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インセクタム  作者: 初来月
30/112

030 スーツの男

 無事、救出を終えて病院を脱出した我々だが、まだ興奮は収まらないようだ――



「流石はアリスさん……という所ですかね! まさかジャンプした『AA-PE』に捕まえられて一気に一階へと降りていく事になるとは思ってませんでした!」


 さて……彼も三島と変わらず、まだまだ若いという事だろう。


 そのアリス搭載の『AA-PE』に抱えられて少しばかり距離を取った所で遂にその興奮を抑え切れなくなったのか、高梨が子供のように浮かれた声を出す。


 しかし、その気持ちは分からないでも……いや……むしろ、分かるくらい……


 人の手首を模した機械式マニュピレーター、その精密な動きを見せる鋼鉄の塊に優しく包まれた時は俺も思わず小さく感嘆の声を上げてしまったのだ。


 だがまあ、それは当然のように秘密……俺は隊長として威厳を保たなければいけないのだ。何事も無かったかのように極めて冷静に高梨に声を掛ける。


「高梨、少し落ち着け……だが、ほんの少しだけ気持ちは……」

<そうよ! 三島(あいつ)と同レベルに落ちちゃ駄目よ!>


 このアリスの何の気なしの言葉……その一言に俺が大いに傷ついた次の瞬間、その複雑な想いを吹き飛ばすかの様に激しい連続した爆発音が鳴り響く。


 そこら彼処から集まってきた『JV-28(ハミングバード)』、グルグルと病院を周回していたハミングバードの群れに積まれた四発の短距離・精密誘導弾……その全て合わせて三十二発ものミサイルが上から順、病院の各フロアへと容赦なく撃ち込まれていく。





 何か致命的な部位を破壊したのか、病院が少しずつ斜めに歪んでいく。


「これで……中の奴らを駆逐できますかね?」


 どうやら、この崩れ去る病院の姿に彼は不安を覚えてしまったようだ。ヘッドセットから聞こえてきた心配そうな大崎の声……俺はすぐに答えを返してやる。


「既に他の予備部隊が囲んでいる……撃ち漏らしがあれば彼らがやってくれるさ」


 そう、彼らが……である。



 言葉通り、我々はもう何もする気が無いという事である――



 疲労困憊……遂に俺は地べたに座り込んでしまう。


 そんな俺だが、改めて意識を失ったままの田沼と名も知らぬ女性を眺める。掛ける布すらなく、ただ地面に寝かせる事となった二人を見て今度は小さく溜息を吐き出す。この短い間に起こった事を一瞬で全て思い返してしまったのである。


 そう、新人との後方の定点哨戒が突然に救出ミッションに早変わり、そのミッションの目的の人々はほぼ全滅……だが、気落ちする間も無く、大切な人と衝撃的な再会まで遂げたのである。まあ、流石に疲れてしまうのは当たり前という事だ。


 俺はもう一度だけ今度は大きな溜息を吐き出す。だが……


「そ、そういえば……西田博士は? ここに居たのかっ!?」


 突如、彼の事を思い出した俺は慌てて跳ね上がる。そう、医師免許も持つという彼も川島と同様にここに居てもおかしくはなかったのを思い出したのだ。


 しかし、そんな俺にアリスが飄々と答える。


<あー忘れてたわね……でも安心して西田なら本部よ……呼び出されてたおかげで難を逃れたんだってさ……ってか忘れてただろって文句言われそう……>


「それについての言い訳も考えねばな……」


 何はともあれ、ドッと疲れが出てしまったようだ。



 まあ、やはり今、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう――



 そう考えた俺……だが、そんな暇は無いという事に気付いてしまう。既に本部の方向から何台ものトラックが向かってくるのが見えてしまったのだ。


「遠くまで見えるのも考え物だな……休む気分すら味わえなかった……」


<あー本部の人間ね……大きな事件だし、仕方が無いわね>


 これから……この件に関しての聞き取りが始まるという事だ。この休む間もなしといった状況に流石の俺も思わず愚痴を零してしまう。


「やれやれ……たまらんな……」


 次の瞬間、そんな俺の心模様を表す様に大きな雨粒が降り注ぐ。俺の埃だらけとなった顔を洗い流す程にドンドンと勢いを増していく様子を見せる。


 哀しい事に何時もの暴風と暴雨が戻ってしまったという事だ。一陣の風が我々の間を通り抜けたと思った次の瞬間、周囲の風も狂ったように逆巻いていく。



 本当に……束の間の好天であったようだ――



 もう一度、大きく溜息を突いた俺の目の前に先ほどのトラック群が集まってくる。戦闘態勢でない我々の『AA-PE』を目標に集まってきたという事だ。


 その内の一台の幌付きのジープだけが俺の前で止まる。


 すぐさま敬礼の姿勢を取った俺……その俺の眼前に通常の迷彩を着た数人の自衛官とスーツを纏った明らかに異質な一人の男が降り立つ。


「敬礼は結構、橘一等陸尉、車の中に……すぐに話を聞かせて貰う」


 俺はこの短い言葉と共に少し険のある視線を寄越した男へとすぐに答える。


「了解です……『西島 康介』政務官殿!」


 彼は若くして現職の防衛大臣の政務官となった元自衛官の男……もう一人いるというお飾りの政務官と違い、除隊後にアメリカでパワードスーツ部隊の運用を学びに行き、その経験を持って要職に就いたという正しく優秀・有能な人物である。


 そう、彼は我々『AA-PE』連隊と政治を結ぶ重要な人物なのだ。



 そして何より……古い知り合いでもある――



 暴風の中、俺は彼に指定された古いジープの運転席へと素早く乗り込む。その次の瞬間、その運転席の窓を大粒の雨が横殴りするように叩き始める。


「本当に束の間の好天だったな……」


 バタバタと大きな音を立てる雨粒、隙間を抜ける酷い風……それに負けじと声を張る。その大きな俺の声は隣でネクタイを緩めだした男へと確かに届いたようだ。


「はぁ……このまま延々と良い天候が続いたらなんて淡い期待を持ったが……やはり、駄目だったな! あ、その辺をグルグルっと回ってくれ!」


 先ほどの堅物そうな物言いではなく、実に馴れ馴れしい調子で男が答えを返してくる。まあ、簡単に言うと俺と彼は小学生からの所謂、幼馴染……僅かに違う道を歩む事となったが、今でもそれなりの交流を残している関係という事だ。


 そんな竹馬の友に答えを返す。


「分かった……兎に角、後方視察として十分ほど走らせよう」


 二メートル先も見えない様になった中、俺は本部とは逆へとハンドルを切っていく。基地の東側、一応は安全が確保されたエリアへとジープを進めていく。





「こんな古い車を持ち出したという事は盗聴対策か?」


「新しいのは色々とな……こいつなら騒音でも誤魔化せるしな……」


 遂に稲光が走り始めた夜の光が丘基地……その滅多に誰も走らない東側の側道を走り始めた俺は幼馴染の西島が最も愚痴りたい事を愚痴らせる為の前振りをする。


「やはり、問題になる……よな?」


 当然、彼は乗ってくる。


「問題になるさ! もう既に頭が痛い……! ただでさえ、我々の立場は悪いのに『この結果』だ! 間違いなく、『強硬派』は勢いづくだろうな!」


 彼の我慢してきた想いが一気に溢れ出していく様をただ黙って見守る。


「もう避難所があるエリアへのミサイル攻撃は止められない……くそっ! 今、頑張ってきた誠二に言う事じゃないのは分かってるが……くそくそっ!」





 医師たちの予測が甘かった……と言ってしまうのは余りに酷であろうか……未知のインセクタムの更に新種の孵化を確実に見切る事など不可能なのだ。


 だが、その甘い予測の結果は惨憺たるモノとなってしまった。


 逃げ延びた者は川島を含む三名と裏手から逃がした七名、別途に正面から逃げ出せた二十二名に手術を終えたばかりで今まさにエレベーターの乗ろうとしていた患者一名……そして避難階段を守った二人の警備兵と最後に我々と別途に脱出した十二名の警備兵、全てを合わせても僅か四十七名だけ……であったのだ。



 これは病院内に二百人近い数がいた中での数である――



 この大量の死者の原因……直接は我々ではないのだが、死者に数多くのパイロットも含まれており、当然のように今後の追及の対象となるのだ。


 相当に口惜しいのか……端正な顔立ちをした西島の顔が大きく歪む。綺麗に七三にされた髪型も怒りの余りなのか、一部の毛束が跳ねる。


 だが、それも仕方が無いだろう。


 追及の対象とは……例の一部の政治家たちが決めた戦いの期限に関わる事なのだ。そう、パイロットを失ったという事は『AA-PE』連隊の戦力が落ちたという事……ミサイルによる飽和攻撃の正当性を更に上げてしまったという事なのだ。


 つまり、今回の結果は僅かに在ったはずの猶予すら失くしてしまうという結果なのだ。俺だって疲れ切っていなければ彼の代わりに大いに愚痴っていたのだ。



 当然、俺の代わりに愚痴を零した彼に掛ける言葉は見当たらない――



 そんな俺の眼前で西島が背筋を伸ばして大きく深呼吸する。そして先ほど出会った瞬間の顔を造り出し、何事も無かったかのように改めて声を掛けてくる。


「愚痴はここまでだ……何時も聞いて貰って済まない」


「まあ……気にするな……」


 不自然に下がった目尻と不自然に下がった口角……


 彼の心からの笑顔を見たのは何時だっただろうか……少なくとも彼が政治の世界で戦う様になってからは俺は彼の心からの笑顔を見ていない事を思い出す。


 だが、彼には彼の為すべき事があるという事も同時に思い出す。


 彼は大局しか見えず、犠牲も考えずに大雑把に事を進めそうな政治家たちを説得し、導いて被害を最小に抑えながら日本を救いたいと考えているのだ。


 それは幼き頃に二人で話した事……頭が良く、将来は政治家になって日本を良くしたいと考えた少年と頭は悪いが、体は強いので自衛隊員になって日本を守りたいと考えた少年の夢物語……そう、彼はその夢を叶えようとしているのだ。



 同じく夢を持ち続ける俺は黙って彼のやる事を見届けるしかないという事だ――

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