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インセクタム  作者: 初来月
31/112

031 成功報酬

 ようやく、気を取り直した西島……そんな彼に俺は改めて問い掛ける――



「お前が直接に来たという事は無理を言いに来たという事だな?」


 こんな酷い場所に来なくとも普通の連絡であればメールで十分に事足りる。詰まる所、彼が直接に面と向かってでないと申し訳が立たないような厄介な事を今、俺に伝えに来たのだと推測した訳だ。そして……その推測は大正解であったようだ。



 まあ、よくある事ではあるのだが――



 ともあれ、表情一つ変えず、西島が口を開く。


「そうだ……君の小隊だけで朝霞駐屯地を取り返してくれ!」


 少し早口で淀みなくといった感じで要件が伝えられる。


 さて、それなりに強い意思が籠められていたからなのだろうか……この暴雨暴風の中にも関わらず、彼の言葉が一語一句も漏らす事なく俺の耳に入ってくる。


 少しだけ考えた俺は思い付いた答えを返していく。


「俺たちだけ? 我々をプロパガンダに使うつもりか……」


「済まないとは思う。だが、他に手が無いんだ……」


 さて、この防衛大臣付き政務官・西島康介という男……古くからの幼馴染であり、何時でも俺に無理難題を吹っ掛けてくる男でもある。

 だが、嫌がらせで完全に不可能な事をやらせるような意地の悪い男ではない。全力で頑張れば何とか可能である事を提示してくるような男なのだ。


 まあ、その辺は実に嫌らしいとも言うが……


 ともあれ今、そんな有能な彼が俺に無理を承知で頼んできたという事はこの件も勝算が有るという事になるのである。だが……


「この病院の一件を抑え込みたいという事は分かるが……今の新兵だらけの俺の部隊だけで朝霞駐屯地を奪還するというのは、かなり危険が伴うのではないか?」


「怪我人が出るかもしれない……それでも……という事だ! もちろん、離れた位置にフォローは付ける。建前として少数で戦ったという実績が欲しいんだ!」


 熱い言葉にチラリと視線を送ると西島が真っ直ぐにこちらを見ている事に気付く。こちらの視線に気付いても真剣な表情を崩さない西島が言葉を紡いでいく。


「理由は全く分かっていないが……このエリアにインセクタムは大群を持って二度に渡って攻めてきた。それはまあ良い……それよりも今、反動とばかりに周囲一帯の敵影が無くなっている事の方が重要だ! 索敵機を飛ばしたから間違いない!」


「今なら……我々だけでも十分に行けるという事か……」


 俺の答えに小さく頷いた西島が更に言葉を続ける。


「この状況はまだ政府にも伝えていない……防衛大臣で止まっている。当然、マスコミにもだ。彼らはまだインセクタムが大量に居ると思っている。その状況で朝霞を()()で取り戻せば……まだ『AA-PE』でもやれると考えてくれるはずだ!」


 確かに……朝霞駐屯地を一小隊で取り戻せたとなれば反響は大きいだろう。それが改良型の『AA-PE』であり、最新の人格搭載型ともなれば尚の事である。


 少なくともマスコミはセンセーショナルに大騒ぎしてくれる事だろう。当然、日本国という特殊な環境においては国民も大盛況となること間違い無しだ。


 成功を前提とすれば実に良い事尽くめの作戦という事になる。



 だが、一人だけ……何やら不満を持った者がいたようだ――



<ちょっと! 『AA-PE』でもって、どういう事よ!>


 俺のスマートフォンのスピーカーを通してアリスの不満の叫びが響く。


「アリスっ? い、居たのかっ!?」


<居て悪いのっ!? それより彼の暴言を否定しなさいよ!>


「暴言? 『AA-PE』でもって所か!? いや、それより何でここに?」


 俺の機体の移動に従事しているのだからここには居ないはず……全く想像すらしていなかった突然の乱入者の声に俺は慌てふためいてしまう。


<私はどっちにも居られるのっ!>


「そうだったのか……次からは切っておかんと……」


 だが、西島の方は何らかの想定をしていたのか驚く様子一つ見せないでいる。それどころか、突如として突拍子も無い事を口にし始めたようだ。


「アリス君だね? 当然、俺は君の事を良く知っている。君の桁違いの素晴らしい能力を知っているからこそ、この無謀な作戦を考え付いたのだから当然だ!」


<ふ、ふふーん……ほ、誉めても何も出ないわよっ!?>


「まあ、聞いてくれ……この件に関しては成功報酬がある!」



 俺とアリス……アリスの姿は見えないが双方の動きがピタリと止まる――



 突如として彼の口から飛び出した成功報酬という言葉に戸惑う俺とアリス……困惑する我々二人の想いを知ってか知らずか西島が更に言葉を続ける。


「さて……さっき言った通り、君たちの情報を君たち以上に持っている。そんな私からの『成功報酬』なんだが……少しは話を聞く気になってくれたかな?」


 明らかにアリスへと問い掛けられたこの言葉にすぐに答えが返される。


<ま、まずは……成功報酬の内容からよ!>


 どうやら、彼女の聞く気は満々のようだ。鼻息荒くなったアリスが西島へと喰いつく。そして西島も待ってましたとばかりに被せる様に更に言葉を紡いでいく。


「宜しい! ならば聞いてくれ! 成功報酬は機体のモニターへ映る権利だ!」


<本当っ? 素晴らしい報酬だわ! 早速、出撃日を決めましょう!>


 さて、完全に蚊帳の外で流れる様な『このやり取り』を黙って聞いていた俺……その眼前で全く俺と関係なく素早く契約が成立してしまったようだ。


「無事に契約を結ぶ事ができて何よりだよ! アリスくん、基地奪還の件……是非とも頼んだぞ! 誠二に怪我はさせない様に細心の注意を頼むぞ?」


<任されたわ! ふふ、内容的に勝手に会話ログを調べたようだけど……そっちに文句を付けるのは止めにするわ! あー楽しみっ! 実装は何時かしら?>


 先ほど彼の心からの笑顔を見てないと言ったが、早速とばかりに訂正する事となったようだ。突然の事だが、意外と良い彼の笑顔を見る事ができたようだ。


 代わりに俺の顔が能面のようになった気もするが……


 ともあれ、アッという間……取り返しがつかない程に勝手に話が進んでいく。


 まあ、内容的に反対するような事でも無いし、特に問題は無い。だが、このまま黙っているのも癪なので取り敢えずの横槍を入れる事とする。


「アリス、『AA-PE』を過小評価するような言動を見せた罪はどうなったんだ? それに勝手にって盗聴じゃ? あれはオープン回線だったか……いや、でも……」


 だが、この俺の蒸し返せと言わんばかりの言葉は全くの無駄だったようだ。そんなモノには既に興味が無いとばかりに仲良く二人が勝手に話を続けていく。


<すぐにとは言わないけど……私の表示部分をフルカラーに出来ないかしら?>


「君たちの機体のスペック上は問題ないと聞いているな。だが、フルカラーでは誠二の視界がチラつくのでは? 戦闘ではそれが命取りになりかねないだろ?」


<それは……確かに……なら若干、色を減らすわ!>


 初めて会ったとは思えない、頭の回転が速い者たちならではの最短の掛け合い……そんな二人にどうこう言う事を諦めた俺は話を本筋へと寄せる。


「もういい、その話は後で二人で詰めてくれ……それで……彼女の質問とも被るが、出撃は何時だ? 何より、どういう流れで我々は朝霞駐屯地に向かうんだ?」


 そう、幼き頃から知る西島康介という男が出来ると考えたのならば、この件は出来るという事……つまり、俺が聞くべき事は既に今後の予定だけ……この絶大な信頼を含めた言葉を一身に受けた西島が大きく頷き、堰を切ったように喋り出す。


 だが、その内容の方は『十分ばかりのドライブ』では全く足りない量であった。





 格納庫へと戻ったジープに整備班が群がる。そんな彼らに押しやられた我々は基地内部へと向かう給水マットを兼用した歩行ルートの上を進んでいく。


「はぁ……結局、三十分も経ってしまった……言い訳を考えるのも一苦労だ」


「思い出話に花が咲いてしまったとでも言っておけばいいだろ? 実際、少しは懐かしむ話も出来たんだしな! それよりも立案会議の出席を忘れるなよ! まあ、忘れてても連れていくけどな! 話は俺から連隊長に通しておくからなっ!」


 俺とアリスとの会話でストレスの発散が出来たとでも言うのだろうか……そう思える程に元気になった西島が格納庫を出ると同時に手を振りながら去っていく。


「はぁ……あいつは何やらご機嫌になったが……俺は三時間後に会議か……しかも、お偉いさんに交じってか……何より、また休む暇は無しか……」


 朝霞駐屯地からの復活、産総研に向かい、トンボ返りの出撃……そして突如としての歩兵戦からの会議となった訳だ。流石の俺も強い疲労感を隠せなくなる。


<やだ……心音が弱くなってるし、脳波も乱れているわ! 少し休んだ方が……>


 突如、心配そうな声を発したアリス……そんな彼女が映ったスマートフォンへと目をやる。どうやら、着たままのバイオ・アクチュエーターから俺の身体の調子を読み取ったようだ。まるで一昔前に流行ったウェアラブル端末のようである。


 また新しい驚きを受けた事で俺は思わず声を発する。


「まだ、君に出会ってから僅か半日なんだよな……」


<ん? きゅ、急に何?>


 この突拍子もないと言える俺の言動にアリスが若干の戸惑いを見せたようだ。もしかしたら、まだ突然に話が飛ぶようなやり取りには不慣れなのかもしれない。


 ともあれ、そんなアリスにもう少し分かり易くして伝える。


「今し方まで君と十年くらい相棒を続けていた気になっていた……まあ、今日という一日が濃密であり、君との相性は想像以上に素晴らしいという事だな」


 高性能AI・アリス……その母親と言うべきスーパーコンピューター群・マザーの計算から導き出された二人の相性というのは伊達じゃないという事である。



 少し照れくさそうにするアリスと共に今度は救護室へと向かう――

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