048 更なる異変
パラパラと降っていた僅かな雨も完全に止んでしまったようだ――
今はビュービューと激しく吹き荒ぶ風の音だけが機体の外部のマイクを通じ、少し調整された静かな音となって俺の耳へと伝わってくる。
そんな中、俺は自らの機体を駆け足気味に進めていく。当然、風の音に負けじと消しきれぬ衝撃と音が脚部を通じ、機体内部を駆け抜ける。
<後方の大崎機、左手のホバーを確認、前方に田沼機も見えてきたわ!>
アリスの興奮気味の声を合図に俺の目にも田沼機の姿が見えてくる。こちらの存在に気付いたようで彼女の機体の左腕部が合図として軽く持ち上げられる。
その彼女の機体の向こうには先ほど伝えられた橋の姿が見えてくる。
昔、傍で激しい戦闘があったのだろうか……周囲を覆っている薄い防音壁の大半は崩れ去り、僅かに残ったモノも酷い穴だらけ、その僅かな残りもこの暴風に揺すられて今にも吹き飛びそうになっている……実に酷い様相の陸橋である。
「酷いな……」
<ボロボロ……渡れるのかしら……>
まあ、酷いと言ったが橋自体は片道一車線となっており、それぞれの側に歩道も付いており、無理をせずともホバーが擦れ違える幅は備わっているようだ。
つまり、橋の強度さえ問題なければ……という事になる――
「田沼機……橋の状況はどうか?」
あちらも落ちたのだから、こちらも落ちる可能性は十分にある。そんな疑いを大いに籠めた俺の声であったが、すぐに田沼から明瞭な答えが返される。
「機体を乗せて軽く揺すりましたが……欄干、支柱、共に問題はありません! ドローンによる目視、ノアによる聴音でも問題はないという事です」
いつもと全く変わらぬ有能な田沼の対応――
この答えに納得した俺は大きく溜息を吐き出す。早速、起こったアクシデントの所為もあって大いに緊張が高まり、いつの間にか身体が強張っていたのだ。
だが、その溜息によって少しばかり緊張の抜けた俺の耳に今度は『直接回線を知らせる合図』、無線を通したデジタルな甲高いピー音が飛び込んでくる。
「……っ!? 田沼機、そのまま周囲を警戒っ!」
俺は慌てて脳波でオープン回線の切断を指示する――
「ヘイッ! セイジ、アリスっ! マイキーさんだヨー!」
アリスによって急ぎ切られた周囲への発信方向の無線……そして正しく残された受信方向の無線から『人物が明らかに判別できるような』陽気な声が響き渡る。
ダブルピースならぬ、ダブルサムズアップする姿が見えそうな声――
相手はもちろん、『マイケル・ヴィクトール・ダグラス』大尉である。切断された発信方向の無線がアリスによってアッという間に繋がれる。
<あっー! また胡散臭い喋り方したー!>
この少し楽しそうなアリスの声色にすぐさま答えが返される。
「そっちで崩落があったと聞いたからね! 元気付けようと思ったんだ!」
心配になった我々を元気づけようと考えた……これは歳離れた弟と無口な妹をもつ、面倒見のよい長男坊である彼の咄嗟に出た心からの本音だろう。
だが……やはり、今回の要件はそれだけでは無かったようだ。
と言いたい所だったんだけどね……という言葉と同時に彼の声色が代わる――
「セイジ、こちらも何やら様子がおかしいんだ。周囲の状況が事前に伝えられた情報と明らかに違う……損壊した建物が多すぎるんだ……何か嫌な予感がするぞ」
先ほどの明るく優しい声色を発した時と違い、周囲への明らかな警戒心を見せたマイキーが瓦礫を避ける為、進路を朝霞駐屯地に寄せたいと言い出す。
だが、その言葉に俺が答えを返す前に今度はホバーから連絡が飛び込んでくる。
「金田隊から入電っ! 予定した進路が取れず、朝霞駐屯地に入り込む……です」
今度はいったい何が、そんな俺の疑問に答えるように高梨の言葉が続く。
「金田隊の進路の先が大きく陥没しているようです。どうやら、以前の戦闘でアンノウンに作られたトンネルの一つが崩落してしまったのではとの事です」
この高梨の言葉と同時にホバーから支援部隊の位置情報が送られてくる。
どうやら、マイキー隊は南方の大泉中央公園へと辿り着いた所で比較的に新しい現存していたマンションが崩れてしまった事で進路が塞がれたらしい。
金田隊の方は我々が通っていた桃手通りと交差する場所まで歩を進め、ここでアンノウンのトンネル状の進入路が崩落し、進路を塞がれる事となったようだ。
まるで誘い込まれているような現状に僅かな不安を覚えてしまう。
まあ、ただの偶然だとは思うのだが――
不安の払拭の為、思わず小さく頭を振りたくなる。そんな衝動に駆られた俺だが自身の機体の頭部も一緒に動いてしまう事を思い出し、それを断念する。
そんな俺の想いを察してか、アリスから心配そうな声が掛かる。
<こうやって悪い事ばかり起こる時って……更に悪い事が起きるんでしょ? わ、私はそういうの気にしないけど誠二は不安でしょ? だ、大丈夫?>
この明らかに心配そうなアリスの言葉に合わせるかのように後方のサブカメラの一つが勝手にキョロキョロと忙しなく動き出す。
そんな俺同様、不安を隠しきれない彼女に素早く応える。
「今、正に俺は不安だ……だが、少しだけ良いと感じた事もある。この先でマイキー小隊と一時的とはいえ合流できる事だ……マイキー、聞こえたな!」
繋がったままの直接回線に話しかけた俺の言葉にすぐに答えが返る。
「合流すればヒャクマンパワーって奴だな! オーケーっ! ポイントは陸上競技場の跡地だな……公園を斜めに抜けて行く!」
本当のリーダーの資質を持った男の明るく力強い声……それだけで不安が払拭される。そんな素晴らしい声を合図に我々も指定されたポイントへと向かう。
◇
無事に橋を渡り、歩を進めた我々の視線の先、遠目に一機の『AA-PE』らしきモノの姿が入ってくる。幸いと言うか、この公園地帯に存在した木々の大半は続く暴風で薙ぎ倒されていたのだ。我々の視界を防ぐものは無い……という事である。
「マイキー、君の機体を確認した。そちらへ向かう!」
この報告を合図に俺は更に機体を進める。すると、我々とは少し違うアメリカ製『AA-PE』と言うべき、一回り大きな機体の様相がハッキリと見えてくる。
<うーん……駄目とは言わないけど……やっぱり、あっちの機体はゴツいわね>
アリスの独り言に併せ、俺は周囲を伺っていた視線をマイキー機へと移す。
確かに見慣れてはきたが日本製の『AA-PE』に比べて全てが大きい。まあ、その理由の方は簡単、全ての装甲が日本製のモノと比べて圧倒的に厚く頑強なのだ。
<あれで機動力も高いって言うんだからズルいわよね?>
そのアリスの続く言葉の通り、彼らの機体の機動力はそのゴツい見た目に見合わない高さを誇っているのだ。こちらも理由も簡単で背部に搭載されたジェネレーターの出力、搭載されたノズルの数、その両方が我々のモノとは桁違いなのである。
まあ、これらは出し渋られたという技術群……その一部なのだろう。
ともあれ、繊細さの欠片もない、高出力のエンジンでブン回す機体……そんな暴れ馬を制御するには相応の技量が必要になるという訳だ。
眼前に見えてきた三機のパイロット……マイキーとアビー、そしてアカンド、彼ら三人の技量はエース中のエースのレベルという事でもある。
こんな不安の最中、そんな彼らに合流できた事を心から感謝する――