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インセクタム  作者: 初来月
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049 予想外の敵

 あちらも我々との合流を嬉しく思っていてくれたようだ――


「ヘイ、セイジ! 会えて嬉しいぜ!」


 普段と変わりない言葉遣いだが、普段より大きくなったマイキーの声が俺の無線を僅かに震わす。多分、彼もまた不安であったという事なのだろう。


「そちらの全機体を視界に捉えた……こちらの我儘に応えて貰って感謝する」


 一時的とは言え、頼れる味方との合流……俺の返答の声も興奮でやや上擦る。



 だが、それでも呑気に楽しくお喋りとはいかないようだ――



 進軍停止の合図を金田隊に送った俺に改めて声が掛かる。


「セイジ、明らかにおかしな事になっている」


 マイキーの明らかに緊張の高まった声色……それが聞こえるや否や、ホバーを通して彼らが調べ上げた周囲の状況が幾つも幾つも、次々と送られてくる。


 そのどれもが……実に宜しくない情報であったようだ。


「敵影無し……天候悪化の兆し有り……前方に複数の崩落地点……有りか……」


 既にソナーの展開を終えた在日米軍仕様のホバートラック、そして既に放出された彼らのドローンからの映像……それに目を通した俺の大きな溜息が響き渡る。


 そんな中、明らかに気に食わないといった様子のマイキーが喋り出す。


「先日までボロボロとはいえ、しっかりと建っていたモノやトンネルが一斉に崩れ、我々はまた更に朝霞駐屯地の真ん中へと誘導される……という訳だ」


「ううむ、ベタベタなという点を差っ引いても罠にしか見えないな……」


 そう、相手が相手ならば、これは明らかな罠なのである。だが……


「ここまで露骨なトラップ……セイジ、どう思う?」


 敵が敵ならば罠と断言する。だが、相手はインセクタムである。そうなると罠と断言するまでは……そう考えた瞬間、様子を窺っていたアリスから声が掛かる。


<ねえねえ、昆虫でも蜘蛛の巣のように罠を張るモノもいるわ……でしょ?>


「蜘蛛か……確かに……アリジゴクなんかもそうか……」


 確かに彼女の言う通り、虫にも蜘蛛の巣という代表的な罠がある。虫には詳しくないが、他にも罠を張る虫もいるだろうという事も想像できる。要するに似た姿を持つインセクタムたちに罠を張る知能が無いとは断言できないという事である。


 何よりも奴らは幾度となく集団でタイミングを合わせて襲ってきたという実例もあるのだ。新種の存在も考えれば何らかの罠を設置する事くらいはやりかねない。



 むしろ、そう考えるべきという事だ――



 アリスの言葉に頷き、瞬時に考えを改めた俺は思考をやり直す。そして……


「我々の選択肢は大きく二つ、大きく回り込む事で安全なエリアを進むか……それとも何かが待ち受けるかもしれないエリアに飛び込むかだ」


 だが、残念な事に既に我々に選択権は無かったようだ――


大崎機(ファング3)っ! 北西に飛ばしたドローンに敵影らしきモノを捉えました!」


 我々の位置から北東、陸上競技場の端に陣取っていた大崎から緊急の連絡が入る。同時に大崎機のリサによって詳しい解析データが送られてくる。


「目視による観測では敵の数は十五、六ほど……一切の動きが見られません!」


 さて、この大崎からの無線は既にホバー(カーサ)を通り抜けた事だろう。つまり、後方に構築された中継地点を抜けて光が丘の本部へと伝わってしまったという事だ。


 先ほど言った通り、既に我々に選択権は無いという事だ。


 我々の隠された主目的は兎も角、今回の出撃名目は強行偵察……敵影を見つけたにも関わらず、おめおめと回避する事など出来ないという事だ。


 攻撃を仕掛け、相手の出方を探らなければならないという事である。


「マイキー! 君は誘導されていると言ったな……だが、我々は『強行偵察の命』を受けた部隊だ……このまま引き下がる訳にもいくまい!」


 この言葉に実に簡潔な返事がなされる。


「その通りだ……虎穴に入らずんば虎子を得ず……だ!」


 直接回線を通したマイキーの力強い言葉を聞いた俺は現状の言語化を急ぐ。すぐに纏められた思考、それを基にアリスによって適切な処理がなされていく。


 改めて正しく、全ての場所に全ての情報が送られる。


<ふんふん、マイキー隊、全機に情報共有完了……金田隊から返信あり、橘小隊への合流を急ぐ……中継基地より返答あり、本部への連絡を急ぐ! 以上っ!>


 この送付先から返答を受けたアリスの現状報告を合図に俺も覚悟を決める。


「全機、敵の位置を確認! この辺は現存している建物が多い。上からの奇襲に最大限の注意を払えっ! ホバー、三島機、我々が通ったからと油断するなよ!」


 全機からの緊張感の高まった力強い了解の声を合図に俺は前進を開始する。


「我々は先行! だが、攻撃開始はマイキー、金田の両小隊が合流してからだ!」





 観測中の大崎機を軸に全体の距離を半分に縮めていく。ともあれ、偵察用レドームを搭載した大崎機が最も敵に近かったのは我々にとって好都合となったようだ。


 そんな大崎機によって解析された情報がリサによって伝えられてくる。


<インセクタムの照合完了……敵勢力はアント5、シックル5、アシッド3……それに加えてアンノウン1となります。形状、その他の情報を送ります>


「アンノウン……だと……!?」


 リサが大崎に代わり、急ぎ伝えてきた情報に合わせてデータが送られてくる。


 現在の天候の圧倒的な良さもあり、敵の姿、敵の配置が相当の正確さで次々と送られてくる。当然、突然に伝えられたアンノウンの明確な姿も送られてくる。


<本当に『アンノウン』に遭遇しちゃうなんて驚きね!>


 いつものように慣れた手つきで発信方向が切られる。


「はぁ……俺が遭遇したかったのは『知ってるアンノウン』だ」


 さて、ハッキリといって予想外の連続だ。



 そう、決して良い流れでは無いという事だ――



 敵の集団を発見し、アリスの活躍の場を手に入れた事だけは喜ばしいが、罠のような状況、見た事もないアンノウンなぞ、完全に想定外なのである。


 その特に嬉しくない存在、アンノウンの姿へと目をやる。だが……


「これは……体育館か何かか? ううむ、アンノウンが物陰になって、まるで見えないな……僅かに見えているのは妙に数の多い先の鋭い脚部だけか……」


 俺はアリスに機体の制御を任し、同時に表示された動画の方へと目をやる。


 だが、たかだか数秒の動画であり、全く出てくる様子は見せてこない。偶に脚を持ち上げる仕草が見て取れるが、それだけでしかなかったようだ。だが……


「ふむ……脚部の衝撃が小さいのか……砂埃一つ立たないな……」


<ホントだ……軽いのかな? それとも足捌きが上手? よく見ると、細かい産毛みたいのが生えてる? 堅そうなのに柔らかそう……繊細な感じ?>


 だが、もう少しだけでも情報を収集したい……と言う俺の願いは叶わなかったようだ。先ほどのマイキーからの情報通り、天候の方が一気に悪化してしまったのだ。俺のHMDのモニターに映された風速を示す数値も一気に跳ね上がる。


「こちらホバー(カーサ)っ! 上空の雲が一気に成長していきます!」


 俺の視線の変化に合わせて動いた機体の首から僅かに音が響く。伸び縮みする機体の首筋を支えるショックアブソーバーが稼動し、その動きを止めた音だ。


 だが、その小さな音は瞬時に掻き消される。



 横殴りに降り注ぐ大粒の雨を受け始めた俺は小さな溜息を吐き出す――

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