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インセクタム  作者: 初来月
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038 犠牲と選別、その想い

 『偽りの強行偵察』から帰還した俺……休む間もなく、バイオアクチュエーターのまま会議室へとやってきた俺の前で派手な話し合いが行われている。



 いや、これは既に話し合いでは無いだろう――



 互いの意見など聞く気も無い、そんな様相となってしまった会議室……その部屋の隅で今回の発見者として出頭せざるを得なかった俺はただ立ち尽くす事となる。


 だが、その激しく続いた舌戦のおかげだろうか……


 ここにきて流石にほんの少しだけ皆に落ち着きが戻ったようだ。互いに言うべき事を言い切った事もあり、僅かな静寂がようやく少しだけ生まれる。


 まあ、疲れてしまった……とも言うだろうか……


 ともあれ、言い合いをしていた張本人である西島もその気配に充てられたのか、落ち着きを取り戻したようだ。仕切り直しとばかりに大きな溜息を吐き出す。



 だが、残念なことに彼の怒りは全く収まってはいなかったようだ――



「はぁ、無駄な犠牲を出したくないのではなかったのですか?」


「ミサイルの件に対しての嫌味のつもりか知らんが、あれは全く別の話だっ!」


 ワザとらしい大袈裟な溜息の所為もあって相手のボルテージが瞬時に上がる。


「一緒くたにして誤魔化すのは止めて貰おう! 今は強行偵察の名目で出ておいて相手の反応も見もせずに撤退など意味が無いという事についての話だ! これだって何も彼に死ねと言ってる訳ではない! 彼が命令違反だとも言ってない!」


 ガタリと音を立て椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった男が野太い声を上げる。彼は比較的に若くして陸上幕僚長となった『神田(かんだ) 秀衡(ひでひら)』という人物だ。

 近年では珍しいバリバリの戦闘部隊出身の将ではあるのだが、廃止された戦車大隊の出身であり、『AA-PE』連隊を余り良く思ってない人物の筆頭でもある。


 そんな彼が今度は前澤連隊長へと睨みつけるような視線を送る。


「新人が組み込まれていた事は知っている……だが、彼ほどの実力者が居るにも関わらず、何もさせずにサッサと撤退の命令を出した貴様はおかしいという事だ!」


 何か与り知らぬ企みが進んでいる事を看過しているという事だろうか……ここぞとばかり、神田幕僚長が確信を突いた実に正当な文句をつけてくる。


 だが、当の前澤の方は全く気にもせずに飄々と答えを発する。


「ここ最近の部隊の損耗率を考えれば、至極当然の命令だと思っております」


 腕を組んだまま席に深く座り込む前澤、立ち上がったまま机を叩きかねない勢いで前のめりとなった神田……そのまま二人が僅かに睨み合う。


 だが、再び不毛な舌戦が始まるのかと俺が思った瞬間、事態が一転する事となる。ここまで無言を貫いていたマザーが突如として声を発したのだ。


 皆の注目がモニターのマザーへと移っていく。


<このまま、この件を話し合われても答えが出るとは思えません。まず、次の議題である『新種の発見、その脅威に対する策』を考えられては如何でしょうか?>


 狙い澄ました一撃……とでも言えば良いのだろうか……


 何にせよ、この一言は全員のストレスが一定以上に発散されたタイミング……少し気分転換をしたいと思う人の心を計った上での絶妙な横槍となったようだ。


 主に言い争っていた西島政務官、神田陸上幕僚長、そして前澤連隊長に大森防衛大臣の四人までもが、それもそうかと大いに納得して頷く事となったようだ。





 先ほどよりは随分とスムーズに話が進む事となる。


 話が専門的すぎて誰も何の反論も出来ない状況と言う事もある。だが、マザーの話の切り替えの間が良かったのだろうとも思う。あれだけ不毛な言い争いの後だけに全員が何か成し遂げたいという思いが強まったのかもしれないという事だ。


 さて、現在は俺から聞き及んだ嘘、『架空の新種発見』……それを正当化する為、産総研の専門家たちが事前に決めていた嘘の話をしている所である。


 今は竹藤と名乗った『生物行動学の専門家』とやらが非常に難しい話を全員に分かるように簡単に要約しろと大臣に無茶ぶりされている所である。



 その甲斐あってと言うか……実に簡潔で分かりやすい答えがなされたようだ――



「では、結論だけを! 隕石から現れた……いえ、宇宙からやってきたインセクタムは地球という新しい環境に馴染み始めたのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性は圧倒的に高いという事です! これはもう間違いないです!」


 さてさて、この博士の話は事前に我々と示し合わせた嘘の話ではある。だが、ただの屁理屈や嘘の類ではない。これは実際に大いにあり得る可能性の一つなのだ。


 それだけに相反する側である神田幕僚長も思わず言葉を失くしてしまう。


「圧倒的に高い……ですか……」


「ワスプに今回、目撃のあった新種……更に違う別種も既に生まれており、その生息域を我々の観測域外で拡大している頃……だと十分に考えられますね」


 この竹藤と呼ばれた博士は『産総研』の関係者ではあるのだが、先ほど言った通り『生物行動学の専門家』として非常に名を馳せている人物でもあるそうなのだ。

 しかも、彼は生物行動学の中でも特に昆虫を専門としており、現在のインセクタム研究に関しては日本で一番と言うべき存在となっているのだそうだ。


 そんな人物が断言するかのように『新種の存在』を認めたのだから誰も反論など出来ない。対面に座る『政府お抱えの博士たち』ですら口を噤んでしまったのだ。



 そんな中、流れを引き寄せんとばかりにマザーが更に話を振っていく――



<今、話に出たワスプ……ですが、成長しきった彼らは想定外の硬さのようです。先日、使用した小型のミサイルでは仕留めきれない可能性があるという事です>


 この突然の話題の変更に皆の視線がマザーへと強く集まる。そして……


<今後に予定されているミサイル攻撃、それを『確実に成功させる為にも』出来る限り早くの調査が必要ではないでしょうか? 現状、ミサイル攻撃は何時でも可能という事を鑑みれば少し遅らせても確かな調査の時間を取るべきだという事です>


 大型モニターに映し出されたマザーが唸る神田陸上幕僚長へと視線を向ける。だが、賛否を求められた神田は最後の抵抗とばかりの言葉を発する。


「だ、だが……時間を掛ければインセクタムが更に強化されるという事も?」


 この反論に待ってましたとばかりに答えが返される。


<もちろん、長い時間が掛かれば、そうなる可能性は高いでしょう。なので、まずは私が『新種の存在』を予想する可能性の高いエリアへ『実力者』である『橘 誠二』一等陸尉の部隊を中心に偵察に向かわせる……というのは如何でしょうか?>


 もちろん、犠牲が出ぬよう装備も専用のモノを整えてとの言葉が続く。



 さて、新種が存在する可能性が高い、ミサイルによる飽和攻撃をするにしてもその存在を無視できそうにない、先ほどに俺は実力者と自身で断言したばかり……



 幕僚長とは言え、もはや強い反論は難しいだろう――



「では……ミサイルによる飽和攻撃を一時的に遅らせ、目撃した新種発見の為の強行偵察をすぐに実施する……という事で話を進めて宜しいかな?」


 ここぞとばかり……考える時間を与えんとばかりに大森大臣が声を発する。だが、更に最後の抵抗とばかりに神田陸上幕僚長も被せる様に声を発する。


「遅らせる期間は三日です!」


 断言するようなハッキリとした言葉に今度は防衛大臣の方がヒートアップしそうになる。だが、その口が動く前に彼の眼前に幕僚長の手の平が向けられる。


 明らかに気勢をそがれた大森大臣、その代わりに神田幕僚長が口を開く。


「我々が判断を遅らせる事は『今現在』を生きている人々の犠牲に繋がるのです」



 この力強い言葉に場の全員が静まり返る――



「それだけではありません。自衛隊員も有限なのです……これ以上の犠牲は……」


 声は野太いままだが、明らかに声のトーンが落ちたようだ。そんな『か細い』と言ってもいいような声を発した神田陸上幕僚長へと皆が視線を送る。


 俺よりも背は低いものの、がっしりとした体格の持ち主……老いてなお、しっかりと鍛えらえた身体が会議の始まりよりも随分と小さく見えてしまう。


「この余りに短い期間で我々は余りに多くの隊員……国民を失ったのです」



 これは演技……では無いだろう――



 大森防衛大臣へと向けられた目には薄っすらと涙が滲んでおり、全てを伝え終えて真一文字に結ばれた唇の端は僅かに震えているのだ。


 彼の澄み切った瞳を確認した俺は小さく安堵する。


 結局のところ、ベクトルが僅かにズレているだけで両者とも国民の為を想っているという事……どちらかが間違っているというモノでは無かったという事だ。


 その想いを同様に受け取った大森防衛大臣も反論を諦めて目を瞑る。そして……


「分かりました……これはもう……仕方がないでしょう」



 どうやら、大きな方向性は決定したようだ――



 ともあれ、ここまで決まった以上、俺の出番は『ここ』には無いだろう。


 そう考えた俺は眼前に座る満足そうな西島へと耳打ちする。三日と期間が短い事から素早い準備が必要と考え、今すぐの退出の許可を求めたのだ。


 すぐさま、頷く事で肯定を示す西島……そんな彼から俺は一歩離れ、一先ずの小休憩となった議場の全員へと聞こえるように合間を縫って退出の挨拶を行う。


「橘一等陸尉、出撃準備の為、ここで退出させて頂きます! 皆様方の想いに応えられるよう最善を尽くす所存です! 以上……失礼いたしました!」


 俺は答えを待たず、踵を返して足早に会議室を去る。



 下らないとは言わないが、色々とゴチャゴチャとした画策に付き合っていた事で心が腐っていたようだ。その反動なのか、今度は少しばかり熱くなってくる――

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