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インセクタム  作者: 初来月
29/112

029 偶然の再会

 突如として現れた最後の救助者、彼らが待つというフロアへと辿り着いた俺の眼前に煌々と光が差し込む。当然だが、これは月明かり星明りではない。


 これはアリスの提案したワスプ誘導用のドローンの光である。


 だが、この光……大きく歪み、開かなくなった扉の僅かな隙間から差し込んだけなのに我々のいる廊下全体を明るくするほどの光量があるようだ。どうやら、充電式・ドローンのエネルギーの大半をライトへと回しているという事のようだ。


 既に救出作戦は開始された……という事でもある。


「高梨、早足で行く! 後方を任せる。俺から離れるなよ!」


 彼からの返事を待たずに俺は小走りで進み始める。構えたアサルトライフルのアイアンサイトを僅かに覗き込み、遭遇と同時に撃つ覚悟だけは決めておく。



 しかし、その必要は全く無かったようだ――



 ライトで照らすというアリス作戦が思った以上に効果を発揮しているという事だ。耳を澄まさなくとも何処かの窓にワスプが当たる音が聞こえてきたのだ。


 そう、逆に我々の側からは物音一つ、気配一つ感じない。


「アリスさんの作戦……予想以上に上手くいってますね……」


「ああ……これなら何とも遭遇せずに……」


 思った以上の状況に少し浮かれる。


 だが、囁き合う様に話し合った瞬間、別のモノが我々を出迎える事となる。俺のアサルトライフルの銃口の先に備わったフラッシュライト……それに照らされた廊下の先の空間に明らかに異様な小山のようなモノが映し出されたのだ。



 当然、洗濯物の山でもゴミの山ではないだろう――



 これは死骸の山、医師や看護師と思われる白い服を纏った人々が重なり合うように積み重ねられていたのだ。当然、誰も生きてはいない様に見える。


 どれが誰のモノ……頭が飛ばされ、手足が飛び散った惨状……この異様な積み重なりを見せる五体の死骸に気付いてしまった高梨の呻くような声が響く。


「これは……ひ、酷い……バラバラじゃないか……」


 驚き慌てた医師や看護師が我先に逃げ出し、この交差する場所で揉みくちゃとなる。一人が転び、続く者たちが転び、そこを運悪くワスプに襲われたのだろう。


「酷いものだ……だが、ほぼパーツは揃っているように見えるな……」


「た、確かに……では、なんで……こんな事を?」


 この彼の疑問は当然だろう。


 宇宙から隕石と共にやってきたというインセクタム……アント、シックル、アシッド、今までの奴らは我々を捕食する習性を持っていたのだ。奴らは我々をただ無残に殺すだけでなく、我々を食料として正しく食べていたという事である。


 こんなに汚らしく散らかす事など基本的には無いはず……なのである。


「血の色からして我々の突入時には殺されているように見える。食べない理由は無いはず……まだ奴らに食べる器官が無い? 見た限り、そうは思えないが……」


 周囲に気配が感じられない事を確認した俺は銃の先端で軽く死骸を持ち上げる。


 頭と手足だけでなく、胴体まで上下に切り裂かれていたようでその上半分がバランスを崩し、ドサリと音を立てて大理石風の廊下へと転げ落ちてしまう。


 ともあれ、まるで悪意を持ってバラバラにしたと思えるような死骸である。


「噛み跡が多いが……まさか……バラシて肉団子にでもする気か……」


「何ですか……それ……」


「俺の知る蜂にそういう習性があるんだよ……まるで地球の環境に適応して……」



 だが、これ以上の時間は取れないようだ――



「……っ!? 橘隊長っ! 銃声が……!」


「ああ、消えているな……」


 今し方に彼も気付いた通り、先ほどまで階下の銃声に紛れて散発的に聞こえていたはずの銃声が何時の間にか一つも聞こえなくなってしまったのだ。


 遭遇したインセクタムを殲滅したのか……はたまた……


「高梨! 一応、死骸を端に寄せる。手伝え……」


 申し訳ないが、帰りの際の邪魔にならない程度にはみ出た一部を押しやる。同時に床の大きな血溜まりの位置も目視で確認しておく。外階段と中央階段、どちらの退却ルートを選ぶ事になるかは分からんが、もしもに備えた転ばぬ先の杖である。


 嫌々ながら瞬時に事を終えた我々は更に先を急ぐ。





 その後、我々を出迎えたのは幾つかのバラバラの死骸だけであったようだ。


 想像通りの惨状に苦悶しながら進む我々の眼前に遂に目的のエリアが見えてくる。左手奥に見える扉が目的の部屋、正面の金属扉は外階段への出口、ここは右手の扉の先も病室となっているようだ。俺は高梨へ向けて止まれという合図を送る。


 だがやはり、銃声一つ聞こえてこない。


 それどころか、人の気配一つしないようだ。聞こえてくるのは右手の壊れた扉の奥にいると思われるワスプの激しい体当たりの音のみである。


「救援だっ! 撃つなよっ!」


 諦めかかった俺だが、一縷の望みを賭けて大きく声を掛ける。


 だがやはり、どちらからも何のリアクションも起こされなかったようだ。声に反応して隣の部屋からワスプが出て来る事を警戒していた俺は銃を少し下げる。


「隣の部屋だけでなく、来た道も警戒しろよ……」


「りょ、了解です……」


 覚悟を決めた俺は高梨を廊下へと待機させて室内へと入り込む事とする。



 さて、ここは個室であった場所なのだろうか――



 階下のモノよりも随分と狭い室内……そこには似つかわしくない大きな窓、倒されたベッドが一つと吹き飛んだ椅子が一脚、既に壊れた脈拍を表示する為の機械らしきモノが見えている。だが、人の姿どころかワスプの死骸すら見当たらない。


(誘導が上手くいった結果……いや、誘導開始後も銃撃は続いていたはず……だが、ワスプの死骸は無い。去っていくワスプを撃ち続けたという事か?)


 異変を感じた俺は銃を構えたまま慎重に歩を進める。そして……



 これはただの偶然なのだろうか――



 他の部屋を照らす強烈な明かりが窓から紛れ込んだ室内……防御壁にするように倒されたベッドの影を確認した俺の視界に倒れた三人の姿が入り込む。


 そう、その一人は実に見慣れた顔であったのだ。


「まさか……田沼……(きみ)だったとは……」


 最上階の特別室で面会謝絶であった彼女……今の今まで意識を失っていたはずの彼女……義肢義足になったばかり、まともに歩けるかどうかも分からない彼女がこんな場所にいるとは到底思ってもいなかっただけに驚きが倍増してしまう。


 真っ白だった羽織るタイプの患者衣……血と硝煙で薄汚れてしまった患者衣を纏ったままという姿をした彼女に流石の俺も随分と長いこと呆然としてしまう。


 だが、必死に気を取り直し、少し慌てながらも彼女の傍へと向かい屈みこむ。そしてやや冷たさを感じる彼女の首に手を当てて脈の状態を確認していく。


「良かった……生きている……!」


 こんな場所で彼女に再開した驚愕、もしかしたら死んでいるかもしれないと思った焦燥……これらに感情を揺さぶられた所為か俺の心音が無駄に高まっていく。


 だが……又もやとばかり、すぐに気を取り直す。


 銃を抱えたまま、窓際の壁に倒れるように座り込んだ田沼二等陸尉だけでなく……側に倒れる女と奥に倒れ込んだ男の生死も確認しなければならないのだ。


 まずはとばかりに仰向けに倒れ込んだ奥の警備兵らしき男へと視線を向ける。


 しかし、残念な事にパッと見ただけで奥の男の方は駄目だと分かってしまう。床に流れ出た血が余りに多すぎる。何よりも既に瞳孔も開いてしまっているのだ。


(出血は首か……布で抑えられていたようだが、噛み切られた事による大量の出血が死因だな……血溜まりは大量で新しい……だが、銃は持っていないな……)


 今度は田沼の側に倒れ込んだ女性の脈を確認していく。


「こちらは弱いが脈がある……特に大きな怪我も無い……だが……」


 病み上がりである田沼が疲労で倒れてしまったというのは想像できる。だが、この女性は怪我も無しに何故ゆえに意識を失ってしまったのだろうか……自衛隊の看護官なのか、一般の看護師なのかは分からない。だが、それでも精神力は並よりは高いはずである。驚いたから気絶してしまったなんて事だけは考え難い気もする。


 つまり、何か他の原因があるかもしれないという事だ。だが……


 何はともあれ、彼らが怪しいからとここに置いていくという選択肢は無いだろう……そう考えた俺は気持ちを切り替えてすぐに次の行動へと移る。


 まず俺は気付きを与えるべく、田沼の頬を軽く叩く。


 だが、ぐったりとしたまま何の反応も無い。衝撃で僅かにズレてしまった頭も慌てて支えなければ何処までも倒れていってしまう程である。



 完全に意識がないという事だ――



 俺は見張りに立っていた高梨を呼んで撤退の準備を進める。


 気を失ったままの田沼の手から銃を取り、それを横に置いて彼女の体勢を整える。こんな状態ではある以上、背負っていくしかないという事だ。


「これが義肢か……だが、まるで本物の手と変わらんな……さて、言っても聞こえないだろうが……体にも触れるぞ……済まんなっ!」


 軽く掛け声を発しながら何とか彼女を背に乗せる。それから軽く跳ね上げて良いポジションへと移す。彼女は少し高めの身長なので中々に背負い辛いのだ。


 愚痴が口から出掛かった俺……その俺の耳に慌てたアリスの声が飛び込む。


<五分経過よっ! 他の警備兵には撤退を指示したわっ! 誠二も急いでっ!>


 どうやら、思った以上に時間を掛け過ぎていたようだ。



 ギリギリまで待ってくれた人々に感謝しながら俺は外階段の扉を開く――

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