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インセクタム  作者: 初来月
33/112

033 デブリーフィング

 正式なブリーフィングルームではなく、小隊単位で使う六畳そこそこの小さな会議室……その狭い室内に我が小隊の全員が集まり、すし詰めとなっている。


 だが、そこでは何やら一悶着が起こっていたようだ。


「うっさい! 禿げの癖に生意気よっ!」


「禿げじゃないぞ! 五分刈りだ! ってか、お前は昔から悪口はそれだな!」


 扉を開けた俺の眼前で相葉三等陸曹と三島准陸尉が何やら激しく言い合っている。そして横ではそれを止めようと高梨が必死に声を上げているようだ。


 俺は軽く周囲を見回す。


 立ち上がった衝撃でなのか、二人の椅子はその関係性を現すように左右に別れるように倒れてしまっている。そんな中、素早い反論をされた相葉が耳元で揃えられたショートヘアーを振り乱すようにして怒りに満ちた形相で三島へと言い返す。


「何!? 何かムカつく! 何、知ってます雰囲気出してるの!?」


「何だよ! 実際、知ってるんだから仕方がないだろ!?」



 どうやら、これは痴話喧嘩の一種のようだ――



 さて、ここまでの精神的疲労が大いに蓄積された結果なのだろうか……


 疲弊し切った俺の脳では上手い注意が思い浮かばなかったようだ。思わず口を噤んでしまう。だが、すぐに自分がこの隊のトップであるという立場も思い出す。


 こんな事を仲裁した経験は無いが、何とか思い付いた言葉を発する事とする。


「二人は……その……恋人同士だったのか?」


 自分でも少しズレてると思う程……いや、俺も相当に疲れているようだ。何で出てきたのか分からない程の想像以上に酷い言葉であった。


 室内が一瞬で静まり返ってしまう。


 だが、撤回は間に合わなかったようだ。明らかにショックを受けた表情となった相葉三等陸曹の表情が見る見ると赤く染まっていく。そして……


「違いますっ! こんな変態と恋人にしないでください! ああもうっ! あんたの所為で隊長に誤解されそうになったじゃない! 謝って! 隊長に謝って!」


「謝るって……なんだよ! 誤解を解くだけで良いだろっ!?」


 アッという間にヒートアップしていく二人を前に俺は大きな溜息を吐き出す事となる。どうでも良い事で揉める二人に呆れたという事もあるが、何よりも上手く止める手段を思いつかなかった自分に辟易としてしまったのだ。


 これは昔から真っ当に人と関わらなかった事の弊害なのだろうか……


 戦場では困った事は無いのだが、基地内での通常のやり取り、プライベートでのやり取りなど、こちらの方は余り上手くやれた経験が無いのである。まあ、ここまでアホらしい出来事に遭遇したことが無いという事でもあるが……



 さて、そんな大いに困惑した俺だが、思わぬ所から助け船が来たようだ――



<まあ、二人は幼馴染! 小中高と進路が同じ、住所からすると……生まれた頃から隣同士……なのに恋愛には発展しない! 私、この関係が気になりますっ!>



 何故か、二人より更に興奮し、目を爛々とさせたリサである――



 大崎の腕に装着されたスマートフォンの中、美しい長い黒髪を左右に振り乱し、ほんのりと赤く染まった頬に両の手を当てキャーキャーと大騒ぎする彼女の姿を見た所為なのだろうか、言い合っていた二人が落ち着きを取り戻したのである。


 次の瞬間、フンっと口にするなり、相葉と三島が互いに視線を逸らす。


<あら……もう、終わってしまうのですか……残念です……>


 何やら物足りないと言わんばかりの表情を見せるリサだが……何はともあれ、この二人の珍妙な痴話喧嘩は一応の終わりを迎える事となったようだ。



 再度、大きな溜息を皆に見せつけるかのようにして吐き出す――



「それで……リサくん、何処から彼らの情報を?」


 この疑問を受け、俺へと見せつけるように素早くスマートフォンが突き出される。大崎も彼女との関係性に慣れてきてしまったという事だ。


 それは兎も角、見せつけられたスマホの中、落ち着きを戻したリサが答える。


<入隊時の情報にアクセスしただけですわ……まあ……許可なき者のアクセスは禁止されていましたけど隊長さんなら今から許可してくださいますよね?>


 彼女の鋭い眼付きが僅かに柔和な様子を見せ、その奥の漆黒の瞳が怪しく光る。


 そんな美しい彼女の言う通り、住所・氏名程度の個人情報へのアクセスは尉官以上の口頭の許可さえあれば不問である。だからと言って後からの申告が許される訳ではないのだが、今ここでどうこう言うレベルの事では無いとも言えるだろう。


 そう俺が考える事も踏まえての言動だったのだろう。涼しい顔をしたリサがこちらへと微笑む。その表情は怒られる程の謂れはないとでも言いたげである。


 まあ、色々と言いたい事はある。だが、兎にも角にもアリス、リサ、新人四名の『初陣からの帰還』である。今回だけは全てを注意で止める事とする。


「お客様扱いは今回だけだ……はぁ、今回は不問にするが彼らに示しを付ける為にも次からは許可を得てくれ! さあ、デブリーフィングを始めるぞ!」


 この俺の命令を受けて相葉と三島、画面内のリサも渋々と着席する。良く分からぬ理由で争う同僚の二人を仲裁しようと努力していた高梨、オロオロと様子を窺っていた三波三等陸曹もホッと溜息を吐き出しながら同時に着席していく。





 さて、ようやく静まった室内の静寂を受けた俺は突然に学校の先生の気分を味わう事となったようだ。皆が静かになるまで何分経ったと言いたくなったのだ。



 だがまあ、その苦労の甲斐あって随分と色々な事が読み取れたようだ――



 『AA-PE』の新人パイロットである三島はやはり、お調子者のようだ。技術は新人の中でも一段抜けてそうな程なのだが、言動の軽さ・態度の軽さだけで台無しにしそうな程である。正直、パイロットになれた事が信じられない程の調子乗りだ。


 そんな彼と言い合っていた相葉は最初のイメージ通り活発な子のようだ。負けん気が強い事は間違い無いだろう。イザと言う時の精神力も強ければ御の字である。


 ともあれ、ドライバーとしての適性は未知数と言った所だ。


 次に仲裁に動いていた高梨……彼はやはり真面目で根っからの優等生なのだろう。正にホバーのリーダーにピッタリの人材という事だ。


 まだ所々に若さが見られるが鍛えれば確実にモノになるだろう事が既に窺える。


 そしてソナー員である三波三等陸曹……彼女は神経質で弱気な点が見えすぎる程に見えてしまっているようだ。だが、これは決して悪い事ではない。戦う者としては失格だが、ソナー員は誰よりも神経質で臆病でなければならないからである。


 つまり、彼女もホバー乗りとしての適性が非常に高いという事だ。


 さて、全員が順にゆっくりと俺に見つめられた所為で多種多様な戸惑いを見せているようだ。だが、決してビビっている訳では無い。見つめてきた俺の表情から怒られている訳では無い。むしろ褒められている事が伝わっているという事だ。


 まあ、俺に睨みつけられた三島以外であるが……



 ともあれ、彼らの様子に一定の満足感を得た俺は振り返りを行っていく――





「もう一度だけ言うが……貴様は兎にも角にも調子に乗るなだ! 分かったな?」


 新米ホバー乗りの三人が褒められた後に軽く注意しただけなのだが、三島は思った以上に凹んでしまったようだ。だが、戦場で調子に乗って浮かれてしまった先にあるのは死なのだ。新米の内に嫌でも調子に乗らない様に躾けねばならないのだ。


「はい……気を付けます……」


 居残りを受けてまで小言を受けた三島……あからさまに肩が落ちた新兵が扉を抜けて去っていく。そんな彼の姿が完全に消えるまで俺は最後まで見送る。



 あれ程に騒がしかった室内に信じられないような静寂が広がる――



<何か……凄く感傷的ね? もう少しドライな考えを持っていると思ってたわ>


 ここまで黙っていたアリスが声を掛けてくる。


 どちらかと言えば俺がドライな思考を持っている事をデータ上で知っている彼女だけに扉を見つめたまま黙ってしまった事に少し疑問を覚えたらしい。


「その言い方だと……少し幻滅したか……?」


<まさかっ! これくらいは織り込み済み……むしろ、そういう繊細なところも……魅……って言うか、あれよ……少し気になっただけよ!>


「そうか……」


 言い掛けた自分の台詞に少し照れたのだろうか、僅かに言葉を修正したアリス……そんな彼女が映し出されたスマートフォンへと目を向ける。


 金髪碧眼の愛らしい彼女の表情……その端正な目鼻立ちから生意気さと賢さが揃って見えてくる。そんな彼女の表情をただ黙って見つめる。


 だが……残念な事に会話の続きの言葉は見つけられない。


<な、何よ!?>


 上手い言葉が見つからず、ただ黙っていただけなのだが……アリスはこの俺の視線に耐え切れなかったようだ。叫ぶと同時にふいっと視線を逸らしてしまう。


 だが、そのままでは負けた気になるとでも言うかのように言葉を紡いでいく。


<ひ、一つだけ伝えておくわ! 私は貴方の事が良く分かる最高の相棒なの! 戦場でもプライベートでもきっと『力』になれると思っているわ! それだけっ!>


 言いたい事を言って満足したのか、何時もの勝気な表情に戻ったアリスが少し休むと良いわと叫ぶと同時にスマホのモニターが切られてしまう。



 スリープモードとなったモニターを前に俺は少し休む事とする――

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