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インセクタム  作者: 初来月
19/112

019 戦いの期限

「試作型のAIか……言動からすると、その子が『アリス』か?」


 興味津々といった様子で目を丸くした前澤連隊長の声が響く。


 この少し高くなった声色から自分に対して好意的であるという事に勘付いたのだろうか……あからさまに嬉しそうになったアリスの声が続く。


<初めまして髭の小父様っ! いえ、連隊長『前澤(まえざわ) 栄吉(えいきち)』一等陸佐殿っ!>


 人としての扱い、『その子』と言われた事も嬉しかったのだろう。


 ニコニコと好意的な態度を前面に出してきたアリス……そんな彼女の表情が少しでも見やすい様にと俺は手のひらを返し、スマホの画面を連隊長へと向ける。


 この画面の中のアリスに向けて前澤連隊長が孫に向けるような笑顔を見せる。


「ほぉ……こんなに可愛らしいお嬢ちゃんだとは思ってなかったな!」


 鬼の連隊長と言われた人物がただのお爺ちゃんへと変わっていく姿……それを少し複雑な想いで眺める俺の耳に今度は聞き慣れない声が聞こえてくる。


<大崎さん、ちょっと……ここは連隊長殿に(わたくし)を紹介するところですよ>


 声だけ聴けば間違いなく、何処かの令嬢ではと言わんばかりの美しい初耳の声色……頑丈さが優先された無骨でマットな黒色をしたスマートフォンのシンプルでアナログなスピーカーを通して聞こえてきたのは大崎の相棒・リサであった。


 次の瞬間、慌てた大崎が手首に固定されたスマホを素早く取り外す。


 そして何か大切なモノを献上するかの様に恭しく両手を使い、自身の眼前へと静かに差し出す。この短期間で……随分と教育が行き届いてしまったようだ。



 ともあれ――



「じ、自分の……」


<初めまして前澤一等陸佐殿……ご紹介に与り(あずかり)ましたリサと申します>


 振り向いた俺の視線の先、大崎のスマホのモニターの中でリサが丁寧に会釈をして見せる。ここまで彼に対して見せていたようなサディスティックな歪んだ表情ではなく、まるで良い所のお嬢様といったような様相を見せているようだ。


 まあ、当然と言えば当然だが、演じる事が出来るのは声だけでは無かったという事である。だが、流石の俺も思わず口をあんぐりと開けてしまいそうになる。


「君がリサくんか……随分と良い性格をしていると書かれているようだな?」


<ふふ、人に合わせた適切な対応をしているだけです。以後お見知りおきを……>


 その言葉に対して小さく頷く事で答えとした連隊長が冷静に資料へと目を戻す。

だが、ようやくとばかりに前澤連隊長にも驚きの実感が湧いてきたようだ。


「ふーむ、噂には聞いていたが……人と変わらぬ反応……いや、それ以上か……」


 その驚きを分かり易く現すかのようにゴクリと小さく唾が飲み込まれる。


 だが、幾ら驚愕な想いが強くとも……やはり、状況が状況だけに割ける時間は限られているようだ。すぐさまとばかりに話が本筋へと戻されていく。


「さて……二人の能力の一端は確かに見せて貰った……資料も見せて貰った。だが、それでも前線にポンと置く訳にはいかない。他所の隊との連携も踏まえてだ」


 ハッキリと断言した連隊長の物言いに俺も肯定の意味を籠めて小さく頷いてしまう。どんなに信頼の置ける部下からの情報だろうと実績の無いモノを……自身の目で確かめてすらいないモノを計算の内に組み込む訳にはいかないという事である。


「まあ、アリスくんの信頼に応えたいという想いは本当に嬉しいのだが……まあ、それだけでという訳にはいかん……という事だ。分かってくれ」


「ええ、混乱が起こらぬ為の周知徹底も必要でしょうし……仕方がありません」


 だが、旧型のエルザよりも高性能である事の自負でも在るのだろうか……この連隊長の言葉と俺の反応に対して二人のAIは軽く苛立ちを覚えてしまったようだ。


 二人揃って仲良く騒ぎだす。


<ちょっと! おかしいでしょ! 誠二は私の味方してよ!>

<本当……! 貴方なら少し強引でも口添えしてくれると思ったのに!>


「な、なんだ……君たちは二人とも活躍の場が欲しかったのか!?」


「そういう訳じゃないけどっ!」

「そういう訳じゃありませんっ!」


 その妙な苛立ちの捌け口がこっちに来た理不尽さはともあれ、この人よりもより人らしいと言うべき二人の少し我儘な反応……本来、仲が悪いはずの二人の実に仲の良さそうな重なるような反応に俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


 だが……そんな平和なやり取りは突如として中断する事となったようだ。



 豪快な扉の開閉音が室内に響き、窓が軽くビビる――



「よう、誠二っ! 元気そうで何よりだっ!」


 礼儀も何もあったモノではない、そんな気軽な挨拶と同時に背中を叩かれる。思わず咽てしまった俺だが、相手の姿を確認すると同時に素早く答えを返す。


「ぐっ……赤城先輩……お久し……」


「おうっ! 雄二の方も久しぶりだな!」


 実に忙しない人である。俺に声を掛けるや否や、返事も待たずに大崎にも声を掛けていく。そんな突然に声を掛けられた大崎も慌てて言葉を返す事となる。


「『赤城 健介』三等陸佐……またお会いできて……嬉しいです」


 言葉の内容とは裏腹に表情は硬く、言葉の節々から嫌そうな気配を盛大に発する大崎……まあ、実に無礼な態度ではあるが、致し方ない理由が在る。


 そう、この俺の体格から更に厚みを増した様な大男……『赤城 健介』三等陸佐は『AA-PE』のパイロット候補生を育て上げる訓練教官であった男なのだ。


 つまり、直近の卒業生である大崎は厳しく接せられたばかりなのだ。その頃の嫌な記憶を幾つも同時にハッキリと思い出してしまったという訳である。


 だが、この豪快で面倒見の良い先輩への尊敬を含めた感情と厳しく扱かれた嫌な記憶が同時に顔に出てしまった大崎に当然だと言わんばかりの反応が示される。


「うははっ! まだシッカリと教育が残っているようだな?」


「記憶に残るほど、みっちりと教わりましたからね……」


「結構な事だっ! 無事に生き延びてくれて嬉しいぞっ!」


 この言葉で僅かに笑顔が勝った大崎の表情に気付いた赤城がその体格に見合うような豪快な笑いを見せる。しかし、そんな彼の表情は何処か暗いようだ。


 忙しく寝てない事もあり、目の隈が酷く表情が暗いという事もある。だが、何よりも目に覇気がない事に気付く。まあ、その理由は一つ……気丈に振る舞ってはいるが、先日の朝霞駐屯地の戦いで彼の愛すべき教え子が山のように戦死したのだ。


 当然、この口にする訳にいかない言葉は抑え込む。


「それで……先輩……赤城三等陸佐は何故ここへ?」


 その俺の疑問の言葉を受けて今度は代わりとばかりに前澤が喋り出す。


「彼は東京方面軍・第二旅団『AA-PE』機動連隊の新しい中隊長だ……まあ、貴様らの直属の上長になるだろうな……そのつもりでいろよ」


「そういう事……全く人手が足りないって事だ……」



 また少し寂しそうな表情を見せた赤城が言葉を紡ぎ、小さく笑う――





 残りの全ての情報を伝え、最低限の情報を貰った俺……茫然としながらも敬礼し、踵を返して表へ出ようとした所で改めて赤城に声が掛けられる。


「最後の情報は貴様まで……外で待つ雄二もアリスちゃんも駄目だ!」


「もちろんです……赤城中隊長……ですが、アリスの方は……」


「ある程度はバレるか……まあ、秘密に出来るとこまで秘密にしておけ!」


 それで良いのだろうかと思いつつも了解の意味を込めた敬礼で応える。


 新しく我々の中隊長となる赤城三等陸佐、先日の戦いで戦死された前中隊長の代わりに引継ぎを行う前澤連隊長……沈痛な面持ちをした二人を残して部屋を去る。


 小さく溜息を吐き出した俺はそのまま多目的室へと向かう事とする。言い換えると暫くは待機という名の小休憩になったという訳だ。


 だが、俺は赤城から耳打ちされた最後の秘匿情報に声一つ出せなくなる。



 その驚愕の秘匿情報とは我々の『戦いの期限』――



 簡単に言うと、このまま結果が出せない状況が続くのであれば首都東京より北側へ幾つもの強力な爆弾を撃ち込むというのだ。

 しかも、精度を気にせずに……である。これを大切な国土を焦土と化してでもインセクタムを殲滅すると事を優先するという事である。


 かなり、酷い作戦の様に聞こえるだろう。


 だが、ここまでの人的・物的資源の損耗を考えれば、これは妥当な戦略なのだ。むしろ、早々に行われなかったという事の方が驚きと言える程である。


 しかし、まあ当然、これには一つの大きな理由が在ったのだ。



 それは『大量の生存者の可能性』である――



 さて、素晴らしい事と言って良いのだろうか……我が日本は主要な都市だけでなく、比較的に小さな都市までにも大きな避難用シェルターが備えられていた。


 これらは対中国、対ロシア……そして巨大な災害の際の避難所でもあり、大半のモノは独自のライフラインまで持っている超高性能シェルターであった。


 そして当然、インセクタム出現時に使われる事となる。


 だが、奴らの出現と同時に日本に強大な嵐が幾つも起こる事となった。合わせるように地磁気の乱れも起こり、その影響は甚大なモノとなったのだ。


 ともあれ、これにより真っ当な通信方法は早々に途絶する事となる。それだけでない、空路・陸路を使った物理的な移動も不能となってしまったのだ。



 つまり、『避難したと思われる大量の生存者たち』が『今も正しく生きているのか』……これが誰にも分からない状況となってしまったという事だ――



 言い換えると『精密爆撃』が不可能な環境で奴らを最も効果的に殲滅する事が可能な『無差別・広範囲の爆撃』という手段を使う事が出来なくなってしまったという事である。ここからコツコツと『AA-PE』で戦線を押し上げる日々が続いたのだ。



 そして先日の朝霞駐屯地の大敗北が起こってしまう――



 さて、何処かにマスコミが居たのか、それとも身内の誰かがリークしたのか……何にせよ、この件は俺の倒れていた三日間で噂話となって大きく広がったそうだ。


 そして今、世論は大きく変わる。


 陳情される意見が物理的に倒す事が可能なインセクタムなのだから国土の一部を焦土としてでも殲滅を……数を減らす事を優先すべきとなったのだそうだ。


 この三日だけで何万の陳情が役所・警察・消防……そして自衛隊に殺到したのだそうだ。まあ、頼みの『AA-PE』連隊が半壊したのである。それを聞いた民間人の受ける恐怖感を考えれば、この結果は致し方ないとは言えるだろう。


 だが、残念な事に政府中枢の連中もこの皆殺しと言うべき意見に染まりかかっているようなのだ。そして……それが先ほど俺の耳に入れられたのだ。



 国民を護る事、国土を護る事を是とする俺は大いに葛藤する事となる――

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