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インセクタム  作者: 初来月
20/112

020 インセクタム、再び

 アッという間に変わってしまった世論に反論できない――



 どんな理由であれ、元の生活へ戻りたいと願うのは普通の事……その為に多少の犠牲に目を瞑ってくれという事は辛くともまた正論なのである。


 それが自分の意向にそぐわないモノだとしてもだ。


 自分たちの不甲斐なさ、そこから端を発した現状に僅かなイラつきを覚えながらも歩みを進める。そして辿り着いた多目的室、そこに申し訳程度に置いてあるビリヤード台の側らの壁へと寄り掛かった俺は不満を籠めて小さく溜息を吐き出す。


「隊長……大丈夫ですか?」


 無言となった俺の様子に流石の大崎も何かあったと気付いたようだ。だが、俺と言えばイザという時に表情を隠しきれない自分に又もや情けなさを覚えてしまう。


 それなりに真っ当な誤魔化しの答えを返す事すら出来なくなってしまう。


「その……いや、気にしないでくれ……すまんな」


 だが、その決して上手くない俺の誤魔化しから更に何かを察した大崎が頷きながら黙る。そんな意外に細やかな心配りができる彼から視線を逸らした俺は自身のスマホへと視線を落とす。そこでようやく一つの大事な事実に気付く事となる。


 そう、情報漏洩の観点から電源を落とすよう指示されていたのだ。俺は慌ててアリス搭載のスマートフォンを立ち上げると、すぐに『産総研』のロゴの入った起動画面に続く。そして……あからさまにムッとした表情のままのアリスが現れる。


<酷いじゃないっ! ここ何処よっ!? もう何十分たったと思ってるのよっ!>


 だが……


<もうっ! ん? ねえ、誠二……大丈夫?>


 インカメラに映る俺の苦悶の表情と気配に気付いたのか、明らかに文句を言ってやると身構えていたアリスの表情が心配そうなモノへと変わっていく。そして……


<なるほどね……分かったわ! 皆まで言わなくて良いわ!>


 今度もまた俺の返事を待たずにアリスが勝手に喋り出す。


<あの熊みたいな中隊長の突然の赴任理由、今の誠二の表情、そして前回の敗北に伴う、国の現状を考えれば伝えられた情報は一つよ! 言わないけどねっ!>



 だって、私に秘密にするような秘匿情報だもんねとアリスが鼻を鳴らす――



 そのまま、やや不満そうな表情でアリスがプイッと視線を逸らす。だが次の瞬間、ムスッとしたままの表情の下、画面の下部につらつらと文字が並んでいく。


 大崎に気付かれぬよう配慮してくれたという事だ。そして……



 『その評価を私と貴方で覆してみせるわっ!』



 相棒なのだから一緒に聞きたかったのにという不満はある。だが、それは別として一緒に戦っていこうという事に変わりはないという事のようだ。


 その熱い決意と覚悟、優しさと可愛らしさに思わず、こちらの胸が熱くなる。





 さて……アリスの素晴らしい意気込みは兎も角、この部屋で待機を命じられて悶々とするだけの我々に何も出来ないという事に変わりは無いようだ。相当に忙しいのか、はたまた混乱しているのか未だに情報の一つすら伝えられないのである。



 この放置された現状に大崎も少しばかり不満を募らせたようだ――



「その火事の件も気になるんですけど……インセクタムに寄生されてるって話……あれ、どうなったんですかね? その……田沼さんも大丈夫ですかね?」


 さて、我々の知りたい事を改めて全て言葉にしてくれた彼の疑問に俺は残念な答えを返す事となる。当然だが、情報が全く伝えられていない俺にも答えるモノがないのである。代わりとばかり、お茶を濁す程度の俺の予測を伝える事とする。


「産総研の連中の到着は確認している……火事によって医療物資がどれだけ目減りしたかは分からんが……暫くは足りるだろう……インセクタムの件の方は残念ながら分からん……だが、田沼の件は連隊長が口にしてない以上、何も無いと思う」


 この出来る限り纏めた答えにはそれなりに満足したようだが、追加で伝えた『たぶん』という言葉に大して大崎が明らかに残念そうな表情を見せる。


「そうっすか……」



 また暫く……窓一つない、狭い室内に無言の間が続く――



 当然のように湿度の高い外部と違い、乾燥した室内……加湿器のシューという音だけが聞こえてくる。そんな中、意味のない時間だけが過ぎていく。



 だが……だがやはり……と言って良いのだろうか――



 遂に我慢の限界に達したアリスの悲鳴のような叫びが響く。


<もぅ! 何時まで待たせるのよっ! ギリギリっぽいから急いで助っ人に来てあげたのにっ! 何なのっ! この仕打ちは何なのよっ もうっ!>


「アリス……いくら何でも……この部屋に来てからまだ十分も経ってないぞ?」


<時間の問題じゃないの! 気持ちの問題なのっ!>


 何となく、ここに来た時から想定していたが……やはり、アリスの堪忍袋の緒は早々に切れてしまったようだ。つくづくAIとは思えない酷い反応である。


 ここまで黙っていたリサも流石にとばかりに苦言を呈す。


<すぐ癇癪起こすんだから……あんた本当にAIなの? 偽物なんじゃない?>

<何よ! リサだって、すぐ鼻息荒くして興奮するじゃない!>

<それはただの性癖よ……何よりもちゃんと時と場合は弁えているわ! だけど、あんたは普段からそんなじゃない……むしろ、普段から欲求に忠実過ぎだわ>


 そして早速、始まる二人の言い合い……瞬時にヒートアップし、顔が真っ赤になったアリスの頭から白い煙が噴き出したのではと俺が錯覚した次の瞬間、口の軽い大崎が二人同時に敵に回しかねない的確な言葉を二人へと投げつけてしまう。


「ははっ……と言うよりも君ら二人ともAIっぽくないんだよね」


<<何よっ!?>>


 別に悪口でもない一言……むしろ、人のようだという彼女たちが喜ぶような誉め言葉なのである。だが、間が悪かったようだ。結果として火に油を注ぐ事となる。


 だが、口が開きかかった二人の鬱憤の爆発は一旦の終息となったようだ。



 突如、この部屋の扉が小さく叩かれたのだ――



 迷惑にならぬよう配慮された柔らかなノックの音が響き渡る。


<誰かしら?>


<誰にしろ一旦、隠れた方が良さげね>


 そんな皆の注目が集まる中、ゆっくりと扉が開いていく。


「失礼しまーす」


 聞き覚えのある甘く柔らかな……だが、どこか少し疲れてしまったような声……それと共に少女のような幼い風貌をした女性が一人で部屋へと入ってくる。



 あの時、俺を診ていてくれた看護官である浪川三等陸尉である――



「あ、橘さんっ! 大崎さんも……お帰りなさい!」


 満面の笑顔となった浪川が我々の元へと走り寄る。


「浪川三等陸尉か……随分と疲れているようだな……大丈夫か?」


 この俺の慰労の言葉に何とか必死に笑顔を見せた浪川が改めて言葉を紡ぐ。


「その……まあ、疲れてます……でも、人がいなくって……と、兎に角、インセクタムの寄生の件……です。連隊長から話を伝えて欲しいと指示を受けました」


 間違いなく疲労困憊、言葉の節々に溜息が聞こえてきそうな様子の浪川に情報の伝達まで頼まなければならない状況……それ程までに人手が足りないという事だ。


 このままでは機能しない部署が出てくるのではと背筋が寒くなる。



 ともあれ、そんな疲れ気味の彼女を改めて丁重に向かえる事とする――



「そうか、疲れているところ済まないが……先ほど、連隊長から事情を受け取れずに我々も困惑していた所だったんだ……本当に心から君を歓迎するよ」


「えへへ、平気です! 先日は話す機会が少なかったから逆に嬉しいくらいです」


「そうか……? そういえば今までも余り話す機会は無かったな」


 健気に笑顔を見せてくれる浪川に一応の返事と共に小さく微笑みを返す。


 そして誤作動なのか、煩くアラームが鳴り始めたスマートフォンを訝しみながら止め、俺は一番真っ当な奥の長いソファへと彼女をエスコートする。


「飲み物は何か?」


「じゃあ、温かい紅茶をお願いします」


「あ、隊長……! 俺が淹れてきます」


 気を利かせてくれた大崎に飲み物は任せ、俺は彼女の言葉を待つ事とする。





 大崎が淹れてくれた温かな一杯の紅茶……ようやく人心地つくことが出来たのか、浪川の頬が少しだけ赤らむ。そんな彼女の言葉をただ辛抱強く待つ。


「現在……意識を失っていた方々が順に手術を受けています」


 さて、表情が強張ったままだが、浪川がようやくとばかりに言葉を紡ぐ。


「新たなインセクタム……コールサインはδ(デルタ)、コードネームは『ワスプ』と名付けられました……名前の通り、蜂によく似た形状をしています。そして……」


 強張ったままの表情をした浪川が大きく息を飲む。


「奴らは人に……部位は問わず、筋肉注射のように皮下脂肪の奥へと卵を産み付けるのだそうです。成長速度はかなり速いようです。手術で取り出す事は可能なそうなんですが、今回に関しては成長率を考えると既に時間との勝負との事です」


 現在も総掛かりで順に摘出手術を続けているとの事だ。


「それと……全員の意識が無かった事についてなんですけど……産み付けの際に麻酔のようなモノを流し込まれたのでは……という事です」


 決して頭は良くない我々……ここまでの情報だけで一杯一杯となって天を仰ぐ。


「兎に角、別件で運良くCTを撮らなければ手遅れだったそうですよ」


 まずは一通りの情報を伝えたという事だろう。浪川が小さく息を吐き出し、背もたれに身体を預ける。そう、手術に立ち会った彼女の疲労も既に限界なのである。


 続きは少し休んでから……



 だが、そう言い掛かった俺の耳に突如として警報が飛び込んでくる――



<朝霞駐屯地方面の複数地点で『インセクタム』の反応を確認! 数は不明……待機中のパイロット各員は至急ブリーフィングルームへ!>


 スピーカーから聞き取りやすい冷静な女性の声が流れる。ともあれ、又もや問題が発生したという事だ。俺は諦めたように浪川へと声を掛ける。


「済まない……世間話をするのはまた今度のようだな……」


「ガッカリですけどぉ……でもまあ、仕方ないですよね……」


 心底、残念そうな表情を見せた浪川を置いて我々は出撃準備を急ぐ。





 格納庫の隣に位置するブリーフィングルーム……決して広くない、この部屋に何十人もが集まる。皆が『AA-PE』のパイロットである事だけは間違い無いだろう。


 そんな彼らを軽く見渡していく。古くから人を知る者も僅かに居るが、残念な事に大半は初めて見る顔のようだ。何にせよ、全員に強い不安の色が窺える。


 だが、そんな不安を吹き飛ばすような力強い声が聞こえてる。


「よっしゃ! 全員、集まってるなっ!」


 声の主は先ほど赴任したばかりの『赤城 健介』三等陸佐であったようだ。賢そうな二名の補佐官らしき人物を引き連れて元気よく部屋へと入ってくる。


 それに対し、全員が一斉に敬礼の姿勢をとる。



 そして……それに応えるように赤城が改めて声を上げていく――



「全ての旅団から連絡を取り合った結果……今回の敵は『後続』と判断した。今現在、他の地域も今まで通りに多数の敵に攻められているという事だ。つまり、思った以上に敵戦力は多い……若しくは多くなっているという事になるだろうな!」


 残念ながら周囲の敵が無理矢理に集まった結果という事ではなかったという訳だ。この余り嬉しくない情報に早速とばかりに皆がざわつく。だが……


「安心しろっ! 現在、既存の戦力による監視網を狭めた。戦力・火力を集中できるように配置を変えたという事だ。暫くの防衛はこれで十分過ぎるほど十分だ!」


 言い方を変えると更に戦線を下げたという事……我々の土地が更に減ったという事でもある。この情報を受け、パイロットたちの騒乱が更に増していく。


「そんな……防衛に十分って人手が足りないんじゃないのか!?」


「『AA-PE』だって数が足りないと……!」


 だが、それらの真っ当な言葉を気にもせず赤城中隊長が言葉を続ける。


「まあ、落ち着け! 話は最後まで聞けっ! 幸いな事に我々の戦力も大幅に上がった。減った分を補って余りある『強大な戦力』が加わったんだ!」


 演じるように大袈裟に動かされた彼の腕と指先……大型モニターに改良型の『AA-PE』の姿が映し出される。どうやら、補充兵と共に十機ほどの改良型が部隊へと加わったという事……この強大な戦力があるのだから安心しろという事のようだ



 だが、正直なところ……それに対する反応は余り宜しくないようだ――



 やはり、パッと見ただけでは気付けなかった……という事だろう。


 何人かが感嘆の息を漏らすものの、大半の人間は認識すら出来ていない。思った以上に悪い、実に冷めた反応である。これには図太い神経の赤城も青ざめていく。


 悪い情報と良い情報を交互に伝えて不安を煽り、揺らいだ心に圧倒的な本命の切り札を見せて士気高揚へ繋げる。そんな彼の作戦は失敗に終わったという事だ。


 だが、俺がそう思った次の瞬間……『AA-PE』が映ったモニターが切り替わる。



 そこに現れたのは……何故かアリスであった――

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