表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセクタム  作者: 初来月
18/112

018 光が丘基地

 機体を叩く雨音はほんの僅か、風の方も同様のようだ。いつもであれば自動姿勢制御装置が全力で稼働しても機体が揺すられるのに今日はその気配すらない。


 まあ、風に関してはアリスの能力の所為もあるだろうが……ともあれ、そんな信じられない好天の中、横風に吹かれた煙が我々の眼前遠くを横薙ぎで流れていく。



 さて……やはり、ただの見間違いでは無いようだ――



<距離と方角からして光が丘の基地だわ! まさか狼煙(のろし)……じゃないわよね?>


 ジャンプした我々が最高度に達すると僅かに見える煙の発生源……そこから膨れ上がる様に湧き出た黒煙が上空に向かうや否や真横へとぐんぐん流されていく。


 その煙を改めて視界に捉えた我々はすぐに状況を精査する。


「酷い黒煙だな……煙の量からして只事じゃない事だけは分かるが……」


<爆発は起こってないみたい……火薬じゃない? 現場は何処かしら?>


「基地の南の端の辺り……病院棟の近くのようだが……」


 思ったよりも激しい黒煙の様子に思わず息を飲む。そんな我々の耳に少し戸惑ったような声が飛び込んでくる。新型ホバーで後から追随していた川島である。


「光が丘から緊急の無線が入りました……その不審火……との事です」


 さて、何時もよりも圧倒的にマシな天候という事もあり、無線の方は絶好調のようだ。川島の冷静を装うような気配まで無線からしっかりと伝わってきたのだ。


 だが、そんな情報を受けた俺の方は絶好調とは程遠くなってしまう。


「あの警戒された場所で……あれほどの規模の火事? そんな事があるのか?」



 そう、戸惑うのには訳がある――



 ここのエリアに存在するのは我々自衛隊関係者のみなのだ。


 しかも、当たり前のように厳重な警備がされており、不審者が入ってこれるとは思えない。そんな場所で大火事など普通であるはずがないのである。


 俺の胸の内で嫌な予感だけが大いに膨らんでいく。


「やはり、ただの失火か? 漏電か何かであって欲しいが……発見が遅れたという事はやはり室内? まさか、『インセクタム』が火を起こしたとも思えんし……いや、『アンノウン』を考えれば火を噴く個体が出て来るとも限らんか……? それとも内部犯による放火? 考えたくは無いが、外から侵入されて……?」



 眼前に確定で待ち受ける事となった紛う事なき異常事態――



 ブツブツと考えた事が口から漏れ出した俺……だが、そんな街中で見かけたら奇人か変人にしか見えないような状況となった俺に呆れたような声が掛けられる。


自動運転(オートパイロット)のメリットを生かしている所、申し訳ないんですけどぉ……!>


 ここまで俺よりもよっぽど冷静であったアリスである。


<見ない内は全て予測でしかないわ! 考えるのは程々にして先を急ぎましょ! あ、誤解の無い様に言っておくけど構ってくれって言ってる訳じゃないからね!>


 この当たり前と言えば当たり前の言葉を受けて俺の困惑は収まったようだ。


「む、そうか……そうだな……」


 さて、上の空となった俺に冷静な助言を与えた事が相当に嬉しかったのか、彼女の『フフーン』という口に出してしまった擬音がそのまま耳に飛び込んでくる。


 目を瞑り、上向きとなり、鼻高々となったであろう彼女の誇らしげな表情が浮かんでくるような……その安易に想像できる表情に思わず俺は苦笑してしまう。


「ふふ……モニターに君の顔を映せるように直訴して見るかな……」


<む、またボソッて何か言ってる……ちゃんと口にしてよね!>


「そうだったな……悪い悪い」


 今、この場で考え込んでも意味がない時でも無駄に考え込んでしまう俺……結果、精神的に疲れ込んでしまう事が多々ある。何はともあれ、そんな駄目な癖のある俺にとって彼女は色々な意味で頼もしい相棒となってくれているようだ。



 この新たな相棒の存在に満足し、一人で何度も頷いた俺……雲間が僅かに見える程に良くなった天候の中、少しばかり基地への足を速める事とする――





 光が丘基地の半地下となっている巨大な格納庫へと辿り着いた我々……このプレハブというには頑強な金属製の建造物へとようやく辿り着いた我々は閉まっていく分厚い扉の向こう、僅かに上り坂となった搬入口の先に広がる空へと目を向ける。


 先ほど僅かにあった雲の隙間から西日が差し込んだのだ。


 今では滅多に見る事ができなくなった太陽の輝き……俺は既に解放された『AA-PE』のハッチに手を掛けたまま、身を乗り出したまま茫然としてしまう。数か月ぶりに目にした、その美しい幾筋の輝きから目が離せなくなってしまったのだ。



 先ほどの異常事態も全て忘れて、ただただ静かに見守る――



 だが、そんな俺に突如として声が掛けられる。


<浸っている所に悪いけど……それの電源を入れてってね!>


 感傷的な気分に大いに浸っていた俺の視線の端でサバイバルキットの入った小物入れがパカリと開く。搭乗の際にスマートフォンを入れた場所である。そんなものまで自動で勝手に開けられるのかと驚く俺に改めてアリスから念押しがされる。


<聞いてるの!? スマホよっ! ちゃんと付けていってね! スーツに専用のアタッチメントもあるのっ! ほら、手首の内側よ!>


 この急かすような彼女の言葉通り、バイオ・アクチュエーターの手首の内側に平たい、ちょうどスマートフォンを張りつけられそうな部位を見つける。


 試しに合わせてみると僅かに吸着したような不可思議な感覚が伝わってくる。


<磁力でしっかりと付くから……取るときは軽く引っ張るの……すると、その動きに反応して磁力が弱まるわ! 兎に角、これで何時も一緒に居られるわ!>


 吸着と同時に自動起動したスマホの画面にアリスの満面の笑顔が映る。


<そのヘッドセットも付けてね! カメラで視界も共有できるから!>


 この嬉しそうなアリスを横目に俺は連隊長の元へと急ぐ。





 以前、俺が寝込んでいた救護室に大きな食堂、生活隊舎にレクリエーションルームに会議室、頑強で巨大な格納庫や機械ルーム等も合わせて連結された広大なプレハブ群……その中の一室となる指令室へと辿り着いた俺にすぐに声が掛けられる。


「よう、誠二……半日ぶりだな……雄二は……お前は大丈夫なのか?」


「はい……大丈夫であります……辛うじて……」


「な、何があったのかは分からんが……まあ、生きてはいるようだな」


 半日という短時間なのだから当然、何も変わらない俺、逆に明らかにゲッソリとしてしまった大崎……我々二人を交互に眺めた前澤連隊長が苦笑いを見せる。


 だが、俺はそんな少し嬉しそうな彼を急かす様にして問い掛ける。


「この再会を是非とも喜びたい所ですが……随分と問題が多いようですね?」


 この俺の忙しない問い掛けを受けて連隊長の渋い表情が更に渋くなってしまう。聞いて欲しかったが聞いて欲しくなかった。そんな複雑な表情である。


「そちらからも見えていたか……」


 小さく溜息を吐き出した連隊長、諦めたのか単刀直入に言葉を紡ぐ。


「インセクタムでもない、ただの失火でもない……間違いなく放火だ……」


 最も考えたくなかった可能性の一つ、この現在の環境に最も似つかわしくない放火という言葉を受けた俺は分かっていても思わず再確認をしてしまう。


「放火……ですか? 自分の聞き違いではないですよね?」


 室内が一瞬だけ静まり、指令室のプレハブの窓を叩く雨音だけが静かにハッキリと聞こえてくる。だが、その静寂は連隊長によってすぐに破られる事となる。


「残念ながら……聞き間違いではないな。場所は『医療用の倉庫』……いや、場所がどうこうではないな……監視カメラのケーブルが切られていたという事実からの推測だ……モニターする人員すら足りていない、今の状況を狙われたという事だ」


 一体、何のつもりで……そう絶句する俺の絞り出した声にすぐに答えが返る。


「嫌がらせか、ストレス発散か、何らかの抗議行動か……理由は分からん。だが……医療物資が大幅に足りなくなった事だけは間違い無いな」



 何も解決ならず、混乱気味の俺に改めて少しずつ情報が伝えられる――



 さて、頑強な素材とは言え、ここは所詮ただの簡易的なプレハブ群である。


 それに伴い、設備も当然のように簡易的なモノとなる。この急造された光が丘基地は取り外しのきく監視カメラも要所要所には付いてはいるものの、大事なケーブルが丸見えとなっている程度なのだ。つまり、想像以上に隙だらけなのである。



 そこを狙われたという事だ――



 ともあれ、『医療用の倉庫』の周辺の幾つかのケーブルは全て死角から断ち切られていた。つまり、高確率で基地内の人間がやったという事になる。


 まあ、新種のインセクタムが侵入してやったという可能性がない訳では無い。だが、余りに手際が良すぎるのだ。切断されてから数分での犯行……十中八九、基地を良く知る内部犯という事になるだろう……というのが、連隊長の見解である。


 ようやく全ての情報を伝え終えた連隊長の溜息が響く。


「はぁ……人が足りない所為もあって内部の監視を怠っていたとも言える。こんな状況で内部に敵など居るはずが無いと甘く見ていた俺の責任かもしれないな……」


「いえ……流石にそれは……」


 内部の監視を怠ったのではという彼の責任……現状を鑑みれば俺は彼に責任があるとは思わない。しかし、上層部はどう考えるか分からないだろう。


 そう考えた俺は続く言葉を失くす。


 そして内部犯がいるという事実の方にも俺は言葉を失くす。いずれにせよ、大きな問題が一つ増えてしまった事だけは間違いないようだ。



 室内にまた嫌な静けさが広がる――



 さて、その空気を嫌がったのか前澤がおもむろに口を開く。


「貴様らについては少しだけ話は聞いている」


 そのため息交じりの彼の言葉と同時に机の上に何十枚と合った書類、その一番上の一枚が戸惑う我々の前へと滑るようにして投げ込まれる。


 どうやら、『試作型のAIを搭載した特殊部隊』と書かれているようだ。


「人格を持ったAI……それ自体は昔から聞く話だが……実戦で使えるのか?」


 俺が書類に目を通した事を確認した彼から単刀直入な言葉が響く。


 我々より早く出発した西田博士から掻い摘んだ話を聞いたのだろう。まだ良く分からないといった表情を隠しもしない連隊長の疑問の言葉を俺は反芻する。


 そして間違いなく訝しんでいる彼に俺は自信を持って答えを返す。


「試作型AI『アリス』、試作型AI『リサ』、共に非常に優秀なサポート能力を持っておりました……実戦でも必ずや素晴らしい結果を出すと信じております!」


「ほぉ……貴様がそこまで言うとはな……」


 どちらかと言えば何にでも懐疑的な俺、そんな俺がハッキリと断言した事に驚きの色を隠せない。そんな少し目を見開いた前澤連隊長がそのまま言葉を続ける。


「ふむ、正直に言えば……そんな不確かなモノを使いたくないと考えていたんだがな……そうか……貴様がそこまで言うのなら……共に信じてみるか……」


 自分の口にした言葉を噛みしめるように前澤連隊長が押し黙る。その次の瞬間、俺のスマホを震わせるようなハッキリとした明るい声が響く。


<髭の小父(おじ)様! 貴方のその想いに……私、応えてみせますわ!>


 彼の悩む様子に遂に我慢しきれなくなったアリスである。


 どうやら、勝手にスマートフォンを起動していたようだ。その画面一杯に映った少しばかり興奮気味のアリス、鼻高々といった様相の彼女を覗き込む。


 その様子に俺は少しだけ苦言を呈す。


「アリス……勝手に喋るだなんて少しばかり行儀が悪いんじゃないか?」


<だって……理由はどうあれ、信じると言って下さったんですもの! こういった期待には結果だけでなく、言葉でも答える事こそが礼儀と学んでるわ!>


 外行きの可愛らしい声で自分の行動は正当であると言わんばかりの表情を見せるアリス……そんな彼女の圧力に負けてこちらが思わず押し黙ってしまう。



 少し困惑した俺と鼻息荒いアリス……そんな我々に連隊長から声が掛かる――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ