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インセクタム  作者: 初来月
23/112

023 哨戒任務

 焦げたオイルのような臭いは無い。金属の擦れるような煩わしい音も無い。そんなご機嫌な最新機体の中に新しい相棒となったアリスのご機嫌な声が響く。


<風速は変わらず十メートル、雨量もほとんどゼロだわ!>


 彼女の言葉通りである。


 我々の機嫌に当てられたかのように天候の方まで随分とご機嫌になってしまったのである。ともあれ、これによってアリスのテンションが無駄に上がっていく。


<ねえねえ、あっちも見てっ! 絶対、雲間が薄いわ!>


「ん? ああ、サブカメラで……」


<違う! メインで見たいのっ! はーやーくー!>


「わ、分かった……今、メインカメラを回す」


 そんなアリスに急かされるようにして俺は機体を無駄に動かす事となる。


 すぐに肩から上胸部が回り、それを下胸部と上腰部が追い掛けていく。続いて下腰部と共に脚部が追随していく。磁力コーティングが施された各部が気持ち悪い程に滑らかに駆動し、遠目で見れば人と変わらぬほどに自然に反転を済ませていく。


 挙動は変わらない。だが、以前に比べて全てが滑らかに駆動していく。


「ほう……やはり、改めて動かしてみると感動モノだな」


 今、この瞬間に余りに軽やかな反転を終えた俺……又もや手首や指先まで一つ一つ動かしてしまう。自機の素晴らしい挙動を思わずとばかりに再確認してしまう。


 だが、その繰り返される行動にアリスは大いに不満を覚えたようだ。


<また言ってる……何度目よっ! それよりも景色を見てってばぁ!>


 膨れっ面になった事が確信できるようなアリスの叫び……そにキンキンとした叫びを受けた俺は下へと向けていたメインカメラを上へと向けていく。


「わかったよ……ほら、見えたか?」


 仕方なしとばかり、機体の挙動を楽しむ事を諦めた俺は丁寧に周囲を見渡していく。やはり、七階建ての巨大な病院以外では最も高い場所となる清掃工場の跡地……その頑強な屋上の天辺という事もあり、ここの視界は程々に良好のようだ。


 だが又もや、そうじゃないというアリスの声が響く。


<横じゃなくて上っ! 上を見て!>


 ようやく合点の言った俺は上へと視線を向ける。それに合わせて機体の頭部がウィンという音を立てて僅かに傾く。だが、分厚い雲に隙間は無かったようだ。


 残念ながら星は見えなかった……という事だ。


「まあ、地上の天候は良好でも……上はな……仕方あるまい」


<あーあ、本物の星空……見たかったのになぁ……>


 あからさまにガッカリとしたアリス……そんな彼女を横目に俺は本来の目的へと意識を戻す。周囲に敵影が無いか、異常の元となる何かが無いかを確認していく。


 周囲を窺う俺の視線の先、距離にして二百メートル強……巨大な病院の少し離れた場所に陣取る新型のホバーが視界に入り込む。あれは川島女史が搭乗してきたモノではなく、先行していた西田たちと共に運ばれてきたもう一台の新型である。



 そう、こいつも改良型と共に我々の部隊で運用する事となったのだ――



「ふむ、遠目で見ると……外面は余り変わらんな……少し膨れているくらいか?」


 この言葉を受けたアリスが視界の物体を確認して答えを返してくる。


<自衛能力を上げる為に全方向にテイザー・ショックウェーブを取り付けた所為ね! 重くなってるけど出力は上がっているから速度は出せるみたいよ>


「あれでも立ち上がりの加速は良いらしいな」


<前後の重量バランスも変えて急加速しやすいようにしたんだって……代わりに急停止の時に機体が前傾になりやすくなったって書いてあるわ>


 余裕のある内にと雑談を楽しむ俺たちに件のホバーから声が掛かる。


ホバー(カーサ)より橘機(ファング1)……現地点からの反応はありません」


 これはホバーチームのリーダである高梨一等陸曹からの二回目の定時連絡である。我々が哨戒任務に就いてからもう既に三十分が経過したという訳だ。


 ここで俺は緊張感を保つ為、練度を高める為に新しい指示を出す。


「よし、すぐにアンダーグラウンドソナーを解除してA地点からC地点に移れ」


 この俺の指示に合わせてマップ上の五つの白い点の一つが点滅を始める。事前に決められた地点をホバーが巡回していくのだが、今回は別の地点を示す。


ホバー(カーサ)、C地点・了解、すぐに移動準備に取り掛かります」


「三分以内に到着させろよ!」


 この辺りは拠点としてからの期間が比較的に長い。どこも道路の修復が進んでいるのだ。その為もあって地中深くへと打ち込むメインソナーが使えない。


 その代わりに地面へと押し付けて音を拾う簡易ソナーを使うという事になる。


 この三分という時間設定はそれを踏まえた上での……少し急かす為での時間設定であるのだ。だが、これを聞いたアリスは一つの疑問を覚えたようだ。


<ねえねえ、基地の周辺だから勝手に穴を開けては駄目っていうのは分かるんだけど……だったら最初から準備しておけないのかしら……専用の打ち込む穴?>



 これには俺も確かにと思わず大きく頷いてしまう――



「確かに……守るべきポイントに事前に準備をしておくというのは良い案だ……何せ、敵の進軍方法も大きく変わってきているし……よし、今すぐ提案しよう!」


 すぐにアリスによっての提案と追記された彼女作成のメールが送信されていく。


 ここは中々に長らく基地として使われているだけあり、有線による安定した通信網だけでなく、そこら彼処に無線用のアンテナも用意されているのだ。


 ほぼリアルタイム、非常に高品質な通信が可能という事である。


「お! 早速、赤城中隊長が確認してくれたみたいだな!」


 満足そうに頷く俺、その耳にアリスの少し慌てた言葉が飛び込んでくる。


<あっ! 戦闘画面に私の姿を映す奴も提案して欲しかったんだ>


 だが、この彼女の言葉に答える前にホバーの高梨から声が掛かってしまう。予想以上に手際よく、三分という時間が過ぎる前に次のポイントに到達したようだ。


 そんな新米の手際を褒めつつ、我々も少しだけ配置を変えていく事にする。


大崎機(ファング2)三島機(ファング3)っ! 聞こえているな! 監視エリアを変える。それぞれのポイントを今から送る。確認と同時に移動を開始しろっ!」


 二人のしっかりとした返事を確認した俺はオートではなく、自身の歩みで機体を移動させる。同時に先ほどのアリスの提案への答えを返していく。


「さて……戦闘画面に君の姿か……まあ、全ての機体に実装と言うのは難しいかもしれんが……俺の機体だけなら可能性は在るかもしれないな……」


<うんうん、機能的な余裕は有ると思うし……精神面で良いと思うの!>


 AIから精神面の話をされるという話に笑いながら更に答えを返す。


「適当に進言すると不味そうな案件だからな……後で一緒に内容を考えよう」


<了解っ!>


 明らかに嬉しそうなアリスの声を背に俺はレーダーを確認していく。


 大崎機はリサに尻を叩かれたのか、既に指定の配置へと辿り着いたようだ。どんなに彼が不満の声をあげようが二人の相性は想像以上に良いという事だ。


 苦笑しながら今度はレーダー上の三島機へと目を向ける。だが……


「随分と遅いな……」


 『AA-PE』による徒歩の十歩……その半分しか進んでいないのだ。ほぼ間違いなく、自動姿勢制御装置(オートバランサー)を切り忘れて動いてしまったのだろう。言われなければ動かない旧式のエルザではよく起こる事……これは初心者にありがちな凡ミスである。


 そんな若すぎるパイロットである三島にすぐに声を掛ける。


三島機(ファング3)……まずはオートバランサーを確認して見ろ」


 ほぼ間を置かずに三島の素っ頓狂な声が無線を通して聞こえてくる。


「あ……ああ……その……申し訳ありません……確認を怠りました……」


 好天の所為もあって普段では考えられないようなクリアの音質をした無線……そこから聞こえてくる明らかに凹んだ三島の声……そんな彼に言葉を投げ掛ける。


「それを最前線でやらずに済んだ幸運に感謝しろ……だが、後で腕立てだ。そういえば大崎もリサに予定を入れられていたな……まあ一緒に楽しむと良い!」


 この言葉を受け、大崎の嘆きとリサの実に楽しそうな高笑いが聞こえてくる。



 やや緩い空気ではあるが……初戦場を迎える新人には丁度良いだろう――



 そんな事を考えた俺の視線の先で既に目標地点に到達していたホバーが変形していく。ゴム製のタイヤにもなる圧縮噴射式プロペラユニットが地面に正しく接地し、両サイドの金属製の固定装置がその役目を果たすべく伸びていったのだ。


 一つ一つ、慎重に確認しながら行われる新兵ならではの拙い動きではある。だが、俺はソナーが大地に押し付けられるまでをただ黙って見守っていく。


 ホバートラックの中央付近、側面と底部の境目、衝撃吸収素材に隠されてた簡易ソナーが真下へと向かって伸びていく。そして地面と接触と同時に停止する。


 しかし、すぐに届いた報告はソナー設置完了の知らせではなかったようだ。


「橘隊長……本部からの緊急無線、金田隊が成増駅跡地で『インセクタム』と交戦開始したそうです。この救援の為、本部から小隊一つが送られたそうです」



 遂に戦いが始まってしまったという事だ――



「我々が最前線へ向かう予定はないが……常に覚悟だけは持っておけ……以上だ」


 皆を安心させる為、気を引き締める為にと俺は素早く言葉を返す。だが、俺は少しばかりの嫌な予感を覚えてしまう。背筋に本当に僅かな寒気を感じたのだ。


<誠二……?>


「……」


 何事も無ければ良いのだが――



 だが、そんな俺の祈るような想いに反発する様に更なる情報が送られてくる。


「た、隊長……大泉二丁目に展開する佐々木隊からも交戦報告です」


 成増駅とは真逆に位置する遠く離れた大泉二丁目での交戦報告……これはどうした事だろうと頭を悩ます俺の耳に次々と新たな報告が伝えられていく。


「白子一丁目からも報告っ! 各地同時に襲撃を受けているものと思われます!」


「敵の数は分からんが、思った以上に広範囲だな……何処か、抜かれるか……全員、監視範囲を狭める! 病院の裏手だ。位置を送った。すぐに確認しろ!」


 高梨の叫ぶような声が無線から何度も響く中、俺はすぐさま新たな指示を出す。戦闘になった際に互いにカバーできるような位置取りへと移動を命じたのだ。



 何故か……嫌な予感だけがグングンと高まっていく――

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