047 崩落した道
今回の作戦も天候には恵まれたようだ。
我々の機体を大きく揺する風の方はいつもと『何ら変りなし』だが、横薙ぎに打ち付けてくる雨の方はいつもに比べると『随分かマシ』なようなのだ。
まあ、車のワイパーを最大限に動かさなくとも問題ない程度……という事だ。
「三島准陸尉っ! 改良型……トランチャーの作動確……開始します!」
そんな薄暗い暗雲垂れ込める空の下、俺の機体の無線に三島からの声が入る。
電磁波の影響で乱れた部分に変わりはないが、聞こえる部分の邪魔は無し……いつもより聞きやすいくらい、そんな三島からの無線に大して俺は素早く答える。
「一分以内だぞ!」
「了解ですっ!」
返事を聞くと同時に俺はホバーから送られてきた中継映像へと目を向ける。
三島機は丁度、右腰に位置した急造のアタッチメントからネットランチャーを取るところの様だ。精度の悪い動きが補正されたのか、マニピュレーターが大きく角度を変え、改良が施されたネットランチャーのグリップへと吸い付いていく。
その動きと同時に三島自身の為の復唱としての声が無線から聞こえてくる。
「ネット……チャーをマニピュレ……ーに確保……エルザ、バランスを再計算っ! ええと……そうだ! 通電確認、マガジ……確認……再装填完了!」
さて……不格好な彼の言葉と違い、エルザの補正を受けた機体の動きの方は実に精密なようだ。彼の言葉を置き去りにするように軽やかに動いていく。
そして次の瞬間、ランチャーが元の腰のアタッチメント……本来、『12.7mm重機関砲』や『ミサイルラック』が搭載される位置へと戻されていく。
「三島機、作動確認を終了しました!」
恙なく作業を終えて安心したのか、一段と明るくなった三島の声に応える。
「宜しいっ! 全機、改めて前進開始だ」
◇
ゆっくりと目標地点への前進を開始した我々の眼前にシミュレーションで何度も見た『理化学研究所 研究基盤技術棟』と表示された跡地が見えてくる。
同時に近隣に展開していた二つの支援小隊から無線が飛び込んでくる。
「こちら金田隊……我々は外環道を超えます」
「コチラ、マイキー隊デス! 外環ドーを超えマース!」
金田隊は真面目そうな男性の声、マイキー隊は明るくリズミカルな男性の声……聞き覚えのない二つの声がホバーを通して聞こえてくる。
「こちらも外環道に達する事を伝えてくれ」
高梨一等陸曹からの了解の返事を合図にするように俺は周囲の様子を伺っていく。天候には恵まれたものの、不安な要素は多い。少しでも安心を求めているのかもしれない。そんな風に思ってしまうほどに注意深く周囲の様子を伺う。
その所為もあって上下左右に動く頭部に併せて各部のカメラも俺の不安を表すかのように上下左右に激しく動き、何度も拡大縮小を繰り返す。
そんな俺の様子を受け、今度はアリスの方が不安になったようだ。いつものように発信方向の無線が切られ、データに残らないような細工が施される。
<ねえ……何か嫌な予感でもするの? それとも……やっぱり、田沼さんの件?>
先ほどの田沼への対応を一緒に見ていたアリス……
そう、彼女はあの時の田沼やノアの応答に何の違和感も覚えなかったらしい。それだけに今、警戒を厳にする俺の対応の方に逆に違和感を覚えているようだ。
彼女の言葉の節々から俺に対する不信感がヒシヒシと伝わってくる。
「今の所、嫌な予感はない……だが、田沼の件を不信に思っているのは事実だ。そして不確定要素が強まったと判断して普段の数倍の警戒をしているのも事実だ」
だが、この俺の返答でアリスは納得しなかったようだ。周囲に注意を払ったまま、アリスの方に気も払いもせずに答えたのが不満なのか、その様子を隠しもせずに小さく溜息を吐き出し、明らかに納得してないとばかりに更に言葉を続ける。
<インセクタムを見つけられない事を心配するなら分かるんだけどなぁ……>
ここ最近、秘密が増えてきた俺への不満があるのだろう。
見る事の出来ない俺の表情を探るような言動をみせるアリス……そんな疑心を持ってしまった彼女への正しい答えを俺は周囲を警戒しながら必死に探す。
だが、その答えを見つけ出す事はできなかったようだ。
俺は自身の機体の眼前に広がってしまった異様な光景に思わず言葉を失くす――
「これは……崩落……したのか?」
実に……実に幸先の悪いスタートである。
我々の進んできた桃手通りという片道一車線の街道、それと交差する地下を通る外環自動車道……その上にあるはずの一帯の地面、事前の隠密偵察では間違いなく存在していたはずの道も含めて遠く果てまで根こそぎ崩落していたのである。
思わず開いた口が塞がらなくなる。だが……
<誠二、無線を戻すわ!>
「……っ!? この惨状を本部に伝える。すぐに纏めてくれっ!」
<了解っ!>
ようやく、現実に戻った俺は叫ぶように次々と命令を伝えていく。
「全機、指示する位置まで移動っ! ドローンを遠距離に放出っ! 周囲一帯の崩落により、渡れる場所がない! まずは敵影、続いて移動可能な場所も探せっ!」
突如として生み出された渓谷……深さはそれほどでもない。だが、狭さの所為で『AA-PE』は兎も角、ホバーの無傷での横断は不可能と判断した俺の声が響く。
重なるような了解の返答の数々、そして近隣の敵影なしの報告が続く。それを確認した俺は既に放出された自機のドローンのカメラ映像へと視線を移す。
前方に放出されたドローン……酷い暴風に揺すられたのか、あちらこちらへと何度も大きく流されている。だが、搭載された高画質カメラは本体の動きと関係なく平衡が維持されるようになっているのだ。おかげで悪くない映像が送られてくる。
「幸か不幸か……こちらにも敵影はないな……」
<でも、私たちの居るエリアに渡れる地点は無いみたい……それに前方右手の団地群の一部も変な風に崩れているみたい……道を塞ぐように瓦礫が飛散してるわ>
彼女の声に合わせてカメラがズームしていく。
この繰り返される暴風に耐えきれなくなって崩落、そして瓦礫が次々と吹き飛んでしまったとでもいうのだろうか……ありえない光景が映し出されている。
「ううむ、大きな塊があんなところまで転がるとは思えないが……」
<兎に角、あんなゴロゴロの瓦礫があるところで戦闘なんて……>
そこまで口に出したところで陣形の左に位置する田沼機から無線が入る。
「こちら田沼機、外環上……側の橋が生きている事を確認……したっ! ホバーも問題なく通……サイズのよ……す! 地図を送りますっ!」
同時に逆手に位置する大崎機からの無線も入る。
「こちら大崎機っ! こっちは果て……崩落してますっ! 多分、下のトンネル部分が全滅です! 金田隊……った橋の方まで渡れそ……ないです!」
何はともあれ、一応の答えが出たという事だ。
「田沼機、その橋を確保しろっ! 全機、各距離五メートルに変更する! 駆け足で彼女の元へ集合だ……急げよ! 分かったな!?」
全員のやや困惑を含んだ了解の声を合図に俺は機体の足を南へと向ける――