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インセクタム  作者: 初来月
21/132

021 ご機嫌なアリス

 突如、モニターに映った愛らしい少女の姿に場が鎮まる。


 その余りに整い過ぎた顔にはやや現実感が無く、皆がゲーム画面か何かと勘違いした。ただの間違いか何か、正しい現実のモノだと認識し切れなかったのだ。


 だが、その異様な存在感の為か、次第に騒めきが広がっていく。


<あーあー♪ 聞こえているかしら?>


 だが、そんな騒めきが収まらぬ中……いや、むしろ更に酷くなっていく中、今度は狭いブリーフィングルームに歌う様な調子のアリスの声が響く。



 そして又もや静寂が訪れる――



 皆の注目が一身に集まった事に大いに満足したアリスが背筋を伸ばす。


<私はこの改良型『AA-PE』と共に開発された試作型AI『アリス』です>


 カメラワークも自分で担当しているのだろうか……肩から上しか映っていなかった彼女の全身がしっかりと映る様にカメラが滑らかに引いていく。そして……


<以後、末永くお見知りおきくださると幸いです!>


 ニコニコと明らかに嬉しそうになったアリスがドレスのスカートの裾を指先で持ち上げ、片足を後ろに下げるようにして礼儀正しく頭を下げていく。


 ここで……ようやく、俺は彼女の服が儀礼用の白い軍服で無い事に気付く。


 軍服どころか、薄い水色に金の縁取りが施された夜会用のドレスと言わんばかりのモノを着ているのだ。これも自前で用意したモノなのだろうか……



 何にせよ、彼女の根本的なステータスの一つは目立ちたがり屋であるようだ――



 心から満足そうな表情となったアリス……周囲のカメラまで掌握しているのか、モニターの中から困惑した皆の顔を眺めるような仕草をみせる。


 そんな彼女を前に俺の方はと言えば思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「あ、アリス……何故、そんな所に? まさか、ハッキングと言う奴か?」


 俺としたことが思わず情報の秘匿を忘れてしまう。そう、彼女の名前を以前から知っていたんだとばかりに全力で叫んでしまった……という事だ。


 手元のスマホとモニターを交互に見つめて焦る俺……そんな俺に対して笑顔が僅かに歪んでしまったアリスがちょっとした形相で必死に答えを返してくる。


<ちょっと誠二! 人聞きの悪い冗談は止めて! 電波を飛ばしただけよ!>


「本当なんだな? 今の君の立場を鑑みればギリギリも駄目なんだぞ!?」


<本当よっ! むしろ、穴だらけのシステム使ってる連隊長に文句言ってよ!>


 この我々の下らないやり取りの所為もあって周囲に又もや騒めきが広がる。


 コッソリと互いに話し合っているような雰囲気がガヤガヤワーワーといった全く収拾が付きそうにない酷い様相へと変わってしまったのだ。


 遂に我慢しきれなくなった何人かが我々に向けて叫ぶように問い掛けてくる。


「誠二って……橘一等陸尉の事っすか……!?」


「何か知らんが……可愛くないか!?」


「遂に俺のエルザも擬人化されるのか!?」


 さて、その内容の良し悪しは兎も角、皆の何とも言えない不思議な高揚感が伝わってくる。先ほど、広がっていた悲壮感は何処へやら……という事である。


<はー最悪……めんどくさ……でもまあ、仕方ないわね……>


 この妙な高まりの中、今度は明らかに仕方ないかと言わんばかりの曇った溜息と愚痴が聞こえてくる。これは大崎の元で様子を窺っていたリサのモノである。


<雄二、私も行ってくる……待ってなさい>


「へ? 行くって何処に?」


<アンタが隊長さんのようにならないようにわざわざ伝えてやったのに……何とも察しの悪い事……今が盛り上げどころって事よっ!>


「えっ? ちょっと……!」



 戸惑う大崎の困惑の声が響く中、我々の眼前のモニターが二分割される――



 瞬時に満面の笑顔のアリスが画面の端へと追いやられ、代わりとばかりに姿勢を正してただの美少女となったリサがデカデカと映り込んだのだ。


 この七対三くらいの比率になった画面、当然のように七の方に映ったリサ……アリスに負けず劣らずな美しい装いに身を包んだ彼女がすぐさま声を発する。


<初めまして勇敢なる『AA-PE』のパイロットの皆さま……私は『リサ』と申します。私も隣のアリスと同型の『より高性能』な試作型AIであります>


 落ち着きがあり、良く通る、声だけで美しさが感じられるような声が響く。



 だが……『より高性能』……言うに事を欠いて、この言動である――



 思わず頭を抱えた俺の耳にやはりかと言ったアリスの声が聞こえてくる。


<何でそういう言い方するのよっ! 私と一年しか変わらない癖にっ!>


<あら、私たちにとって一年の情報蓄積の差は大きいはずよ?>


 何やら鬱憤が爆発したのか……二人が一瞬でヒートアップしていく。


<何年も差があるノアなら兎も角、リサの最後の一年なんて恋愛の情報ばっか集めてたじゃない! そんなの何の役に立つのよっ! 私と変わらないわ!>


<『恋愛の情報(それ)の大切さ』が分からないから、あんたはお子様なのっ!>


 この場の誰も理解できない情報で激しく言い合う二人……だが、そんな二人の美しさの方に当てられたのか、喋るたびにパイロットたちが左右へと頭を振る。


 その少し妙で……少し可愛らし気な様子に俺は吹き出しそうになる。


 だが、この更に続きそうな気配すら見せる二人の下らない言い合いを放っておく訳にもいかない。そう考えた俺は仕方なしに一歩前へと出ていく。


「アリス、リサ……場を弁えるんだ」


 まさか人という身にも関わらず『AIの振舞い』に注意をする日が来るとは思わなかった。そんな事を考えながらも俺は渋々と言葉を続けていく事とする。


「今は貴重なブリーフィングの時間だ……俺を含めて皆、情報が足りずに不安を感じているという現状を忘れないでくれ……兎に角、二人は愚痴は後で俺が聞く」


 この言葉を受けてアリスとリサだけでなく、パイロットたちも落ち着きを取り戻す。皆がどれほど下らない事で騒いでいたか少しは認識できたという事である。


 そして……この空気の変化を感じ取った赤城がここぞとばかりに声を上げる。


「さあ、彼の言う通りだ! 集中を戻してくれ! 彼女たちの件は後日だ!」


 勢いはそのまま……一気に話が戻されていく。





 兎にも角にも妙な高揚感に包まれたブリーフィングは一定の成果を挙げたようだ。何時もの三倍ほどはガヤガヤと煩くなった格納庫を俺は急ぎ足で抜けて行く。


「結局、我々も出撃になっちゃいましたね……連携の調整とかもまだなのに……」


 隣を歩く大崎の何とも言えない呆れかえったような声が聞こえてくる。


「人が足らんのだから訓練の兼用で出撃となっても仕方あるまいか……」


 大きな溜息を吐き出すついでに答えを返した俺に今度はアリスから声が掛かる。


<大丈夫よ! 私がちゃんと結果を出して見せるから!>


「まあ、頼りにはしているよ……」


 そんな中、出撃準備の為に自分たちの機体へと向かう我々にではなく……アリスへと声が掛けられる。今のやり取りを聞きつけた者からである。


「『アリス』……さん? ちゃん? その僕らとも会話できるのかな?」


 大崎よりも更に若く見える名も知らぬ新兵である。上長である我々に挨拶一つもせずにアリスへと話し掛けるなぞ……と一瞬だが少し怒りが芽生える。


 だが、その怒りが爆発する前にアリスが又もや勝手に喋り出す。


<リサよりも先に私に話し掛けたのは評価してあげる! だけど、部隊の礼儀を知らない貴方と話す気はないわ! 出直して来なさい!>


 どうでも良い事と正論の混じった彼女の言動に複雑な想いはあるが……何はともあれ、このアリスの一言で若き新兵は間違いがあった事を理解したようだ。


「あ……し、失礼しました! 橘一等陸尉、大崎三等陸尉……自分は三島准陸尉であります。あ、挨拶が遅れて申し訳ございません!」


「三島……?」


 彼の自己紹介を受けながら俺は手元の紙面へと目をやる。確か、我々の新しい部隊員の一人の名前が三島……そう記載されていた事を思い出したのだ。


「貴様が……三島准陸尉か……」


 准陸尉……まだ『AA-PE』乗りになったばかりの青年のようだ。


 想像以上に若い准陸尉である。だが、『AA-PE』乗りは階級が通常よりも数段高いのだ。理由は特殊技術持ちという事と死に近い事である。


 ともあれ、彼は本当に最近になって訓練を終えたばかりという事になる。そして……それはそんな若い者が前線へと駆り出されてしまったという事でもある。


 思わず、返事もせずに青年を見つめてしまう。何度見ても坊主頭、ニキビ跡が残るような青年……まだ二十歳にもなっていないような年頃の青年なのだ。


 少しだけ胸の奥に痛みが奔る。


「あ、あの……橘一等陸尉?」


 この言葉に俺もようやくとばかりに正気を戻す。


 アリスに正論で諭され、俺に無視される。この状況に大いに戸惑ってしまった青年……ワタワタしている三島と名乗った青年に一応の答えを返す事とする。


「三島准陸尉……自ら間違いに気付いた以上、この無礼は不問にする。だが、昔気質の人間に同じ対応をしたら、その場で殴られる事だけは覚えておけ!」


「はいっ! 三島准陸尉、了解しましたっ!」


「我が隊にようこそ……」


 姿勢正しく敬礼をして見せた三島にしっかりと歓迎の言葉を投げ掛ける。


 部隊に所属する者としての責務を思い出したのか、兵士の顔へと戻った三島准陸尉……なのだが、その表情は三秒で元に切り替わってしまったようだ。


 次の瞬間、少年と言った方が良い程に幼くなった彼が又もや口を開く。


「それで……そのアリスさんと話をさせて頂く事は出来ますでしょうか?」


 この若き三島准陸尉の空気を読まない言葉……これを受け、俺は慣れ親しんできたと言っても良い『頭を抱えるという現実逃避めいた行為』に移行してしまう。


(これが新しい部下か……)


 ともあれ……この俺の様子をカメラで見たアリスが代わりに答えを返す。調子乗りと言うべき彼女でも流石に不真面目な対応をし過ぎたと感じたのだろう。


<だ、駄目よ! い、今は戦闘準備に集中しなさい!>


 今は……


 俺の姿を見て瞬時に三島を否定したが、本心では人々の注目を集めたいと考えているのだろうか……この短い言葉の節々からそれが窺えるような気がする。



 俺の冷めた視線をカメラで読み取ったアリスがフッと視線を逸らす――

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