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インセクタム  作者: 初来月
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032 謎の義肢

 救出時、意識を失っていた田沼と名も知らぬ女性……そんな二人の現在の様子を知る為にと救護室へと来た俺とアリスだが、『浪川 さつき』三等陸尉に足を止められる事となる。理由は大した事ではない。田沼たちがまだ治療中であるだけだ。


 さて、そんな我々の前で浪川が人好きのする可愛らしい顔を少し歪ませる。


「その……今度こそ、お話しできる……とは言えないですよね……」


「まあ、そうだな……」


 俺は出撃の前、余り話す事も出来ずに別れた件を思い出す。


 そう、確かに戻ったら世間話でもと思っていたが、今はとてもそんな雰囲気ではない。それを彼女も良く分かっているという事だ。


 さて、その雰囲気を察したのかアリスですら先ほどから黙ったままである。


 もう、浪川に存在を隠す必要はないのだが、やはり今はその機会ではないという事なのだろうか……だが、そんなアリスを他所に俺は情報を聞き取っていく。


「それで……吉川二等陸佐から田沼に付いて何か聞いたか?」


 だが、この俺の軽い質問は浪川の表情を大きく曇らせてしまったようだ。正直、思ってもみなかった反応に俺の方は思わず怪訝な表情となってしまったようだ。


 それに気づいた浪川が何とも言えない表情となりながらも答えを返してくる。


「そ、それが……その二人の意識の失い方が特殊みたいで……まるでスタンガンか何かで感電させたかのようだとか何だとか……そう、言っていたんです」


 医師である『吉川 順平』二等陸佐……その所見を横で耳にしただけなのだろうか……浪川が何が何やら、本当に分からないんですよと付け足してくる。



 確かに何が何やらである――



 そもそも、あの場で感電するようなモノは……


「弾丸を受けて露出したコンセントに触れて感電したのか? ライトが壊れて垂れ下がっていたとか? いや、そんな状況になっていなかったはずだよな……となると、まさか……ワスプが放電したとか……流石に逸れは無いか……」



 だが、それでも二人は何かによって感電していたという事実――



 だがやはり、あの場に感電するようなモノは何もなかった事だけは間違いないだろう。そう考え、また頭を抱えた俺に突如として真の答えが返ってくる。


「彼女たちを気絶に至らしめたのは何なのか……その発生源は分かったよ」


 どうやら、意識を失った二人の一旦の治療を終えたようだ。声の主は小さな丸眼鏡とチョビ髭の似合うダンディーな医師『吉川 順平』二等陸佐であった。


 我々の話し声を聞いて廊下へとわざわざ出てきてくれたという事だ。そして浪川に先に入ってなさいと合図すると共に改めて俺へと声を掛けてくる。


「橘くん、実に速い再会だね」


「恥ずかしながら……本当にアッという間に帰ってきました」


 慌てて敬礼の姿勢となった俺に必要ないと手で合図を送ってきた吉川……そんな彼だが一つ咳払いをするなり、やけに周囲を気にしながら寄ってくる。


 そして……


「さて、まず気絶の原因の方なんだが……どうやら、田沼二等陸尉の左腕の義手……あの新しく取り付けられた義肢から何やら放電が起こったようなんだ」


 簡易的なバイオ・アクチュエーターとチタン製の合金、それと謎の新しい合金を組合わせて造られたという義手と義足……これは脳波で動かす事が可能な超最新型の義肢である。言い換えると到底、そんな事が起こるとは思えない代物である。


 そんな俺の訝しむ気配を知ってか知らずか、更に吉川が言葉を紡いでいく。


「もう一人の女性……名札も無いので今は名前も分からんが、その彼女の肩に田沼くんの指が触れて通電したと思われるような跡が残っていたんだよ……まあ、跡の位置からして背後から肩を掴んだ状態で放電したという感じかな?」


 肩に造られた五カ所の火傷のような水膨れがあったそうだ。それが事実であれば、火傷が発生してしまうような何かが起こった事は確定である。だが……


「その義手……現状、最新式のモノと聞いておりますが……」


 そう、先ほど言った通り、彼女の左腕と両足に取り付けられる事となった義肢は『AA-PE』に使われる機密だらけの最新技術をふんだんに使った代物なのだ。


 ベテランであり、エースの一人である彼女にだからこそ使われた……そんな代物なのである。そう簡単に故障しましたとなるようなモノではないという事だ。


 そう言いたくなくなった俺の表情を汲んだのか吉川が口を開く。


「私は感覚が鋭い……と言う訳ではないからね……だが……」


 そう前置きした吉川が言葉を続ける。


「義肢の指先……その放電したと思われる場所だけ違う素材になっているように思えるんだ。ほんの少しだけ、触感が違うように思うんだよ……たぶんね」


「故障ではない……という事ですか?」


「その指の五カ所だけ意図して違う素材が使われている可能性があるね」


 この彼の言葉に『何故、何の為に』と言いかかった俺だが、フッと浪川の言葉を思い出す。先ほど彼女が口にしたスタンガンという単語である。


「さて、仕様書はあるが、ここには何も記載されていない。まあ、何処から出てきたかも分からない機密まみれの代物だからね。だが、放電させる機能が本当に在ったとしたら何の為に……彼女は知っているのか……誰が知っているのか……」


 専門外とは言え、目端が利く医者の言葉であり、ただの勘違いとは言えないだろう。ともあれ、そんな重要な事を一介の兵士である俺に話してきたという理由は一つである。彼も知っている俺の独自のコネクションを活用したいという事である。


 それをハッキリ聞く為か、吉川がこちらへとしっかりと目線を向けてくる。


「何はともあれ、これは間違いなく対人用だ。そんなものがコッソリと彼女に取り付けられているという事だ。宇宙からやってきたというインセクタム……そんな飛んでも無いモノと戦っているというのに身内で……とならない事を祈っているよ」


 そう言った彼の目をしっかりと見つめ返す。だが当然、ジョークを言っているような目ではない。何より彼はそんな下らない事をするような人物ではないのだ。


 となると答えは一つだろう。


西島政務官()には……私から確かに伝えておきます」


「うん、君も彼も信頼しているが……まあ、くれぐれも内密に頼むよ……何せ、義肢そのものも怪しいし、正直なところ義肢を取り付けられて数日も経たずに既に歩く事が出来る彼女も怪しいんだ……これは間違いなく、何か有るからね……!」


「……了解です」


 内密に……これはハッキリと言って我々にはどうしようもないという事だ。


 仕様書に無いような何かが実際に彼女の義肢にあるかもしれない。それが分かっても誰が何の為など俺たちには全く知りようがない。迂闊な事は出来ないのだ。


 精々、揉み消される前に信を置ける人に話を通しておくしかないという事だ。



 互いに頷き合い、この話は終わりにする――



 さて、気分を切り替えたのか、笑顔となった吉川が俺は室内へと呼びこむ。


「彼女たちの健康の方は問題無しだよ!」


 自慢かどうかは知らないが、よく手入れのされた自身のチョビ髭を指で摘まんでは伸ばす吉川……そんな彼の視線の先へと向き直る。救護室の簡易的なベッドに寝かされているのは二人……当然、一人は戦友である『田沼 恵子』の姿であった。


 少し離れた俺の耳にも柔らかな寝息が聞こえてくる。意識は戻っていないという事だが、その表情も柔らく苦痛に苛まれているなんて事もなさそうだ。


 この姿に小さく安堵の溜息を吐き出した俺……そんな俺に吉川から書類が手渡される。臨時で置かれた木製の机にキチンと揃えて置かれていた書類の一枚である。


 どうやら、緊急の検査を行った吉川の所見が書かれているようだ。


「設備が整った所で『改めての検査』は必要だけど……とりあえずね」


「少なくとも異物は映らず……ですか……良かった」


 卵を産み付けるという習性を持つワスプに何もされなかったという事だ。又もや、小さく安堵の溜息を吐き出した俺に吉川も笑顔を見せてくる。





 さて、やや釈然としない所はあるが、俺は救護室を後にする――



 だが、溜息を吐き出した俺に恐る恐るといった声が掛けられる。声の主は今しがた、吉川から連隊長へと急ぎの書類配送を頼まれた浪川であった。


「世間話の件なんですけどぉ……今度、休みを取ってですね……何処かで……!」


 だが、そこまで口にした所で扉の隙間から更に急かされる事となる。


「浪川くん! 急ぎと言っただろっ!」


「ひぇっ!? すみません!」


 俺は仕方なく慌てて走り出した彼女の後姿へと声を掛ける。


「休みが合うのかは分からんが……善処するよ!」


 駆けだした浪川が流れるように角へとぶつかる。こちらへと振り向き、頭を下げて何事も無かったかのように慣れた様子で角を曲がっていく。


 そんな中、俺は彼女との約束が叶う日が来るのだろうかと思い悩む。


「今度……か……」


 ここ最近のジェットコースターにでも乗っているかのような酷い急転直下の連続……それを考えるとそんな日は二度と来ないのではと思えてしまったのだ。





 さて、お喋りなアリスも救護室では静かにせざるを得なかったのだろうか……疲労感から小さく溜息を吐き出した俺にようやくとばかりに声が掛けられる。


<あんなに簡単に約束して……良いの……?>


 ヘッドセット越しに何処かムスッとしたような声が聞こえてくる。


 言葉を聞く限り先ほど浪川と約束した雑談の件のようだが、その空約束と言わんばかりの行為にやや怒りでも感じてしまったのだろうかと思い悩む。


 だが、それに答える前に声を掛けられる事となったようだ。


「隊長っ! 良かった!」


 俺の代わりとなって小隊の帰還の任を務めた大崎が笑顔で走ってきたのだ。無理やりに副隊長に就かされただけでなく、帰還だけとは言え突如として隊長代理までやらされたプレッシャー、そこから解放された事がよっぽどに嬉しかったようだ。


 懐っこい笑顔で傍まで駆け寄ってきた彼に小さく笑顔を見せながら問い掛ける。


「大崎、問題は無いか?」


「あります! 今、デブリーフィング中なんですけど、全員が興奮状態でまるで収集がつきません! 自分ではどうにもならないので宜しくお願いします!」


<あんた……恥ずかしげもなく、なんて事を……>


 絶句するリサを他所に元気よく宣言して見せた大崎が又もや笑顔を見せる。そんな大崎を相手に俺は大いに呆れつつも何処か可愛げを感じてしまう。


 経験上、この彼の言動が一定の努力をした上での言動と知っているからだろう。



 少しだけ苦笑した俺は彼と共にブリーフィングルームと向かう――

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