040 博士のメール
「三島っ! ホバーへのフォローが遅いぞ! 距離を変えずに張り付いて守るの……様の仕事だ! ホバーが何をしたい……を考えて動きの先を読め!」
いつもの環境が再現された無線……そこにすぐさま答えが返る。
「了解です! 帰ったら……話し合……すっ!」
少しズレた……だが、やる気だけは確かに感じる三島准陸尉の声である。
これには俺も思わず小さく溜息を吐き出してしまう。決して間違ってはいない答えではあるのだが、決して今ここで聞きたい答えでは無かったのだ。ともあれ、レーダーの後方に映った三島機の輝点がホバートラックの輝点へと近付いていく。
さて、相も変わらず、何処か抜けている三島……だが、もう一度だけ呆れるように溜息を吐き出した俺と違い、アリスの方はそんな彼に既に慣れてしまった様だ。
いや、むしろ少し気に入ったくらいだろうか――
<本当、お馬鹿! 気持ち悪くてードジでー変態? あー駄目、駄目駄目ねっ!>
なんだが嬉しそうに暴言を吐くアリス……そんな彼女を俺は少しばかり諭す。
「アリス、言い過ぎだ! 変態は事実かもしれんが、彼は言うほど悪くない」
<何よ……案外、評価が高いのね?>
だが、当の三島の方はそんな事を一ミリたりとも気にはしてなかったようだ。
「隊長、アリスさん! 大丈夫です! もっと言われ……平気です!」
一体、何処が大丈夫なのだろうか……
間違いなく、何か気持ち悪い下心しか感じられないような返答を鼻息荒く叫んだ三島……そんな彼に対して女性陣が思わず嫌悪の言葉を吐いてしまったようだ。双方向で繋がったままの無線から様々な罵倒の言葉が次々と重なり合うように響く。
「三島くん……そ……ちょっと……」
「流石に気……悪い……です」
「ホント、馬鹿じゃ……のっ!?」
<死……!>
飛び交う暴言……俺はかなり慌てて、そんな彼女たちを制止する。
「ぜ、全員、静……っ! 余計……を喋るなっ!」
「俺は平気っす!」
「馬鹿か、これは録音……てるんだ! 全部隊に聞か……ぞ!?」
「マジっすか……」
さて、そんな我々だが……これでも朝から五度目の架空の出撃となっている――
シチュエーションは『朝霞駐屯地における強行偵察からの新種発見、及び捕獲作戦』、我々はスーパーコンピューター群であるマザーのリソースを流用させてもらった高精度マップでのシミュレーションを朝から何度も繰り返しているのだ。
しかし、ここまで敵の姿、遭遇エリア、その攻撃方法に移動方法、そして天候とシチュエーションを少しずつ変えて何度も捕獲作戦を実施している訳なのだが……
だが、ここまでの結果は残念な事に余り著しくない――
こちらに大きな損害が出る訳ではないのだが、何度となくシチュエーション変えても捕獲に漕ぎつける事が出来ないのだ。どうやっても相手を盛大に傷つけてしまい、下手をすると身体のほんの一部しか残せないような結果となってしまうのだ。
足止めの低火力武器と撃破用の高火力武器しか持たぬ『AA-PE』……まあ、当たり前だが、捕獲の専用装備も無い状態で捕獲をするなど難しいという事だ。
「隊長……駄目です! 残った脚部で逃げ……ました!」
今回、最初に発見した右翼の大崎……そこへと急ぐ俺の無線が鳴り響く。
この叫ぶような声と同時、彼の機体に搭載されたリサから詳細な分析結果が送られてくる。どうやら、彼の撃ったアクティブカノンは新種の右の多脚を正確に掠めた。だが、残った二本を器用に使い、奴は走り去っていったという事のようだ。
五度目の失敗を確信した俺はシミュレーターを終了すると宣言する――
「やはり、現状の遠距離武器では難しいか……」
「ミサイル系では威力が足りず、ライフル系では威力が過剰ですね」
俺の溜息を伴った言葉に田沼が無線で答える。彼女も一つ前のシミュレーションで射撃を試みたのだが、盛大にインセクタムを消し飛ばしてしまったのだ。
ともあれ、この言葉に俺もまともに答えを返せない。何故ならば、俺とアリスのコンビは既に三度の失敗……二度の完全破壊をしているからである。
「この環境下、しかも弾を掠めるだけとなると完全に運任せになるな……」
「やはり、リスクを負うしかないのでは?」
「まあ、そうだろうな……」
相手に気付かれないような距離でのピンポイント射撃は余りに難しいが、敵がこちらを認識するような近距離での精密射撃や近接攻撃ならいけるという事だ。
だが……
「全員、シミュレーターの中で五分休憩だ……頭だけ休ませろ」
◇
さて、我々は今回の作戦で部隊に一切の犠牲を出してはいけない。
大袈裟な話ではなく、機体に傷一つ付けた瞬間に『AA-PE』の役割は終わり、別の方針であるミサイルによる飽和攻撃という作戦が採択されるかもしれないのだ。
それは……防衛大臣や連隊長からも口が酸っぱくなる程に何度も言われている。
だが、ここまでのシミュレーションの結果を鑑みると、そうも言ってられないだろう。このままでは多少の危険を冒してでも近接するしか手は無いという事だ。
しかし……
「傷一つは大袈裟だが、盾を破壊されたとなると……どんな評価になるか……」
色々と疲れた俺は機内を模したシミュレーターの中で大きな溜息を吐き出す――
<ふふ、外との通信は全て切ってあるわ! データには残らないようにね!>
「ん?」
<もう一つ、零したい愚痴があるでしょ?>
何時も以上に気を利かせてくれたアリス……そんな彼女に感謝の言葉を伝える。
「いつも済まんな……ありがとう」
<いえいえ、どういたしまして! それでは愚痴をどうぞ!>
その妙な物言いに少し苦笑いしたが、俺は早速とばかりに愚痴を零す。
「まあ、嘘の為の訓練と言うのが……どうもな……架空の敵を想定した何時もの訓練と変わらないんだから割り切れとは思うんだが……それでもな……はぁ」
アリスが嬉しそうな感じでフフッと笑う。
<これくらいの嘘は周囲への負の影響は無いに等しいし、むしろ良い方の影響が圧倒的に多い……でも、それでも嘘はつきたくないって方が素敵だと思うわ!>
「ありがとう……理解のあるパートナーで助かるよ」
<ど、どうも……えへへ……>
おかげさまで十分にストレスの発散を終えた俺は現実へと思考を戻す――
そう、偽の訓練とは言え、失敗が続く事も大いに問題なのである。
上層部で話が付き、既に強行偵察の出撃が確定している現状とは言え、こうまで訓練で失敗続きだと、何処からか茶々が入ってもおかしくないのである。
しかし……そうは言っても良い考えは一向に浮かんでこない。
「近接してのシミュレーションは後でするとしても……困ったモノだな……」
だが、俺が全ての感情の載せた言葉を発した瞬間、突如としてアリス宛てにメールが届く。そのメールの主は産総研の西田博士……であった。
◇
<『新装備だよー』だって……>
少し面食らった俺も慌てて文面へと目を通す。
どうやら、捕獲に適した装備が『AA-PE』に無い事を知っている西田博士が会議の後から急ピッチで新装備の作成を続けていてくれたらしい。だが……
「単発式のネットランチャーか……これなら構造も単純だし、強度さえあれば捕獲に問題なく使えるだろうな……だが、マニュピレーターでの使用か……」
<発射したネットとランチャーは繋がったままで一瞬だけど高圧の電気も流せるって……でも、やっぱりマニュピレーターの故障は怖いわね>
「うむ、ネットだけ射出する簡易バージョンも欲しいが……」
この頃、毎日のように走り回っている西田博士……いつものようにドジを踏んでのリカバリーの為ではない。本当に走らなければならない程に忙しいのだ。
そんな彼が合間を縫ってまでして作ってくれた事には感謝なのだが……何にせよ、まだまだ手を付けたばかりの開発段階といった感じなのだろう。
「ともあれ、無駄はない……これ自体は壊れる事がなさそうなデザインだな……」
長らく使われてきた安定の構造だが、市販されていそうなネットランチャーを大型化しましたと言わんばかり、玩具のような見た目に少しばかり苦笑が漏れる。
だが、西田博士が多忙の中、我々を気遣って開発を進めてくれていたという事実には少し感動してしまう。同時に『偶発的でなく、積極的に捕獲を考えられる状況まで日本の国力が戻ってきた』という事実の方にも少しだけ喜びを感じてしまう。
少し疲れが出始めた俺の内に気力が戻ってきたようだ。
「うん、本当に……ありがたい事だな!」
まあ、何はともあれ、やる事は一つという事だ。
「よし、シミュレーションの中で使う分には無料だ……早速、使っていこう」
<そうね……もうデータの中には在るみたいだし!>
このアリスの言葉を合図にするように切られていた通信が繋がる。それと同時に西田博士から送られてきたメールが全員へと転送されていったようだ。
これを確認した俺は改めて全員へと声を掛ける。
「産総研の西田博士から新武器のデータが送られてきた。早速だが、次のシミュレーションで使う。難しいモノではない。全員、三分で目を通してくれ!」
全員の了解の言葉を聞いた俺も改めてメールの隅から隅まで目を通していく――