周囲でも異変が起こったようだ。次々と爆音が響き、先ほどの白い閃光の代わりとばかりに赤い閃光がユラユラと延々と煌めき出したのだ。
「ホバーが……れた!」
「空だ……ら空から……」
「何かを吹き……てき……!」
嵐の隙間を抜けたのか、別の隊からも次々と無線が飛び込んでくる。詳細は全く分からない。だが、兎にも角にも状況は最悪となっているようだ。
「た、隊長っ! どうしますかっ!?」
更に悪化していく天候の中、辛うじて僅かに先に見えている田沼機、足を止めて戸惑う彼女からの無線に対し、大崎にも聞こえるようにして答えを返す。
「俺たちは本部へ向かう。だが、大崎は合流を優先だ。俺たちもそちらへ向かうが、お前も来い! 面倒でも一度、こちらへ来るんだ! 分かったな!」
これ以上、『アンノウン』に構っていられなくなったという事だ。そして大崎にはその場で待機ではなく、こちらへの合流を優先しろと強く指示する。
「大崎機、分かったな!? よし、こちらも移動開始だ! だが、視界が更に利かなくなっている……混乱の中での衝突は怖い。ブースターは使うな」
俺は必死の思いを込めて無線へと怒鳴りつける。だが、レーダー上の大崎機《ファング3》は動かず……言葉の意味と状況を読み取れなかったのかと訝しむ。
次の瞬間、大崎機への元へと急ぐ我々の無線に悲鳴が響き渡る――
「うわぁ!? て、敵っ……!?」
「くそっ! 予定変更、ブースターを使う!」
このままでは間に合わない。そう考えた俺はランドセルの後方に備えられた一番から四番のノズル、前方への推進力が最も高くなるノズルの噴射を開始する。
(これを全力で使えば彼が撃破される前に辿り着けるはず……)
だが、次の瞬間、ビービーと煩く警報が鳴り響く。同時にレーダー上に幾つもの赤い点滅が増えていく。これは新たな敵を確認したという合図である。
「後方の『アンノウン』が分裂っ! 複数の飛行ユニットとなって接近っ!」
俺を追随していた田沼機から悲鳴のようにして報告が伝えられる。後方にいた分、少しだけ早く警報音が鳴り響いたようだ。
俺に一つの決断の時が来る――