004 『AA-PE』の力
<全ての『インセクタム』にコールサイン付加……同時にα1、α2を撃破>
最初に発見された一匹、αとコールサインが付けられた『アント』……地球上に現存する蟻に限りなく似た形をした異星生物の頭が瞬時に弾け飛ぶ。
そして……オマケとばかり、その衝撃の勢いで六つの脚が生えた胸部、尻に針のようなモノを備えた腹部も何処かへと吹き飛んでしまったようだ。
ともあれ、機先を制したい、少しでも数を減らしたいという俺の考えを『エルザ』が忠実に実行してくれたという事である。
だが、その効果の方は今一つであった様だ――
(……っ!? 腰部・脚部一番二番停止、三番四番を全力噴射!)
アッという間に右側の全てのノズルが停止され、代わりとばかりに今度は左側のノズルが全開にされる。同時に俺は機体の右脚部を軽く接地させる。
すぐに機体の脚部に強い衝撃が走り、速度が急激に低下する。
次の瞬間、十分に速度が落ちたところで今度は左脚部で地面を蹴りつける。俺は差し迫った緊急事態を受けて進路を無理やりに右方向へと変えたのである。
俺の『元の進路上』に大量の液体が降り注ぐ――
これは『アシッド』と名付けられた個体による特殊な攻撃……緑と黒に彩られた俺のHDMのモニターにγとコールサインが付けられた怪物の姿が映り込む。
これまた地球に現存する『ミイデラゴミムシ』、それを分かり易く凶悪、醜悪にした姿を持ったアシッド……こいつは姿形だけでなく、似たような攻撃方法までも持っているのだ。そう、奴は尾の先から強酸を噴射するのである。
「強酸の着弾を確認、田沼機側のアスファルトが溶けているから気を付けろっ!」
「田沼機、了解! 合流……ぎます!」
素早く情報共有を終えた俺は『目立つ状態』……機体の全てのライトを付けた状態を維持したまま更に逆方向へと回避運動を行う。
だが、そうこうしている内に少しばかり状況が変わってきたようだ。
「『アンノ……』、未だ……きなし! ですが、『シックル』が動……します!」
僅かに後頭部が飛び出した様な形状……頭部に小型のレドームを持ち、その内部に様々な通信・解析機器を備えた大崎機から新たな情報が入ったのだ。
(『アンノウン』……その姿を見るまでは弾を残したい所だったが……)
彼の情報通り、ホバーが落ち込んだ穴からカマキリのような形状をした怪物たちが次々と姿を現す。そして巨大で禍々しい鎌を持ち上げてこちらを威嚇してくる。
「田沼機、合流」
「大崎機も合流です」
この二人の言葉を合図にするかのように三体のシックルが突撃してくる――
「先に出たβ2を仕留めるっ! 田沼機、大崎機っ! 牽制射撃を頼む!」
「「了解っ!」」
田沼、大崎……僚機の腰部マシンガンが一斉に火を噴く。その着弾の衝撃でβ1とβ3とコールサインを付加された二体のシックルの足が止められる。
上手い具合にβ2だけがアントと一緒に歩を進めてくる。
(この場で一体のみの『アシッド』の次の強酸噴射までは一分ほどか……)
俺は慣性で左へ流れていた『AA-PE』の動きを右脚部で無理やりに止める。今度は完全に足を止め、両脚部に力を籠めるようにして膝を曲げていく。
(メインノズル角度調整、ランドセル一番から四番ノズル全開噴射!)
背負われたランドセルに付属する『後方向きの四つのノズル』が細く絞られ、真っ赤に染まっていく。そして次の瞬間、脚部を伸ばす事で生み出された推進力と合わせて鉄の塊と言うべき『AA-PE』が前方に向けて一気に加速していく。
「エルザ、我々は奴の足元の『アント』に向けて腰部マシンガン掃射だ」
<了解です>
敵との距離を一気に詰めた俺の機体の膝辺り、その左右から強い振動と共にバババッバババッという音が絶え間なく聞こえてくる。
面制圧用、足止め用に使われる『12.7mm重機関砲』の激しい発射音である。
さて、上手く直撃した幾つかの弾丸が数体のアントの硬い表皮を軽く貫いたようだ。だが、角度の悪かった大半の弾は表皮を滑るようにして後方へと抜けて行く。
ともあれ、『アント』の足止めには十分だったようだ――
田沼機と大崎機の斉射を抜けて前へと進み出た全てのアントたちの前進を止める事に成功……目標の『シックル』のみを炙り出したという事だ。
すぐさま、俺は次の準備へと移る。だが……
「掃射終了っ! 離脱と同時に『|胸部・対酸性爆発反応装甲』をアントの群れの真ん中に放出する。準備開始。それと左アクティブカノンをβ2へロック!」
<掃射終了。ACロックオン完了。ARERAは本当に放出しますか?>
これには俺は思わず溜息を吐き出してしまう。
先ほど、足を止めた面々からの追撃を避ける為、何らかの方法で更に足を止めたい。されどもマシンガンの残弾は無いし、代わりになる装備も無い。このタイミングで……ものの数秒で接敵するという俺の策に対して再確認と来たのである。
「四の五の言わずに放出だ!」
<了解です>
怒鳴ってしまった俺だが、ここで右脚部を地に付け、機体の進行方向を無理やりに変える。敵を掠めて離脱できるように半円を描くようなルートを取ったのだ。
バランスが崩れそうになった機体を制御しながら脳波で次の指示を出す。
(左腕部、『高周波電熱振動ブレード』起動)
この指示を受け、左腕部のアタッチメントに付属した長方形のボックスから刃が飛び出すかのような勢いで伸びる。そうしてマニピュレーターの先から一メートル程の長さとなったブレードがすぐに高熱に覆われ、同時に高速振動を始める。
激しい雨と風を切り裂くようにキィィィンという甲高い音が鳴り響く――
この音に興奮したのか、シックルが鎌を大きく持ち上げる。猛スピードで近寄る俺の『AA-PE』を真っ二つに切り裂くつもりなのだろうと想定する。
まあ、確かに奴の鎌は信じられない程に鋭い。
地球に存在するカマキリと違って捕獲する為のモノではなく、切り裂く為のモノなのだ。尚且つ体高が七メートあり、『AA-PE』よりも更に大きく重いのだ。
つまり、奴らの鎌の一撃は『AA-PE』の装甲を容易く抜くという事だ。
だが、それも角度によってである――
今か今かと待ち構え、大鎌を振り上げたシックル……その生々しいまでに黒々とした体躯まで二メートルの距離になった瞬間、俺は次の行動へと移る。
(メインノズル、ランドセル一番から四番、腰部サイドノズル、全てを下方へ)
この指示と同時に『僅かに折り曲げていた膝』を全力で伸ばす。アッという間に全高五メートル、重量五トンの金属の塊が勢いよく中空へと浮き上がる。
<ARERA、接近中の敵性体に向けて放出します>
「アクティブカノンをロック……退却に備えろ!」
<了解です>
エルザの機械的な報告と俺の新たな指示が響く中、飛び上がった機体があっという間にシックルの振り上げられた鎌へと近付いていく。そして……
「それでは振り切れなんな……!」
加速する為の距離を失ったシックルの鎌がゴツンと機体の肩部装甲へと当たる。
その礼として俺はシックルの頭部と胴体の継ぎ目に高周波電熱振動ブレードを押し当てる。その瞬間、チェーンソーを金属に押し当てたような火花が飛び散る。
腕に硬い感触が伝わり、それが豆腐に包丁をスッと押し当てたような滑らかな感触へと変わっていく。刃がシックルの表皮を噛み、一気に抜けていったのだ。
奴らの弱点の一つである『頭部の切断』に成功したという事だ――