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インセクタム  作者: 初来月
34/112

034 密談

 光が丘基地防衛戦――



 そう名付けられた先日の一戦は我々の『圧勝』という扱いとなったそうだ。


 まあ事実、こちらの出撃機は全て被害軽微であり、逆に押し寄せたインセクタム数百匹を全滅させたのだから決して大袈裟な話ではない。大半が最弱と言われるアントであったが、正しく『圧勝』と言って良い結果なのだ……という事だそうだ。



 ただし、これは『病院での一件』を加味しなければである――



 さて、この『病院での一件』……俺が大きく関わる事となってしまった一件でもあるのだが、やはり少しばかりの情報操作がされる事となったようだ。


 病院内で重症扱いだった人々を順に予後不良で死亡扱い……ワスプが人体の中で育つという衝撃的な情報が一時的に秘匿される事となったのである。


 我々の戦果を待つ国民には圧勝したという事実だけを伝えたいという事だ。


 まあ、俺個人としては嘘を付くという事に大いに不満がある。しかし、現状はそうも言ってられない事も理解しているので当然、これに文句は言えない。





 さて、あの一件から早一週間……俺は今日で()()()の会議の参加となる。例の幼馴染の西島政務官が言っていた『お偉いさんとの立案会議』である。俺としては出撃日を決める程度と思っていたのだが……そう上手くはいかなかったという事だ。



 今日だけで二度目、通算十度目くらいの怒号が響く――



「このままじゃあ、朝霞駐屯地への『AA-PE』連隊の出撃は認められんぞっ! この程度、歩いただけの話をいくら積み上げても奴らを説得できるもんかっ!」


 俺は大きく声を上げた厳つい顔をした男へと目をやる。


 年の頃は七十の方が近い位だったはず……簡単に言えば、それなりの年寄りである。だが、男は顔にも身体にを余計な脂肪が無い為か年の割には精悍な顔付きをしている。顔の皺もあるにはあるのだが、彫りの深さの所為か気にならない。


 若い頃に有名なラグビー選手だった事もあり、未だに身体を鍛えている所為なのかもしれない。まあ、何はともあれ、全く政治家には見えないという事だ。


 そんな男、『大森 茂』防衛大臣が俺に視線を送るや否や更に愚痴を吐く。


「此奴らの腕前が確かなのは分かる。だが、直近の戦果が足らんっ! 朝霞の時の戦果とまでは言わんが、もう一つくらい無理矢理に作って寄越せっ!」


 この偉い政治家である男の言葉……毒舌ではあるが、我々への否定の言葉ではない。過去の戦績から我々の能力があるのは認めるが、反対派を説得するのに最も重要な試作型AI搭載機の戦闘資料が足りないと汚い言葉遣いで仰られているのだ。


 まあ、むしろ中身は正当な物言いである。


 それを理解しているのか、大画面に映し出されたアリス、リサ、そして先週にようやく機体と共に連れて来られたノアの三名も静かにしたままである。



 ともあれ、その三人の代わりとばかりに今度は別の一人の男が声を上げる――



「それはそうですが……あれ以来、インセクタムが攻めて来ないのです!」


 立ったまま会議に参加している俺の眼前に座る男……俺の古くからの幼馴染であり、眼前の口汚い防衛大臣様の政務官でもある『西島 康介』である。


「ならば早く別の方法を考えろっ!」

「だから今、妙案がないかと何度も話し合っているのです!」


 さて……彼の言う通り、今の光が丘基地は周辺から敵影が消えている状況となっている。アント一匹の姿すら見えないという異常事態となっているのだ。何せ、あれ程の大群を殲滅したばかり、ぽっかりと空白地帯となってしまったのだそうだ。


 まあ……本来であれば大いに喜ぶべき話である。


 今すぐ逆襲するほどの戦力は無いが、周囲に拠点を設営したり、大いに減った我々の戦力を回復させる時間を得る事ができたのだから、そう考えて当然である。



 だが、今の我々にはこれが大きな問題となる――



 そう、避難している人々を巻き込みかねないミサイルの飽和攻撃、それを阻止する為に『AA-PE』の能力をアピールしたいのに肝心の敵が無しなのである。


 いるかいないのか分からない遠くの敵をこちらから探しにいかなければ、必要な戦闘資料を作りたくとも作れないといった状況となってしまったのである。



 そして……その遠方への積極的な強行偵察の出撃許可も下りないのだ――



 さて、その出撃に強硬に反対しているのは悲しい事に『日本政府(与党)』である。


 我々の正面に敵対するかのように座る『大森 茂』防衛大臣……驚くべき事に彼以外のほぼ全ての政府関係者が全て我々に反対の立場となってしまったのである。


 この全ての中には本来の身内と言うべき、統合幕僚長や統合司令官も含まれる。本当に皆揃って『AA-PE』での戦果を諦めてしまったという事になるのだ。



 まあ、病院の一件を知っていれば仕方のない事ではある――



 我々がまだ戦えると思っている『AA-PE』は彼らにとっては心許ないモノ、信頼のおけないモノとなってしまった。ましてや今、遠方へと出撃をさせて何か事が起これば、もう目も当てられない状況になりかねない……となってしまったのだ。


 次に何かあったら彼らの次の当選にも影響が出るという事だ。


 哀しく寂しい現実であるが、国民、マスコミからいつもより強く注目されている以上、更に負けを積み重ねる訳にはいかないという事である。


 だが……


「そんな事を言ってる場合じゃない……このままだと一週間も経たずにミサイルでの飽和攻撃が始める……くそ、今は日本の潜在的な工業力が憎らしいわい……!」


 皆が無言になる中、大森防衛大臣が吐き捨てるように更に愚痴る。


 「連絡が無いからと勝手に殺すなど絶対に許されるものか! 国民を何だと思ってるんだ! くそっ! やれる事が在るうちは絶対にやらせんぞ……!」


 ともあれ、我々は多大な戦果を見せる事で『AA-PE』がミサイル攻撃よりも有効だと見せつけるしかないのだ。だが、その戦果を上げる場が一向に来ないのだ。


 回復した田沼の駆るノア搭載機を加え、四機体制となった我々の小隊は特別遊撃隊となり、許可の下りたエリアを毎日のように隈なくひたすら回っているのだが、運良くか悪くか、本当にただの一匹の敵にすら遭遇できなかったのである。


 それを知るだけに西島も真っ当な事は何も言えなくなる。


「ううむ、近場には完全にインセクタムがいない……無理やりに遠くに出撃するしか……ですが、その許可が下りない……無理やりに許可を取る方法か……」


 奴らを引き付ける方法……見つけ出す方法……だが、習性もほとんど確定していないインセクタムの行動の予測・制御など俺の頭では考えられないようだ。


 早々に諦めた俺は少しばかり口をへの字としてしまう。


 しかし、この何も思いつかず、自分に呆れただけの俺の表情の変化に何かあると誤解したのだろうか、大森防衛大臣が嬉々として俺へと声を掛けてくる。


「む……パイロットである君の意見は……どうだ?」


 実に困った質問……どうもこうも俺には分からない事だらけなのである。だが、問い掛けられた以上は最低限の答えを出さねばならないと口を動かす。


「大臣、申し訳ございません。そもそも……命令系統も無さそうなインセクタムに大規模な襲撃を二度に渡って受けた事ですら自分には理解不能なので……」


 そこまで口にした所で突如、待ってましたと言うような声が響き渡る。


「橘さん、良い前振りでしたよ!」


 静まった場に似合わぬ、そんな朗らかな声色が響く。その主は自分の位置から見て左側……四角形に並んだ席の端にいた人物のモノであったようだ。


 産業技術総合研究所・研究開発部門のトップである『西田 晴明』博士である。


 だが……


「大森大臣、是非とも……」

「大森大臣、産総研の川島です。発言の許可を願います」


 ここ最近になって何度も見る事となった二人のやり取り(被せ芸)に俺の目尻が緩む。そして……この何とも言えない想いは三度の会議に参加した皆の共通の想いのようだ。


 許可を要請された海千山千の政治家である防衛大臣ですら僅かに目尻が緩む。


「もちろんだ……川島くん、発言を許可する」


 ブーブーと何時も通りに文句を垂れる西田博士を背に川島が喋り出す。今日になり産総研の所長から許可が下りた件を伝えたいと前置きがされてから話が進む。


 その内容は『AA-PE』開発に関わる部門の一つであり、特にインセクタムの生態に関わる研究をしている生命工学部門からの情報である……という事のようだ。



 ともあれ……その内容の方は実に驚くべきモノであった――



「司令塔となる女王の存在……か……」


 少しばかり騒がしくなった会議室の中、大森防衛大臣が皆を代表する様に呟く。


 だが、川島からの情報は驚くべきモノであったが、実際に考えられる事態の内ではあったようだ。俺以外の皆が一様に納得がいったように頷き合っている。


 まあ、確かに改めて考えてみれば、あれ程に組織立った動きである。


 一旦、襲撃を止めて数が揃ってから襲い掛かるという動きをするには『何らかの司令塔となる存在』がいるに違いないと考えるのは当然なのだ。



 だが当然、他にも疑問が残る――



「何故、今更になって……この疑問にどう答えるんだ? 奴らが現われて既に三年……この三年間は女王は居なかったという訳ではあるまい!」


 俺の疑問に応じるように西島が少し怒気を含むように声を荒げる。だが、これに対する川島の答えは納得がいくかは別として何とも単純明快であった。


「地球の環境に馴染んだのか……若しくは適応したのか……まあ、どんな理由にせよ、現状は司令塔らしき存在が産まれた可能性が高いという事の方が本題です。女王の存在が三年前からあったかどうかは全く問題ではないという事です」


 証拠となるモノは無いが、逆説的に考えればという事なのだろうか……だが、この話が我々にどう関係するのか……又もや俺の疑問に応じるように西島が叫ぶ。


「川島くん、それが今の我々の状況にどう役立つんだ!」


「我々『産総研』は今の話を使い、ミサイル攻撃を遅らせる術があります!」



 この川島の言葉を合図に今度は画面の中で黙っていたノアが立ち上がる――



「皆さんにご紹介します。これから画面に映し出されるのが……我々の母であり、この日本の最先端のスーパーコンピューター群でもある『マザー』です」


 敬礼の一種のように片手を胸に当てたノアが高らかに声を上げる事で防衛大臣、政務官、連隊長、そして俺の視線が一斉に画面へと注がれる。


 同時にノアたちが写っていた画面がフッと切り替わる。



 そこには……誰もが美しいと思ってしまう、そんな女性が映し出されていた――

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