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インセクタム  作者: 初来月
24/112

024 奇妙な夜

 雨だけでなく、遂に風までも止んでしまったようだ――



 滅多にない程の好天……だが、かなりの異常事態でもある。


 そんな中、俺の嫌な予感は否応なく高まっていく。こういう滅多にない事が起こった時は他にも滅多にない事が連鎖するものだと経験則から知っているのだ。


 そして連鎖する事態は『悪い事の方が圧倒的に多い』という事も……


 そんな一人、気を揉む俺の眼前……病院の裏口にあたる関係者用の駐車所、その正面のマンション跡地となる広大なスペースに小隊の皆が集まってくる。


 さて、先ほどはミスってしまった三島准陸尉も今度は正しくオートバランサーを切ってきたようだ。逆から来る大崎機よりも少しばかりモッサリとした動きではあるが、正しくノシノシといった何時も通りの様子で歩いてくるのが見えてくる。


「二人の改良型は何か……何と言うか……そう、滑らかですね……!」


 その三島が俺の視界へと入ってくると同時に無線を飛ばしてきたようだ。とりあえず、俺はそのやや興奮気味な彼の言葉に黙って耳を傾けてみる。


「凄いっすね……何て言うか……自分の機体とは本当に別物なんですね」


 現状、信じられない程に良好な目視距離の所為だろう。どうやら、建物の向こうの端で反転している大崎機の動きを視認した上での言葉のようだ。


 そんな彼の驚きを多分に含んだ言葉を受けて俺も大崎機へと目をやる。



 なるほど……確かに改めて外から見ると中々の差である。こちらへと近付く三島機と交互に見比べてみると尚更と言ったところだろうか――



 脚部を上げて下ろすという単純な一過程だけを見ても旧型の動きは比喩ではなく各動作ごとに僅かに一時停止をしているのが分かるのだ。新型は我々の癖なども踏まえてアリスたちが合間を消すよう上手く調整しているという事なのだろう。


 ともあれ、この暗闇の中で良く気付いたモノである。俺は指示通り、ポジションに遅れずに付いた事も踏まえて三島を少しばかり褒め称える事とする。


「この距離で僅かな差異に気付くなんて……大した物じゃないか」


 褒められた事を認識した三島がすぐさま嬉しそうに答えを返してくる。だが……


「へへ、自分は細かい違いを見つけるのが得意なんです! 昔、動画や画像のエロコラを見破るのが趣味だったんですよ! 特にアイドルなんかの奴を……」


<なっ!? え、エロコラって……ここで言う?>


「あれ? だ、駄目でしたか?」


<駄目に決まってるでしょ! 変態っ!>


 中々に優秀な一面を見せた三島准陸尉だが、無駄口の多さと下世話な面は想像以上に宜しくないようだ。その酷さは思わずアリスが絶句する程である。


 これには俺も流石に見逃がす訳にいかんと注意を促す事となる。


「無駄口はせめて完全に配置に就いてからだ……そんなんでは何時まで経っても……いや、それよりも内容をどうにかしないとアリスとマトモに話せんぞ?」


<絶対に無理! どんな話を振られるのか……考えたくも無いわ! あっ! リサには好かれるかもねっ! むしろ、教育のしがいがあるって思われたりして!>


 先ほどから高まる場の嫌な空気……それを振り払うように思わず叩いてしまった俺の余計な無駄口、それに合わせたのかは分からんがアリスまで無駄口を叩く。


 そして……そんな事をしそうにないリサまで併せて無駄口を吐き出してくる。


「イガグリ頭の上に変態……はぁ、毛が伸びるまでは話にもならないわ」


 ともあれ、毛が伸びる頃にもう一度見直してやるという事なのだろうか……こんな状況で嫌味を言いつつも成長すれば吝か(やぶさか)ではないとフォローをしたのだろうか……ともあれ、その素晴らしい言い回しに俺は少しだけ感心してしまう。


 アリスよりも一年長く情報収集に努めたと言うのは伊達では無いという事だ。



 だが、その折角の言い回しも場の空気を変えるには至らなかったようだ――



 当然と言えば当然だが、状況は悪化の一途を辿る事となる。通信の中継となるホバーを通して又もや次々と嬉しくない情報が流れ込んできたのだ。


「隊長、本部より入電……各方面に大量の『インセクタム』を確認との事です」


「もう細かい場所の情報はいらん……」


「……了解です」


 まあ当然、想定していた事態ではある。だが、各方面からこうまで次々と会敵したという報告が上がってくると流石に辟易としてしまう。


「やはり、前回同様の大群での奇襲か……となると地下からも……」


 同時に前回の敗戦……その苦い記憶が頭に浮かんでしまう。だが、すぐに準備した様々な武装を順に思い浮かべ、浮かび上がった不安を相殺していく。


 そう……突貫だが、我々はそこら中に固定式のアンダーグラウンドソナーを設置した。近距離・対空・面制圧……足止めを想定したアクティブカノン対応の散弾も、まだ手持ちのレールガンにしか対応していないが、それなりの数を用意した。更に遥か昔に使っていた『25式自走高射機関砲』までも引っ張り出してきたのだ。


 まあ、準備は万端とはいかない。むしろ心許ないくらい。だが、たった数日という圧倒的な時間の短さを鑑みれば上等と言えるほどの準備がなされたという事だ。



 何よりも今回は航空支援の期待ができるのだ――



 我々の眼前、病院の後ろ側に造成された飛行場から順に『JV-28 ハミングバード』が飛び上がっていくのが見える。流石の好天という事もあり、ここからでも衝突防止灯が煌めき、幾つもの航行灯が点滅を繰り返しているのが見て取れる。


「今回は大丈夫……ですよね?」


 どうやら大崎も同じ想いでいたようだ。彼もまた痛い敗戦を経験したばかり、死の淵から返ったばかり……思わず不安を吐露してしまったのだ。


 だが、俺が何か答える前に彼の相棒がアクションを起こす。


<私がいるんだから大丈夫って……あんた……まさか、私を疑ってるの?>


 冷たさを感じる様な僅かに怒気を含んだ声が無線から響く。


「そ、そんな事は無いです。一般的な良くあるシチュエーション的な言葉です」


<そう……なら良かったわ>


 思わず、ハイライトがない眼のまま、小さく微笑むリサを想像してしまう。


 ともあれ、普段なら俺が声を掛けても不安を勝手に増幅させた大崎が縮こまってしまうというシチュエーションである。だが、今回はリサが想像以上に上手くやってくれたようだ。明らかに大崎から『()()()()()()()()』不安の色が消えていく。


(勉強になるし、手間も無くなる……有難い事かな?)


 そんな事を考えた俺の耳に嬉しそうなリサの『私たち仲良くやっていけそうね』という言葉が聞こえてくる。さて……答えを返さなかった大崎が改めて怒鳴られる中、良い具合に時間のできた俺は新人たちの様子を窺っていく事とする。


「高梨一等陸曹……車内の様子はどうか?」


 まずは曖昧な言葉を投げ掛ける。


 さて、この答えによって彼らが何に不安を覚えているのかが見えてくるはずだったのだが、残念な事に少しばかり想定外の答えが高梨から返される事となる。


「正直なところ……緊張感がありません!」


 思ってもいなかった答え……むしろ、思っていたモノと真逆な答えに俺は思わず返答に困ってしまう。だが、このままではいかんと疑問の言葉を投げ返す。


「う、初陣でハイになっている……という事か?」


 その答えに高梨一等陸曹が素早く答える。


「いいえ、いや、はいっ! 残念な事に……その……女性陣が浮かれております! 二人とも橘一等陸尉の隊で初陣を迎えた事が想像以上に嬉しいようです!」


 高梨からの無線の音に『何で言ったの』という小さな叫びが紛れ込む。


「あ、自分も正直、少し浮かれています。これは彼女たちのフォローではなく、自分も隊長の下で初陣を迎える事ができたのが嬉しいのです!」


「そ、そうか……それは光栄な事だな……」


 本当に嬉しい事、光栄な事と考えて良いのだろうか……ともあれ、ソナー員の南三等陸曹とドライバーの相葉三等陸曹が何やら普通ではない精神状態となってしまっているようだ。リーダーの高梨の方は大丈夫だと思いたいが……



 やはり、異常な事は続くものだ――



 まあ、内容は兎も角……戦場でハイになる事はよくある。問題は戦闘行動に支障があるかどうかである。そう考えた俺はすぐに高梨へと問い掛ける。


「話を戻すが……問題はあるか……?」


「普通ではありせんが……戦闘行動に支障は……」



 だが、突如として横から当の本人である南三等陸曹の声が聞こえてくる――



「れ、レーダーに感あり! 十二時の方向に三体のインセクタムです!」


 北は高島平、南は練馬高野台へと続く『笹目通り』……そのライン上に展開された防衛部隊の隙間を運悪く敵が抜けてきてしまったという事だろう。


 俺は小さく溜息を吐き出しながらも新しい指示を伝えていく。


「本部に連絡だ! こいつは我々で対応するぞ! ホバーは何時でも動けるようにしておけっ! 足元の確認は絶対に怠るなよ! それと敵の判別と進行ルートの確認を急げ! 他にもいる可能性も忘れるなよっ! 以上、復唱しろ!」


 この俺の幾つもの指示に対し、高梨が言い終わる間も無く返事を寄越す。


「本部に連絡! 我々で対応! 何時でも動けるように! 足元確認! 敵の判別、進行ルート確認! 他にいる可能性を忘れるな! 以上、了解です!」


 この無駄のない返事を受けた俺は続くようにして僚機へと指示を送る。


大崎機(ファング2)三島機(ファング3)、俺を先頭にして向かうぞ!」


大崎機(ファング2)、了解!」


「ふぁ、三島機(ファング3)、了解です!」


 次の瞬間、動き出した俺の機体のレーダー上にも赤い点滅が映し出される。位置は光が丘の地下鉄の駅のロータリーか区民センター跡地の辺りのようだ。



 雨も無く、風もない。そんな静まった奇妙な世界を俺は進んでいく――

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