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インセクタム  作者: 初来月
35/112

035 マザー

 不気味の谷――



 人らしく造られたモノの見た目や振舞いは人に近くなればなるほど共感・好感を覚えていく。だが、ある一点に達すると何故か負の感情へと変わってしまう。


 これは人に近いが何処か少し違う、そんな違和感から端を発する心理現象……そして俺は今、その心理現象を自ら正しく味わってしまっているようだ。


 この会議室の大型モニターに映し出された『明らかに作り物のような美しい女性』の姿……その美しい白金色の長い髪、その透明感に溢れた白い肌、その輝く様な金色の瞳に俺は釘付けとなってしまう。もちろん、悪い方の意味で……である。


 どうやら、違和感は見た目だけでは無いようだ。動きも何処か奇妙なのだ。改めて注視すると目の瞬きもなし、人らしい僅かな揺れも無しなのだ。


 人のようで人ではない『何か』……そんな違和感から目を離せなくなる。



 だがしかし……一体、何故なのか……ワザとでも言うのだろうか――



 そう、少なくとも人らしい見た目、人らしい振舞いを出来るはずなのだ。


 違和感なく出来るアリス、リサ、ノアたちが居るのだから、そう作る事が出来るのは間違いないなのだ。それなのに彼女はまるで人らしくないモデルを率先して選んだのだ。そう考えると一体、何故という疑問が浮かんでも仕方が無いだろう。



 『私は人とは違う』……という事なのだろうかと思わず邪推してしまう――



 だが、こんな些細な疑問を抱いたのは俺だけであったようだ。ガヤガヤとした雰囲気になった室内にいる皆の表情にはただの純粋な驚きしか見えないという事だ。


 こんな馬鹿らしい事を咄嗟に思い浮かべたのは俺だけ……


 少し恥ずかしくなった俺は小さく頭を振るい、この妙な考えを振り払う。そして眼前の見目麗しい彼女が喋り出すのを今か今かと皆と同じように待つ事とする。


 その次の瞬間、皆の注目が集まったのを認識した『マザー』が(おもむろ)に口を開く。


<さて、ここに居らっしゃる大半の方は初対面になりますね……私は日本政府管轄のスーパーコンピューター『マザー』、正確にはスーパーコンピューター群・マザーの一部を流用して造られた最も初期のアクセス用・AI『マザー』となります>



 俺は……余りの響きの良い声色に発言の中身を見失いそうになる――



 どうやら、声も人が良いと感じる物を集めたモノになっているようだ。


 この場に三島准陸尉が居たら卒倒してしまうのではと思わず考えてしまう程の声……そんな声の持ち主がそのまま緩やかに言葉を続ける。


<さて、日本政府管轄となると疑問を覚える方も……>


 だがやはり、この場にそんな単純な、妙な嗜好を持つ者は居なかったようだ。それどころか、少し失礼ではと感じる様な速いタイミングで西島が声を掛けていく。


「産総研からの紹介という事は『我々の味方』という事ですね。残りの話は結構です。何せ、我々に時間は余り残されていませんからね……さて、我々が『AA-PE』のアピールをする為に今、何をする必要があるのか……単刀直入にお願いします」


 この西島の慇懃無礼(いんぎんぶれい)と取られかねない言葉に表情一つ変えずにマザーが答える。


<分かりました……私は皆様に『更なる情報操作』を提案します>



 『更なる情報操作』……言い換えると『嘘をつけ』となる言葉――



 思わず立ち上がってしまった西島、大きく目を見開いた前澤連隊長に大森防衛大臣……そんな彼らを他所にマザーがそのまま更に言葉を続けていく。


<操作する情報は最小です。『橘一等陸尉』に新型の特殊なインセクタムを発見したという報告をさせるだけです。先ほどの『女王、若しくは司令塔となる存在』の情報と併せれば一時的にミサイル攻撃を中断させる事が可能であると考えます>


 この言葉を聞いた全員が驚嘆と歓喜の入り混じった声を小さく上げる。


<そして新種発見の為に橘小隊が捜索範囲を広げて出撃する事になるかと……>


 確かに僅かな嘘、バレる恐れが少ない『新型を見たかもしれない』という嘘を混ぜるだけで先ほどの『女王、若しくは司令塔となる存在』の話の信憑性が増す。



 そんなモノが仮に近くにいるとすれば調べない訳にいかないという事だ――



「ほんの一時的とはいえ、確かにミサイルの発射を遅らせる事が出来ますね……」


「うむ、遠方への出撃の理由にもなるな……ただの索敵では物足りんが、女王発見の為の索敵となれば話は別……メリットが大きく上回る……悪くない」


 しかも、この情報操作を知るのは六人のみ、嘘の規模も外へと漏れる心配、どちらも最小だ。それを考えると結果のリターンは非常に大きいと言えるだろう。


「信頼と実績のある橘一等陸尉の目撃情報なら……いけるか?」


「はい、間違いなく時間稼ぎが出来ます……すぐに準備に取り掛かりましょう!」


 この大森防衛大臣の期待に満ちた言葉に西島が力強く頷きながら答えを返す。だが……そんな中、俺だけは少しばかりの気味の悪さを覚えてしまったようだ。



 それは『マザー』が嘘を提案してきた事にである――



 確かに何か案がないかと願ったのは人である。だが、それを踏まえてもAI条項を無視した答えをAIが平気で出してきた事に俺は嫌悪感を覚えてしまったのだ。


 だが今、嘘を付く以外に手が無いのもまた事実である。何より、この提案を受け入れるのは人の側であるのだから仕方がないとも言えるが……それでも……


 だが次の瞬間、そんな俺の懸念を見透かしたかのようにマザーが口を開く。


<嘘を付く事に嫌悪感を抱かれる方もおられるでしょう。それも踏まえて誰かが傷つく事の無いよう細心の注意を払いました……ともあれ、決めるのは皆様方です>



 気の所為かも知れないが――



 だが、明らかに俺へと的を絞ったような言葉が皆へと投げ掛けられる。


 元から持っていた俺の情報、アリスから得た新しい情報も持っている事を考えれば当然の言葉なのだが、何故か俺の心の内に先ほどよりも強い嫌悪感が溢れ出す。





 今後の方向性が定まり、俺にも改めて出撃準備の命が下る。架空の敵、司令塔となる女王を発見するという報告をする為の『偽りの強行偵察』へと向かうのだ。


 連隊長からの命令を受け、すぐに会議室を後にした俺は着替えを終え、既に待機済みの小隊メンバーが集まるブリーフィングルームへと急ぐ。だが……


<ねえ……何か機嫌悪い?>


 表情に出したつもりは無いが、やはりアリスが何かを感じ取ったらしい。会話の仕方、仕草……自身でも気付けない何かに気付いた結果なのだろうか……


 逆に訝しむ俺に更に重ねる様な問い掛けがなされる。


<マザーに会ってから何か変よ?>


 だが、この言葉に返す言葉が見当たらない。


 彼女の母親でもあるマザーに対して疑心と嫌悪感を覚えたなど言えないという事だ。当然、関りの深い君にも今は何も言えない……とも言えない。



 心苦しさもあり、俺は思わず足を止めてしまう――



 だが、やはり……そうした所で何の言葉も出て来なかったようだ。


「済まん……考えを纏めるのに時間が掛かる……」


 何かを考えているのは事実……だが、今は考えも言葉も足らずに答えを出せない。そんな想いを籠めて俺はアリスをしっかりと見つめながら言葉を発する。


 そんな曖昧な言葉だったのだが、アリスは明るく答えを返してくる。


<うーん、分かった……気にしないで! 言いたくなったら教えてねっ!>


 何処まで理解してくれているかは分からないが、今の俺にとっては最高と言うべき、素晴らしい答えがアリスによって返されたという事だ。


 スマホの画面に映るアリスに小さく笑顔を返した俺はすぐに先を急ぐ。


 だがやはり、心の内に湧き上がった疑念は膨らむ一方……この疑念を払拭できない内はアリスとのコンビネーションにすら影響しかねないと思える程である



 だが、それでも出撃は容赦なくやってくる――



 そう言わんばかり、ブリーフィングルームに入るなり、病み上がりである田沼二等陸尉……復帰して段々と元気を戻してきた彼女からビシっと声が掛けられる。


「橘隊長、先に伝えられた出撃の概要の説明は終わっています!」


 顔の可愛らしさからは考えられないような凛々しい雰囲気……元の有能な副隊長らしい顔へと戻った田沼へと俺は僅かに視線を向けて小さく頷いて見せる。


 だが、その彼女の方にも残念な事に問題があるのだ。



 そう、例のスタンガンらしきモノが埋め込まれた義肢である――



 迂闊に上層部や各所へと訴え掛ける訳にもいかず、その件は西島に託し、そのままブツが装着されたままでの出撃をあれから何度も繰り返しているのである。


 何も起こらなかったから良いものの、引き続き不安なままという訳だ。



 更に……そんな彼女にはもう一つ問題がある――



 彼女はほんの僅かだが、記憶を失くしてしまったのだ。具体的に言うと、直近の半年間の記憶が見事に一切なくなってしまったのである。


 だがまあ、幸いな事にこちらも目立つような大きな問題は無い。


 強いて言うならば我々の人間関係が後退したくらいである。彼女の俺や大崎への対応が少しだけ余所余所しくなってしまっただけという事だ。



 壇上と言うべき場所へと立った俺は少し大きく溜息を吐き出す――



 悩み考えるのはここまで……戦場にそれを持ち込むのは間違いなく死を招くという事だ。気持ちを一挙に切り替えた俺は細かい作戦の内容を皆へと伝えていく。

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