016 試作型AI『リサ』
眼前で大崎のシミュレーションが続く――
冷徹どころか、冷酷さすら感じるような『リサ』……そんな彼女の存在は能力は高いが優柔不断と言うべき大崎にピッタリと合っていたようだ。
<良いからβ1に射撃開始っ! サッサと撃ちなさい!>
「は、はいっ!」
<考える時間は最小! 当たらなくても牽制になる事を忘れないっ!>
さて、訓練時における大崎の射撃能力は非常に高い。
だが、射撃機会の少なさの所為もあって彼の本番での射撃能力はかなり低い。これが彼の戦場での異常な弱気、自信の無さへと繋がってしまう。
結果、彼の行動へと移る決断……特に指示の無い決断は非常に遅くなる。
その所為で先日のように判断に迷ってしまうのだが――
<最後っ! β3!>
「はいっ! 撃ちますっ!」
<自信がないなら胴体っ! これの威力なら掠めるだけで足止めには十分よっ!>
「はいっ!」
何はともあれ、普段であれば一歩、二歩、三歩と遅れてしまう彼の射撃タイミングが彼女によって良い意味で強制的に加速させられているようだ。
尻を叩かれた彼のレールガンが瞬時に火を噴き、一発目の弾丸がシックルの胴体のド真ん中を貫き、すぐさま放たれた次弾は正確に頭部を貫いていく。
これには冷酷そうなリサの機嫌も僅かに良くなったようだ。
<ふん、今のは中々ね……次はもっと急ぎなさいっ! ふん、ナンパは早い癖に射撃はトロトロなんだからっ! ほら、分かったなら返事しなさいっ!>
「ナンパ……何でそれを……」
<何よ! 覇気がないわね……って言うか、一発で正確に仕留める連中が異常なの! あんたは自分の出来る事をやりなさい! 分かったの? 返事は?>
「はい……」
弱々しい大崎の声を合図にシミュレーションが終わりを告げる。
だが、ようやく出てきた彼の葬式のように暗い雰囲気とは打って変わってシミュレーションの結果の方は想像以上に華々しいモノとなっていたようだ。
映し出された数々の情報に思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「これは……凄いな……」
驚くべき事に優秀なテストパイロットたちの撃破タイムの二分の一……つまり、彼は今までの半分のタイムでクリアしてしまったのである。
その優柔不断な性格の所為でテストパイロットたちと五分といった能力の持ち主である彼が撃破タイムを半分にまで縮めてしまったという事だ。
全てはリサの尻叩きのおかげだろう――
その結果は見ての通り、敵を発見してからの射撃までの速度、敵の攻撃を確認してからの回避までの速度、その全てが桁違いとなっていたのだ。
「大崎……本当に凄かったぞ」
明らかにげっそりとした様子で出てきた大崎を俺は優しく迎える。だがやはり、何度も何度もリサに詰られた事で彼の精神は大いに摩耗してしまったようだ。
相性の良さとは――
俺の場合はアリスが話し相手となり、様々な作業のフォローをしてくれた事によって精神面の楽さを感じたのだが、大崎はそうはいかなかったようだ。
だが、いずれは彼も『この特殊な環境』に慣れていくのだろうか……相性の良さで選らばれた結果のはずなのにと俺は少し悩んでしまう。
「リサくん……君の性格は良く分かったが、もう少しばかりの加減はできないだろうか……その……大崎の精神は弱くも無いが……決して強くも無いんだ」
何時の間にか切り変わった大型モニターの映像、そこに何時の間にか映っていた非常に満足そうなリサへと俺は声を掛ける。だが……
「弱いのは知ってるわ……その上で甘やかさない方が良いという事よ」
何処から出したのか、画面内の豪華な椅子にふんぞり返ったリサ……深く深く座り込み、軍服のスラックスに隠された長く美しい足を大胆に組んでいる。
そんな彼女の短いながらに的確な言葉に俺の方は反論できなくなる。
そう、思い当たる節が大いに在ったという事だ――
「俺が甘やかし過ぎたという事か……確かに……」
<適材適所って奴ね! 性格上、貴方が厳しくするのは無理ってこと! これは私の楽しみ……じゃなかったわね。そう、これは私の役目の一つって奴ね!>
リサが口角を僅かに上げてニヤリと笑う。
冷酷そのものといった笑顔……だが、何処か嬉しそうでもある満面の笑顔を見せたリサの姿に大崎が震える。だが、これも彼の為と思って口を噤む事とする。
だが、その無言の中に驚嘆の声が響く――
「は、博士……光が丘基地から緊急の連絡です……!」
引き攣った声を上げたのは川島女史……彼女の専用のパソコンに緊急の連絡が入った様なのだ。だが、その声の調子から余り良い連絡では無い事が窺える。
この普通ではない様子に西田博士もすぐさま真面目な表情へと変わる。
「梓くん……何があったか、簡単に説明してくれ」
そう言った西田に促され、一度だけ唾を飲んだ彼女が口を開く。
「意識不明の者たちの身体に……何かが寄生しているとの事です。思ったよりも成長が早く、既に緊急手術を開始したようですが、手術支援が可能なロボットは一基のみで……近隣の外科医を集めても全く人手が足りていないそうです」
この場にいる全員の背筋に冷たいモノが走る。その次の瞬間、自身のパソコンのメールに素早く目を通していた西田が真剣な表情で口を開く。
「状況から判断して高確率で『アンノウン』の子供たちだな……すぐにここの医師団を集めろっ! 生まれるまでどのくらいか分からんが僕たちも向かうんだ!」
この雰囲気の変化に凹んでいた大崎もようやく正気を戻したようだ。
「わ、我々も戻りますか?」
「彼らが行くのだから我々も戻るしかないだろうな……田沼や他の皆の事も心配だしな……まあ、兎にも角にも許可が下りれば……だが……」
少しだけ考えた俺はすぐさま西田へと声を掛ける。
「こいつの調整は終わってますよね? それと……」
アリスが動かしていた改良型を指し示した俺の言葉に西田博士が力強く頷く。
「ええ、もちろんです。ただ、先ほどのデータを使って貴方たちに合わせた微調整をします! それと旅団長への確認は僕が取ります。出撃は一時間ほどかと……」
この本来のというべき彼の優秀な姿に少し驚きながらも俺は答えを返していく。
「了解しました。橘一等陸尉、準備完了まで待機します!」
「お願いします。それと専用のスマートフォンです。彼女たちとの対話用のアプリが入っているので持っていて……あ、使い方はアリスたちに聞いてください」
二台のスマートフォンを西田から押し付けられると同時に俺も踵を返す。同時にAIにも関わらず少し困惑した様子のアリスたちへと声を掛ける。
「一度だけでもシミュレーションが出来て良かったと考えよう! アリス、大崎とリサも隣室へ……現在、我々の小隊は一人が欠けた状態だ。欠員が補充されるのかも分からん。一応、そのまま戦闘開始となった場合の連携について話し合うぞ」
手短に状況を伝え終えた俺は急ぎ隣室へと向かう。
◇
「繰り返すが、基本的には向こうの指揮下に入って命令を待つ事になる。だが……到着と同時に戦闘になってしまう事への覚悟だけはしておいてくれ……以上だ」
幸いな事にアリスもリサも基本的な軍事行動への理解、俺と大崎の行動原理についての理解が深かった。一通りの注意事項だけで済ます事が出来たという事だ。
<誠二、どうしよう……す、少しだけ不安かも……どうなのかな……>
「不安? そういう事も感じられるのか……素晴らしいな!」
<ち、違うでしょ? ここは不安そうな私を元気づけるところでしょ?>
「それもそうか……ふむ……」
意にも返さず落ち着き払うリサ、経験の蓄積の為に情報が欲しいと申し出てきたノア……この二人と違い、アリスは少しばかりソワソワとしているようだ。
データの蓄積の開始が他の二人よりも遅いアリス……落ち着きを保つ為のデータ蓄積が足りなかったのだろうか……もしかしたら代わりに『経験不足の時は緊張する』というデータを多く得てしまったのかもしれないなんて事も考える。
何にせよ、人よりも人らしく緊張するアリスへと声を掛ける。
「不安は緊張を起こすが、代わりに集中力も呼び起こす」
<何よ……それだけ?>
「ふふ、それじゃあ……君に失敗が在ったら俺がフォローしよう。俺が失敗したら君がフォローをしてくれ。これこそ『二人乗り』のメリットだと思わないか?」
小さなスマートフォンの中の少女が笑顔へと変わる。
<悪くない考え方……まあ、そこが気に入ったんだけどね>
「一仕事を終えたら『その辺の話』も聞かせてくれ」
そこまで口にしたところで室内に凛とした声が響く。
「橘一等陸尉、旅団長から出撃の許可が下りました」
声の主は川島……彼女は既に落ち着きを取り戻したようだ。
そんな彼女に表情を見せる為、俺はすぐに部屋の角にあるカメラとモニター、スピーカーとマイクがセットとなったマルチデバイスへと向き直る。
「了解です。状況をお願いします」
この言葉を合図に休憩室が簡易的なブリーフィングルームへと変わる。そして小さな咳払いに続き、川島の実に聞き取りやすい声が響き渡る。
「既に『産総研』に所属する医師団は出発しました。橘一等陸尉と大崎三等陸尉は『AA-PE』に搭乗し、すぐにこれを追って下さい。今から医師団の移動ルート、二人の進軍ルート……及び機体の装備情報、現在の天候などの情報を全て送ります」
「了解、橘一等陸尉以下三名……全力で出撃準備に掛かります」
残りの細やかな情報は道すがらに『足の速い車両』で並走しながら伝えていくとだけ伝えられて川島からの通信が途切れるや否や我々も動き出す。
ともあれ、『出撃準備開始』という事になったようだ――