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インセクタム  作者: 初来月
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045 果たせぬ約束

 在日米軍所属のマイケル・ヴィクトール・ダグラス大尉……大切な戦友の一人である彼らしからぬ突然の交渉、それを機に伝えられたマザーへの疑惑……この時点で既に茫然自失となりかけた俺に……無情にも更なる驚愕な情報が告げられる。


「アメリカの全てのコンピューターにハッキングが行われただと……!?」


 驚きの余り、大きくなった声、そのまま閉じる事を忘れてしまった口、そして見開いたままとなった両の目……自分で言うのもなんだが、明らかに珍しい表情となってしまった俺に全く動じることなく、マイキーが淡々と答えを返してくる。


「話半分なんだが……あの隕石落下の寸前、あの混乱の最中に本国の重要なコンピューターから幾つもの情報が抜かれた……らしいんだ……と言っても、これが本当かどうかすら分からんのだ……当然、何処まで情報が漏れたかだって分からない」


 これはマイキー曰く、あくまで噂話レベルの情報なのだそうだ。


 何せ、早々に天候の大激変が起こり、物理的な移動も含めた通信手段がアッという間に途絶する事となったのだ。つまり、実際にハッキングが有ったのか、その規模はどの程度だったのか、それらの確認が早々に不可能となってしまったのだ。


 本国から遠い日本にいた彼らの部隊には本当に最小の情報……実際に確認したのかもわからぬ、あやふやな情報しか入ってこなかったという事だ。



 ともあれ、ここまでの情報だけで俺は大いに困惑する事となる――



 だが、そんな俺の精神の回復を待たずにマイキーが更に言葉を続ける。そして……これは俺の残された正常な思考を全てフリーズさせる事となったようだ。


「驚くのはこれからだ……セイジ……現在、我々在日米軍のコンピューターに何者かがハッキングを行った。その痕跡は当時のアメリカ本土で行われたハッキングの痕跡と酷似しているらしい……簡単に言うと、やり口が一緒という事だ」


 今現在、我々に分かっているのは僅かにそれだけだという彼の締めの言葉……そのハッキリとした言葉の響きでようやく俺に現実感が戻る。


「ま、まさか、マザーが……彼女がやったとでも言うのか?」


 先ほどのマザーへの疑惑、そして今し方の情報……グルグルとした頭の中でそれらを何とか繋いだ俺の言葉に頷いたマイキーが静かに答えを返してくる。


「ともあれ、そんな事が出来るモノとなると思った以上に限定できるという事らしい。特に『今の日本』の中となると尚更だ……と我々の美人上司が言っていたよ」


 逆説的になるが……もしも、本当にアメリカ全土のコンピューターをハックしたならば……もしも、本当に在日米軍のセキュリティを破って侵入したならば……こうなると『一定以上の何か』である事だけは確定してしまうという事なのだろう。


 そう、考えられる犯人は幾らか存在する。だが、アメリカ全土に同時にハッキングを仕掛けられる設備を持ったモノとなると、かなり限定されるのだ。だが……


「確かにマザーは日本の誇る高性能なスパコン群だ……だが、現在の在日米軍なら分からんでもないが、アメリカ全土にハッキングなぞ出来るものなのか?」


 その答えも既に用意されていたのか、マイキーが淀みなく答えていく。


「現在のマザーの持ち得る能力で出来るか出来ないかで言えば出来ない……」


 それが今の上の答え……そう口にした彼が更にゆっくりと言葉を紡いでいく。


「本当に今は何も分かっていないんだ。何せ、我々の上層部も動き始めたばかりらしいからな……まあ、何よりも一兵士でしかない我々には何も出来ないだろうしな……そう、これは友人として君だけには気を付けて貰いたいというだけの事だ」


 沖縄に赴任する前は様々な戦地に従軍していたというマイキーは俺以上に勘が良い。それは俺のような経験則からの勘ではなく、戦地を渡り歩いた者に備わる命を懸けた野生の勘である。何度か戦場を共にし、何度も救われた代物なのである。


「良いか? AIを信じすぎるな」


 そんな彼の重い言葉であり、信じない訳にはいかないのだが……


「アリス……もか……?」


「その通りだ」


「そうか……頭の片隅に留めておく」


「そうしてくれ」


 そう……何にせよ、俺には頭の片隅に留めておくしか出来ない。彼の言う通り、何ら権力を持たぬ一兵士でしかない我々に大して出来る事は無いのだ。

 だが、それでもイザという時に心構え次第で変わる事があるのも事実である。たぶん、彼の女上司もまた、そんな想いで彼に伝えたのだろう。



 マイキーに改めて感謝の言葉を伝える――



 さて、建前の情報交換を終えた我々……余り時間を掛け過ぎると皆に下手な詮索されるというマイキーの言葉に急かされながらブリーフィングルームを後にする。


 そして……早速、待ち受けていた二人のAIに勢いよく問い質される事となる。


<誠二、置いていくなんて酷いわっ!>

<大尉、情報共有をお願いします>


 性格は大きく違うはず、それに伴ってセリフも大いに違う二人、そんなアリスとアスカ……なのだが、やっている事に大した違いは無い様だ。


 優秀なAIのはずなのに……何だが、複雑な想いで一杯になる。


 さて、この二人に構うと今ここで何かボロが出ると考えた俺はスマートフォンスタンドと化したアビー、置物と化していたアカンドへと急ぎ声を掛ける。


「アビー、ずっと持たせる事となって済まん……さて、俺は連隊長との約束があるので先を急ぐよ。二人とも今度はゆっくり話せる事を祈っているよ!」


 自身のスマホを奪うように受け取り、俺は足早に彼らの元を去る事とする。





 さてさて、連隊長の部屋へと向かう俺に当然のように文句が乱れ飛ぶ。小さなスピーカーをキンキンと鳴らす文句の声の主はもちろんアリスである。


<寛容なところをみせた私もいけないかもしれないけどっ! ちょっと秘密が多すぎじゃないかしらっ!? ねえ、誠二っ! 聞いてるの!?>


 ここまで幸いな事に他の者と会わなかったが、このアリスのボルテージの上がりっぷりはもう放置する訳にはいかないというレベルとなってしまったようだ。


 そう考えた俺は立ち止まり、周囲に人が居ないことを確認する。そして静かに彼女だけに聞こえるようにして心を最大に籠めた言葉を伝えていく。


「済まない……君も大事だが、これはマイキーとの約束なんだ」


 あまりに短い言葉……出会ってから一年も経ってない者にする言葉ではない。


 そう、普通であれば全く納得できない言葉である。だが、俺の過去現在の情報の大半を持っている彼女であれば話は大きく変わる。長年連れ添った結婚相手のような呆れたという感じの表情をみせたアリスが今度は大きく溜息を吐き出す。


<はぁ……貴方が私を……皆を裏切るような事をしないっていうのは誰より知ってるけど……もうっ! 後でちゃんと話してよね! 約束よっ!>


 プリプリという擬音が聞こえてきそうな程に頬を膨らませつつも見逃すと言ってくれたアリスに感謝の言葉を告げる俺……だが、今回の秘密はそんな彼女に絶対に伝える事の出来ない事……彼女の信頼に応える事が出来ない事実に胸が痛くなる。



 そして……いつか必ずという約束を果たせないまま時間は過ぎる事となる――





「今回の強行偵察の主目的は『明らかに数を減らしたインセクタムの現状の確認』、及び『目撃された新種の捕獲』である! だが、決して無理はするなよ!」


 こちらの腹の奥まで揺らされるような赤城中隊長の檄が飛ぶ。それに応えると同時に今回の出撃部隊の面々がそれぞれの機体の待つ場所へと散っていく。


 そんな中、目端の利く大崎はとある事に気付いていたようだ。


「隊長……あれって金田隊ですよね……ずっと、こっちを睨んでましたよ?」


 覚えもない、思い当たる節もないのに一体……そう言いたげな不安な面持ちをした大崎が俺と金田を何度も見比べながらコッソリと声を掛けてくる。


 そして……その言葉に気付いた今しがた俺に話しかけようとしていた『思い当たる節が大いにあるアリス』がスマートフォンの中から変な声を出す。


<げっ>


「ん? アリスちゃん……カエルが潰れたような声だけど……大丈夫か?」


<今度は何をやらかしたのかしら……?>


 悪気無く、アリスを心配する大崎……既に何かやらかした事に気付いたようなリサ……そんな心優しい彼と少し意地悪な彼女の心配を払拭する為、何よりもアリスの少しばかりの名誉を守る為に俺は急いで話を逸らしていく事とする。


「大崎、俺は金田とマイキーと話をしてくる。済まんが、あちらの面倒を見てやってくれ……どうやら、今の田沼では面倒を見切れない様だからな」


 俺の指示した先で三島に話し掛けられている田沼が実に渋い顔を見せている。たぶん、何らかのコアな話をされて理解できずに戸惑っているのだろうと思う。


「あいつ……またか、俺よりも学習能力がないのかよ……」



 大崎もすぐに理解したようで慌てて彼女の元へと走っていく――

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