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インセクタム  作者: 初来月
22/112

022 新しい仲間

 視線を逸らしたままのアリスが鳴らない口笛を吹いている。丸っきり漫画やアニメのキャラクターの行動……あの都合が悪い時に使う口笛擬きである。



 何処で学んできたのやらと呆れながら冷たい目で眺める俺――



 だが、ようやく自機へと辿り着いた我々の周りに何人もの人々が集まってくる。


 最新の改良型『AA-PE』を見る為……では無いだろう。目当ては試作型AIであるアリスとリサ……皆、見目麗しい彼女たちを一目見ようと集まってきたのだ。


 擬人化された美少女AI……大半の日本人には堪らないという事である。


「うわ……ええっ? 何ですかね……こんなに沢山……」


「いやいやっ、大崎三等陸尉! 当然、こうなりますよ!?」


 明らかに状況を理解できていない大崎の呆れ返った声が聞こえ、それに反論するかのような理解している三島のやけに嬉しそうな声が聞こえてくる。


 さて、まず俺は浮かれた様子となった三島の後頭部を軽く叩く。こいつは調子に乗らせては駄目なタイプの人間だとよく理解したのだ。そして更に喋る素振りを見せていた彼の代わりとばかりに集まった連中に向けて答えを返す事とする。


「あー気持ちは分からんでは無いのだが……皆、自分たちの機体の調整を急げ」


 出撃前の忙しい時間という事を鑑みれば極々当たり前の言動である。だが、この俺の当たり前の言動は瞬時に恐ろしい程の批判を集める事となる。


「おい、アリスちゃんを独り占めする気か!」

「せめて俺のエルザも擬人化してくれ!」

「俺はリサ派だ!」

「清楚なタイプの発売はまだなのかっ!?」



 更に続く勝手気ままな暴言、まるでテンションが振り切れたかのように皆が思い思いに叫び続ける。そして信じられない程にグイグイと詰め寄ってくる――



「ちょ……待ってくれ……押すな!」


 この彼らの少し気持ち悪いと思えるような行動と言動の大半が戦闘前のストレス発散を含めた揶揄い半分なんだという事は俺にも分かっている。


 しかし、これ程までにグイグイと来られると流石にかなり辟易としてくる。



 だが、そんな少しイラついた俺と違いアリスの御機嫌は最高潮のようだ――



<ふふーん、貴方たちの気持ちはよーく分かるわ! だけど、敵は目の前まで来てるのよ! 誠二の言う通り、準備を急ぎなさい! 皆と話す時間については後で私から連隊長に進言するわ! まあ、無事に帰ってきなさいって事ねっ!>


 機体の外部スピーカーを使ったアリスが高らかに宣言すると共に……どちらかと言うと寸胴なスタイルの『AA-PE』が斜に構えて背筋を伸ばし、スラッと立つ。


 次の瞬間、腕を掠めてしまった機体の整備用のハンガーが音を立てて激しく揺れ、確認用の幾つもの照明がズレて運悪く全てが機体をライトアップする。


 俺は作業中の整備兵が近くのパイプへとしがみつく姿をあわあわと見守る。他の皆はポージングとライトアップを決めたアリス搭載機を感嘆の声と共に見守る。



 見栄えは兎も角、丸っきりアイドルとファンといった構図であろうか――



 この一瞬で完成した異常な光景にはクラっとしてしまう。だが、更なる戦意高揚の折角のチャンスという事で俺も必死に言葉を紡いでいく事とする。


「そういう事だ! 彼女たちに格好良い所を見せたいならば……まずは目の前に集中してみせろ! 何より先発隊の為にも準備を急ぐんだっ! 分かったな!」


「「「おおっ!!」」」


 結果はまあ……思った以上に想定通り……いや、想定以上だったようだ。


 更にテンションが上がった一行が気勢を上げながら持ち場へと帰っていく姿を見送る。ともあれ、ようやく俺は溜息と共にストレスを吐き出す事に成功する。


「な、なんだこれは……なんなんだ……」


 そんな呆れ返る俺に……ここまで黙って見ていたリサから声が掛かる。


<隊長さん……お上手ですこと……ふふ、私の出る幕はありませんでしたね?>


 この揶揄い半分の誉め言葉に俺は軽く頭を振り、何とか答えを返す。


「君が出てくれれば……こんなに疲れる事も無かっただろうに……はぁ……兎に角、俺も彼らの気持ちが分かるという事だ……逆の立場ならと考えただけだよ」


 俺は手伝ってくれなかった彼女への不満を籠めてもう一度だけ溜息を吐き出す。





 さて、アリスと一緒に整備を進めながらも周囲を見渡す俺……その視線の中に幾つもの立ち並ぶハンガーと幾数十人もの整備員が歩き回る姿が入り込む。


 その更に向こうでは既に出撃準備の整った『AA-PE』が数人の誘導員・誘導車両によって慎重に出撃ブースへと導かれていく様子も見て取れる。


 だが、何処にも……肝心な連中の姿は見つけられないようだ。


「少し遅いか……」


 そんな事を考え始めた俺……まさかと思いながら今度は入口とも出撃ブースとも違う方向へと目をやる。だが、そこに一人の青年と二人の少女の姿を捉えてしまう。こちらへと向け、明らかな急ぎ足で人混みの中を必死に抜けてくる姿である。


「あいつら……集合場所を間違ったのか……」



 僅かに息を荒げた三人がぎこちない敬礼と同時に名乗りを上げていく――



「橘一等陸尉っ! 遅れて申し訳ございません! 自分は高梨一等陸曹であります。本日付で橘小隊に配属されました! 以後、宜しくお願い致します!」


「三波三等陸曹です………よ、宜しくお願いします!」


「あ、相葉三等陸曹です。そ、その……エースである橘一等陸尉と御一緒出来るなんて……本当に光栄ですっ! あ、改めて宜しくお願い致しますっ!」


 それぞれの名乗りを終えた三人と手元の書類、その両方へと順に目をやる。


 まずは『高梨(たかなし) 彰人(あきと)』一等陸曹……トゲトゲとした短い黒髪……随分と若く見えるが、階級からして彼がホバーの新しいリーダーとなる男のようだ。


 ともあれ、敬礼の姿勢の良さからして真面目な性格である事が窺える。


 その真面目さは身体の方にも表れているようだ。一見すると三島准陸尉よりも細身に見えるが服の上からでも分かるようなしっかりと引き締まった筋肉が見て取れるのだ。その所為なのか、顔付きの方も三島よりも随分と凛々しく感じる。


 続いて『三波(みなみ) 芹那(せりな)』三等陸曹へと目をやる。このゴーグルタイプの眼鏡をした少女は後ろで無造作に纏めたポニーテールと呼ばれる髪型をしているようだ。


 この髪型の所為もあり、彼女もまた随分と若く見えるようだ。


 こちらは首に掛けたヘッドフォンが持ち込みが許可された専用のヘッドフォンである事からしてソナー員である事だけは間違いないようだ。


 最後に『相葉(あいば) 友香(ともか)』三等陸曹へと目をやる。


 何はともあれ、彼女もまた随分と若いようだ。だが、やや色味が抜けたような焦げ茶色の髪は流行りの髪型ではなく、あっさりとショートで纏められている。


 これは左右に激しく動く運転席で視界の邪魔にならないようにという配慮が強く感じられる。そうなると、やはり彼女がドライバーという事なのだろう。



 一つ言える事は……三人とも揃って若いという事だ――



 さて、『AA-PE』をサポートするホバー・トラックのパイロットは『AA-PE』のパイロットと同様に候補生へと抜擢された瞬間に僅かながらに階級が上がる。

 つまり、眼前で敬礼の姿勢を取り続ける彼らは陸曹を名乗ったが、普通であれば陸士くらいである。言い換えるまでもなく、軍に入ったばかりという事だ。


 このような最前線に出るなんて事は本来であればあり得ないという事でもある。


 小さく溜息を突いた俺は赤城中隊長から渡された書類に改めて視線を落とす。面接の履歴書のような紙には彼らの試験の素晴らしい結果が所狭しと書かれている事が分かる。三人は若いなりに優秀な成績を残したホバー乗りであるという事だ。



 意地悪でも嫌がらせでもないという事である――



 諦めた俺は敬礼したまま答えを持つ三人に歓迎の言葉を送る。


「高梨一等陸曹、南三等陸曹、相葉三等陸曹……君たちの着任を歓迎する」


 小さいながらも心からの笑顔を浮かべた俺……その表情の変化に気付いたのか、若い三人の緊張が解けていく。あからさまに張られていた肩肘が下りていく。


 そして残念な事に……もう一人からも更に気が抜けていく。


「三人とも楽にして良い……が、三島准陸尉っ! 貴様もそちらに並べっ!」


「いっ……!? り、了解ですっ!」


 慌てて高梨一等陸曹の隣へと向かった三島………そんな彼を合わせた若すぎる経験不足の四名の補充員にまずは発破をかけていく事とする。


「さて……赤城中隊長から話は聞いてるなっ! 我々の任務は新機体の試運転と併せた哨戒だっ! エリアは『光が丘基地』の後方、練馬光が丘病院っ!」


 すぐに四人に緊張感が戻った事を確認した俺は更に言葉を繋いでいく。


「現在、あの病院では仲間の手術が行われている……これは認識しているな?」


 しっかりとした返事を寄越した連中の目を順に見つめ、それぞれの覚悟の度合いを見極める。皆、揃って中々に緊張感のある良い顔となったようだ。


「何も見逃すなっ! 蟻の子一匹通すなっ! 以上だ! 出撃準備に入れっ!」





 全ての準備を終えた『AA-PE』の中で出撃を待つ俺にアリスから声が掛かる。


<誠二、さっきの格好良かったわ。流石、私とマザーが見定めただけあるわね!>


 母親を誇る娘のように嬉しそうな満面の笑顔を見せたアリスに可愛らしさを覚える。俺を誉めてくれた事には誇らしさを覚える。だが、俺は彼女の言葉の中の出てきた『マザー』という単語の方に少しばかりの不安も覚えてしまう。


 世界中のありとあらゆる情報を延々と集め続けたというスーパーコンピューター群『マザー』……その驚異的な演算・処理能力に改めて恐れを感じてしまったのだ。まあ、畏怖すべき存在を目の前にした人間の本能的な恐怖という奴である。


(考え過ぎなのは分かっているが……こればっかりはな……)


 そう、全てのAIは人類の存続こそが最優先となるように設計されているのだ。昔のSF的な物語にあったロボット三原則……それを信じられない程に細かく厳しくした何百ページにも及ぶ『AI条項』なるものが全てのAIに組み込まれているのだ。


 恐怖を覚える必要など全くないのだ。


 まあ、これによって『AIなのに出来ない』なんていう事も増えてしまったらしいが、人類に反逆するなんて事は絶対に無いという事なのだ。


 自分の考えすぎる性格に自分で苦笑する。



 さて、また一人で考え込むと騒ぐアリスを諫めて俺も現実へと集中を戻す――

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