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インセクタム  作者: 初来月
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037 秘匿回線

 レドームのような形状をした頭部を持つ新種のインセクタムをナイトビジョンカメラに僅かに捉えた。この俺からの報告とアリスによって捏造された短い動画、この報告を受けた前澤連隊長は交戦を危険と判断し、我々に急ぎ撤退を指示する。



 ただ、それだけの事だったのだが……何やら、キナ臭くなってきたようだ――



ホバー(カーサ)! 本部からの連絡はまだか?」


「連絡はあったのですが三分前と変らず、『待て』との事です!」


 さて、運良くか……それとも運悪くか……いつも以上の雷鳴が轟く中、突然に遭遇する事となった一体のシックル……その今は姿すら見えぬ敵から離れるように俺はジリジリと後ろへ後ろへと退いていく。その理由の方は実に簡単、実際には存在しない架空の敵をメインカメラにまともに写す訳にはいかないからである。


 そう、機体の貧弱なコンピューターしか使えない今のアリスが瞬時に捏造する事が出来るのは『遠目のボンヤリとしたインセクタムの姿』くらいなのだ。


 つまり、これ以上に近づかれると実に困るという事である。


 運良く敵を発見して『無いモノを在ると言い張るよりも在るモノを見間違えたという方が何かと気楽だ』と言っていた自分を怒鳴りつけたい気分となる。


 だが、何はともあれ、欺瞞の後退はここまでのようだ。


 機体の頭部カメラと連動したHMD……その左端に表示されているサブカメラの一つが異変を感知し、ピーという音と共に自動で拡大・点滅表示をしてきたのだ。


 そこに映されたのは高梨たちの乗るホバー・トラックのライトであった。



 少し慌て始めた俺……その眼前で又もや発信方向の無線が切られる――



 もちろん、俺のストレス値が上がった事を感知したアリスである。


<ねえねえ、どうする?>


「どうするもこうするも……命令が無ければ迂闊な事は出来ない。だが、このままでは皆に『架空の敵』など存在してないという事がバレてしまう! くそ……連隊長は一体、何をしてるんだ! あとまあ、その……アリス……無線、ありがとう」


 言いたい事を好きに言ってストレスを解消した俺からの突然の礼……それを受けたアリスがクスクスと笑う。少しは突拍子もない言動に慣れてきたのだろうか……


 そんな成長著しいアリスを横目に俺は今からの事を考える。


「本当にどうしたものか……」


 さて、その場で今すぐ待機を命じれば暫くは様子見で済ませられるとは思う。


 だが当然、何時までもそうしてはいられない。天候の回復次第ではあるが、ホバーの幾つもの高性能レーダーに本当の現状が映ってしまうからである。


<ん~もう少し進むと……あの逸れ(はぐれ)のシックルをレーダーに捉えるわね……ホバーの性能から考えると……この機体の後ろに来られた瞬間に噓がバレるかしら?>


「ううむ……交戦したとしても何とか誤魔化せるとは思うが、余計な情報は余計な詮索を生むからな。やはり、出来る限り避けたい。だが、今回の出撃の名目は強行偵察……攻撃もせずに『勝手に撤退した』と言うのは体面が良くないだろうな」


 この言葉を受けたアリスが小さく溜息を吐きながら呟く。


<はぁ、絡んできそうな人……あっちに何人か居るものね>


「今後の我々への評価の問題にも繋がるからな……実に困ったものだ」


 手が自由であれば頭を抱えた所である。だが当然、機体と繋がった両手は使用不能……俺は代わりとばかりに頭を大いに悩ます事とする。


<ねえねえ、そろそろ止めないの?>


「ふーむ、ノアとリサも居る訳だし、レーダーを如何にか出来ないのか?」


<無理……あの子(ホバー)、電子戦に対応してるから妨害電波みたいな干渉を受けた瞬間に周波数を変えれるの……専用の装備でも無いと出処を発見されてすぐに終わりね>


 ホバーの電子戦装備は知っていたが、有能と思われるアリスたちAIでも手が出せない程とは……驚き、そして嬉しさ、その両方を覚えつつ悲しむ事となる。


 ともあれ、対して打つ手は無いようだ。


「はぁ、今のところ待つしかないという事か……」


<暇だし、カウントダウンでもしようか?>


「止めてくれ……気が滅入ってしまう……」


 兎にも角にも早く命令を下してくれ……そんな俺の想いが天に通じたのだろうか、俺の愚痴の合間を縫うように突如として機体の無線が鳴り響く。


 だが、表示された相手の名前はホバーの高梨……ではないようだ。


「なんだ……前澤連隊長の名義のようだが……」


<専用の秘匿回線……? 中継地点とホバーを介しているみたいだけど……どちらにも気付かれていない……かなり特殊な緊急の連絡用とされてるみたいね>



 直接の秘匿回線……連隊長専用のモノを使ったという連絡に驚きを覚える――



 だが、聞こえてきた声はまるで別人であった。


「誠二っ! 俺だ! 聞こえるかっ?」


 この声の主は本部で待機しているはずの赤城中隊長……この慌てた荒々しい声に素早く反応したアリスが不審感を隠すことなく俺へと問い掛けてくる。


<ねえ、赤城中隊長って作戦の話を通して無いわよね? どうするの?>


 その言葉に少し考えた俺だが、すぐに答えを返す。


「確かに先輩に話を通していない。だが、連隊長の専用の秘匿回線を通してきたという事は連隊長から何らかの指示を受けたという事だろう……頼む」


<了解、無線を戻すわ……通信の到着に誤差があるから気を付けてっ!>


 この答えを受けたアリスが無線の発信機能を元へと戻す。それを確認した俺は出来る限り情報を漏らさない様にと最新の注意を払いながら赤城へと答える。


「感度は良好です! ですが……その……要件は一体、何ですか?」


 五秒ばかり待つと元気な赤城の声が響いてくる。


「前澤連隊長から事情は聞いた! 隊長は現在、背広組に護られて制服組に攻められているという面白い事になってる! おっと、それは兎も角、撤退だそうだ」


 この情報から話を纏めると……


 どうやら、制服組と呼ばれる我々の上司・同僚である武官が何らかの理由で連隊長を足止めし、基地に滞在中の大森防衛大臣を筆頭とした背広組と呼ばれる文官の面々が前澤連隊長の作戦を援護するべく必死に奮闘中……という事のようだ。


 だが、二進も三進もいかなくなり、仕方なく赤城中隊長へと情報が回された。ここまで考えた俺が答えに困ると、それを察したように赤城が言葉を続けてくる。


「気にするな誠二……俺は俺が口が軽い事を知っている! 本来、こういう情報は持ちたくないくらいなんだ! だから……まあ、そっちの方(秘密にされた事)は気にするなよ? それより今から本部に行って通常回線で撤退指示をするからな。待ってろ!」


 こちらの返事すら待たずにあっけらかんと告げたい事を勝手に告げていなくなった赤城……その短絡的だが、裏表のない言葉に思わず俺は笑みを零す。





 謎の新種を発見した我々は本部の命を受け、急ぎ撤退する事となる。そんな建前の元、基地への帰還を急ぐ俺だが、余りの居心地の悪さに思わず表情を曇らせる。


「しかし、新種の発見ですか! 流石は橘隊長ですね!」


 さて、声の主は大崎とは比較にならない程と言うべき、生粋のお調子者である三島准陸尉……先ほどから機嫌取りのつもりなのか、この調子のままなのだ。


「もういい……この天候を考えると見間違いの可能性の方が高いんだ」


<そんな事ないわ! 私も見たんだから何かが居たのは間違い無しよ!>


 この流れにやはり調子が良いところがあるアリスが乗っかってしまう。鼻高々となっているのが、見えても居ないのに伝わってくるような声色を発する。


 思わず抱えられぬ頭を抱えたくなる俺……だが次の瞬間、出撃からここまで一言も発することが無かったノアによって救われる事となる。


<まだ確定してない事……何より、もし本当に存在していたとしても……いえ、私やマザーの計算上では『存在の可能性は高い』と思いますが……次も遭遇できるという事ではありません。今、二人が騒がしくして良い話ではないという事ですよ>


 二人を黙らせる有難い横槍……それは兎も角、この言葉は計算づくのようだ。


 どうやら、基地の無線に拾われる事も考えた上での言動のようなのだ。間を置き、注目を集めた所で『存在の可能性が高い』とやけに大袈裟に強調されたのだ。


 分かり易く言い直すと『俺の嘘の発見報告』が高性能と謳われる試作型AIの『お墨付きの情報』となり、無線を通して基地中の人々に伝わったという事だ。


 彼kらすれば少しでも信憑性を上げておこうという事なのかもしれない。ともあれ、助かったのは事実であり、俺はそれに対する心からの感謝の言葉を発する。


「ノアくん、その……色々と感謝する」


「橘隊長の気が楽になったのであれば幸いです」


 煩くならない様に細心の注意が払われた落ち着きのあるノアの声色に思わず耳を傾けてしまう。あの時のマザーのような美しさに僅かな人間味が加わった感じだろうか……そんな彼の耳心地の良い声色に俺も少しばかり呆けそうになってしまう。


 だが、すぐに気を取り直す。



 そう、我々の眼前に光が丘基地が見えてきてしまったのだ――

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