042 もう一人のエース
六度目の捕獲シミュレーション……加えて西田博士から提供されたネットランチャーの試射を済ました我々の訓練が終わり、デブリーフィングが始まる。
「さて……何はともあれ、全員が新種に向けてネットランチャーの試射した訳だが……命中したのは近距離で発射した俺たちの一発だけか……」
この俺の言葉を受け、まずはとばかりに副隊長である田沼が声を上げる。
「現状のモノでは装弾数は一発、弾着も遅くて使い物にならないかと……」
的確な答えを発した彼女に感謝の言葉を伝え、どうすれば使い物になるかという点を皆に問い掛けて考えさせる。そして今度は三島に答えを促す。
「じ、自分ですか……」
そんな三島だが、一瞬だけ考える様子を見せると、すぐに口を開く。
「ええと……全部が通るとは思いませんが、あの速度のままなら弾数は三発以上は欲しいです。それと近距離での取り回しが最悪なのでモノを出来る限り短くしたいですね……ええと、繋がったままのロープを切り離す機構も欲しいです。近距離で振り回されたときは本当にヤバいように見えました。後は……ランチャーを手以外に固定する場所……それかイザという時に捨てた場合の目印が欲しいです!」
思った以上に淀みなく、思った以上の内容が彼の口から飛び出る。
「何と……お喋りなだけじゃなかったんだな……」
思わず出てしまった本音の言葉を受けた所為か、三島の目と口が呆然と言った感じで開く。そんな彼に謝罪の言葉を投げ掛けながら俺は話を続ける。
「さて……まずは弾着の遅さの件だが、これは今のところ解決策は無しだそうだ」
弾速を上げるだけならば可能だが、弾丸に仕込まれたネットが展開する為の時間がどうしても必要という事だ。この展開速度を上げるにはネットの方に加速する手段を取り付けねばならず、今回の作戦に間に合わせるのは難しいという事だ。
あまり考える事に慣れていない……ほぼ全員が言葉を失くす――
この静げさに耐えられなかったのか……大崎が独り言のように声を上げる。
「一瞬だけ電気を流せるっていうのは嬉しんですけど……その前に命中させなきゃいけないんですよね……一発は外す事を前提に撃っちゃいますかね?」
この彼の言葉と同時に俺のスマホに二通のメッセージが届く。
だが、これに目をやる前に……これまで一切の発言の無かった三波三等陸曹が声を発する事となったようだ。申し訳なさそうに小さく手を挙げた彼女が口を開く。
「あ、あの……少し危険は伴うのですが……て、テイザー・ショックウェーブを使うというのは……どうでしょうか? た、橘隊長が近接して足を止めてから別の誰かがネットランチャーを使用するとすれば……少しは可能性が上がるかと……」
弱気で神経質な『三波 芹那』……下手をすると小隊に合流してから初となる自己主張である。しかし、その内容は実に素晴らしいモノであったようだ。
小隊の全員、そしてアリスから思わずといった感嘆の声が上がる。
<三波ちゃん……凄いね……私、思い付かなかった……>
<アリス、アンタは思い付きなさいよ……>
<アリス、感情的になる前に考えるように言ったはずですよ……>
先ほど俺に向けて改善案を送ってきていた優秀なリサとノア……その冷たい視線とやれやれといった視線を受けたアリスだが、今回は負けじと反論をみせる。
<何よ! 三波ちゃんが凄いって話しなだけで良いの!>
<まあ、それはそうね……咄嗟に違う視点の考えを出せたのは中々に優秀……真面目過ぎる高梨一等陸曹と一直線な相葉三等陸曹には難しいだけに貴重ね>
<でしょでしょ? 私もそう思ったの!>
何時ものアリスとリサの言い合い……今回はアリスに一応の軍配が上がったようだ。そもそも、リサが最初から相手にしていないような気もするが……ともあれ、これに免じて彼女だけが改善案を考えなかった事には目を瞑る事とする。
さて、それは兎も角として褒められた気恥ずかしさから思わず小動物のように陰に隠れてしまった三波……そんな彼女に対し、俺も改めて褒め言葉を贈る。
そして……この勢い、流れのまま話し合いを続けていく――
◇
「あの……大崎さん……いつも……いつも済みません……」
「隊長の小言が嫌がらせではなく、お前の為を想ってだという事を理解しているなら平気さ……まあ、早く一人前になってくれよ! 俺も楽になるからな!」
<あら、奇遇ですね? 今、私もそう思っていた所ですわ?>
「あ……そう……そうですね」
話し合いは終わり、凹んだ三島、それをフォローをする大崎、それを揶揄うリサ……その遠ざかっていく彼らの声を背に俺は書類の作成に勤しむ。
……のだが、今回は随分と楽に仕上げられたようだ。
捕獲用のランチャーの改善点、主に三島や三波の意見で纏められた今回の訓練の資料……その出来栄えに満足した俺はすぐに小さな会議室を後にする。
そして……その足で赤城中隊長の元へと急ぐ。
しかし、大いに急いだ先、残念な事に部屋には先客が居たようだ――
僅かだが、部屋の外まで声が漏れてくる。
「我々が『余所者』だからかっ!?」
「そんな考えはない! 現状、彼らは試作型AI搭載の『AA-PE』のパイロットであり、世間への宣伝というの意味もある。つまり、優先する理由が在るだけだ!」
「その優先の所為で我々の練度は落ちる! 練度の落ちた部隊の行きつく先は貴方にだって分かるはずだ! それでも彼らを優先するんですかっ!?」
赤城中隊長と誰かが言い合っているようだ。
「シミュレーターでの訓練は貴重なモノだ! 橘小隊だけが優先されている現状は見過ごせない! これが我々の総意だっ! よく考えてくださいっ!」
我々を敵視するかのような発言をした明らかに聞き覚えの無い声……その声の持ち主が金属製の扉を乱暴に開けて足早に飛び出してくる。
そして当然、入室を待っていた俺とかち合ってしまう。
少し長めとなったボサボサのザンバラ黒髪、少し細めの鋭い目付きをした男……我々と同じ都市型迷彩が施された灰色と黒の戦闘服を着た男に目をやる。
襟章から『AA-PE』のパイロットと分かる。だがやはり、その姿に俺は見覚えが無いようだ。先ほどの内容から何処からかの配置転換組なのだろうとは思うが……
「ちっ……盗み聞きか……」
男は擦れ違い様、敵意を隠す気のないような捨て台詞を吐いていく。だが、この下らない男の捨て台詞にカチンと来たのかアリスが瞬時に反応を示す。
<エースである誠二が盗み聞き? ふんっ! 擦れ違い様にコッソリと捨て台詞を吐くような小さな男の発想ね! まあ、貴方が何処の何方かも存じませんがっ!>
その頭の回転の良さを別に回して欲しい……とも思ってしまう。そんな的確な反論である。名も知らぬ相手もこれに思わず口を噤んでしまう。
ともあれ、この二人をそのままにしておく訳にもいかんと慌てて俺も口を開く。
「居合わせたのは偶然であり、勝手に聞くつもりは無かった」
階級は俺と同じ一等陸尉……名前は金田、『かねだ』と読むのだろうか……
そんな事を考える俺と視線を合わせたままでいた金田が憎々しげな表情をそのままに視線を逸らす。そして何も言わず、無言のまま足早に離れていく。
そんな金田一等陸尉が姿を消すなり、又もやアリスが鼻息荒く声を上げる。
<何なの! あいつ、何なのっ! ムカつく!>
俺に沸いた僅かな怒りすら吸い取り、自分の感情爆発へと変えていく……そんなAIとは全く思えない、人よりも人っぽいアリスを宥める。
「気持ちは分からんでもないが、我々の用事は赤城中隊長だ……もう忘れろ」
あんな輩にそうそう関わる事は無い、サッサと忘れた方が身の為なのだ。
だが、この言葉が所謂フラグとなってしまったようだ――
「我々を支援する小隊……ですか……」
明らかに面食らったような表情となったのだろう。そんな俺の表情に赤城中隊長が苦笑する。先ほどの外でのやり取りを聞いていただけに尚更に面白いのだろう。
「何とも間の悪い事だが……奴の実力も一級品でな……代替えは認められん!」
本当に……何とも間の悪い事である。
さて、彼の名は『金田 有康』一等陸尉……先日の光が丘基地防衛戦、あの日一番に撃退の報告があった成増の防衛小隊、その隊長の男であったようだ。
「第一旅団からの転籍ですか……」
「その通り……あっちのエースだ」
赤城中隊長が答えると同時にチラリと書類を見せてくる。
どうやら、彼以外にも数人が纏めて転籍となったようだ。全てのエリアから満遍なく人が抜かれているという情報が記されている。まあ、朝霞の件と現状を考えれば、彼らの転籍は当然の転籍ではあり、誰もそれに対しての不満は無いようだ。
だが、それは兎も角、当の彼の性格は少しばかり難があるようだ。
備考欄には小さく出世に対する欲求、名誉に対する欲求が強すぎるのではと記されている。簡単に言うと俺とは全く気の合わない人物という事になるだろう。
つまり、そんな男と最悪の出会いをしてしまったという事になる――