015 三人の『AI』
自分を当てて欲しいというアリスの我儘を受け、俺は小さく溜息を吐き出す――
怒っているからでも呆れているからでもない。
これは感嘆の溜息……機械的なエルザと全く異なり、それぞれの感情や欲望を出すまでに至ったという新型のAIに俺は心底驚いてしまったのだ。
まあ、その欲望という部分に一抹の不安はあるが――
だが、何はともあれ、まずは期待に満ちたアリスの要望の方に応える事とする。
「左の金髪の少女……君がアリスで良いかな?」
当然と言えば当然だが……
俺は唯一、表情を隠し切れずに笑顔となって小さく手を振っていた少女……先ほどからは少し不満そうに頬を膨らましていた、あからさまな少女を指し示す。
一応、その理由は三つある。
手を振ってきた事実が第一、戦闘時に見せた言動に見合った生意気さを残した面構えである事が第二、そして俺の勘が間違いないと告げている事が第三である。
そして俺の勘が正しかった事が早速とばかりに彼女から告げられる。
<流石、誠二っ! 当ててくれて嬉しいわ! 本当はさっきの時点で私に声を掛けて欲しかったけど……まあ、それは許してあげるわっ! ふふんっ♪>
満面の笑顔となった彼女の一段ばかり高くなった声が響く。そんな彼女が表情だけでは嬉しさを表し切れないとばかりに画面内を跳ね回る。
どうやら、相棒となる少女の機嫌を損ねずに済んだようだ。
俺はホッと胸を撫で下ろす――
だが、そんな満面の笑みとなった彼女の方に物言いが付く。その物言いはここまで表情一つ動かさずに黙っていた長い黒髪をした美しい少女からであった。
<馬鹿じゃ無いの!? 手を振ったら駄目でしょ! ズルじゃない!>
<ふ、振ってないわよ!? む、虫よ! 虫を追い払ったのよ!>
<はぁ? 私たちの空間に居る訳ないでしょ>
やや目付きは悪いものの紛う事なき美少女と言って差し支えなかった女の顔が思った以上に歪み、その余りに酷い言動も相まって思わず俺も面食らってしまう。
そんな少し顔を顰めてしまった俺と黒髪の美少女の視線が合う。
何故、モニターの彼女と俺の視線が合うのか、俺の視線を読み取って内部で調整しているのだろうかとズレた考えに及んだ俺に今度は何故か同意が求められる。
<ねえ、誠二さん? 貴方もズルは良くないと思いますわよね? ね!?>
自然な動き、表情の変化が加わった所為なのか、明らかに先ほど以上に美しくなった黒髪の少女……その姿に驚きつつも俺は慌てて答えを返す。だが……
「ま、まあ、ズルは良くないな……ん? ズル? 賭け事でもしていたのか?」
この俺のフッと浮かんだ疑問に今度は膨れっ面となったままのアリスが答える。
<リサが勝手に決めただけよっ! 私を当てられなかったら交代なんて勝手な事を言うんだもん! オッケーを出したのは『マザー』だから代えられないのに!>
<私はあんなナンパそうで軽薄そうな男は嫌なの!>
<リサが自分で相性の良い条件を指定した結果でしょ! 私に関係ないわ!>
突如、指を差されて詰られた大崎が大いにショックを受けて表情を曇らす中、この光景をどうしたものかと眺める俺の耳に今度は涼やかな声が聞こえてくる。
<アリス、リサ……客人の前です。流石に失礼が過ぎますよ?>
アリスの髪色よりも白みがかった美しい金色、その耳に掛かる程度の長さで整えられた金髪が静かに揺れるや否や、ここまで黙っていた真ん中の男が声を発する。
やや細身の身体に合う僅かな高音、嫌味にならない程度に抑揚が抑えられた声がスピーカから聞き取りやすい音となって広い室内にも関わらず軽快に響く。
次の瞬間、その声を聞いた二人が互いに別々の反応を示す。
<ノア……ごめんなさい……はしゃぎ過ぎたわ>
<ふんっ! 私は事実を言っただけ! 悪くないんだから謝らないわ!>
同じと思われるAIでも三人は同格ではないという事なのだろうか――
ともあれ、ノアと呼ばれた男のおかげで二人の言い合いは収まったようだ。だが、代わりとばかりに余り宜しくない静けさが室内に広がってしまう。
この嫌な空気、俺の苦手な空気を早く変えて欲しいという願いを込めて俺はボケッとしている西田博士へと視線を送る。それに気付いた西田は瞬時に満面の笑顔となる。そして早速とばかり、場を仕切らんとばかりに高らかな声を上げる。
「おいおい、三人とも! 大切なお客さんの前なんだ! 静かにしたまえ!」
頼られた事で気を良くした西田の嬉しそうな注意喚起の声……だが、早々に『仲の悪そうな二人の少女の仲良さそうな被り声』によって阻止されてしまう。
<<あんたに言われたくない!>>
見事なまでに合わさった叫びが響く。そして……
<……って言うか、同じことをノアが言ったばっかじゃん!>
<ホント……あんたって何時もどっか抜けてるのよね!>
癖の強い二人の少女による交互の罵倒が鋭いナイフのように西田博士の心に突き刺さっていく。その罵倒が彼の普段の生活まで及んだ所で俺は改めて声を掛ける。
「くっ……恋人がいない事は関係ないだろ……」
「博士……傷心のところ申し訳ないが、彼らについての説明をお願いします」
◇
別室へと案内され、一部の説明を受けた俺は大きな大きな溜息を吐き出す事となる。涙目の西田博士から俺が分かるだろう範囲を掻い摘んで話されたのだが、それだけでも圧倒的な情報量であり、簡単に言うと頭がパンクしてしまったのである。
これではいかんと目を瞑り、まずは頭を整理する事にする――
さて……俺が何度も何度も改善願いを出していた『パイロットの反応が速くなれば速くなる程に常に一歩遅いと感じてしまう』という問題点……これはAI『エルザ』のレスポンスを上げる事でしか成し得ないという大きな問題点であった。
しかし、この問題点の方は比較的に簡単に解決する事となったようだ。
戦時ならではの技術の超集中……この短期間で『AA-PE』に積み込む事が出来るコンピューターの高性能化が進み、合わせて小型化が進んだ為である。
これにより、AIは今まで以上に早いレスポンスが可能となった。更に戦闘パターンを事前に学習させる事で人に合わせた工程のショートカットをさせる事までも可能となったのだそうだ。ここまでは正に俺の望んでいた新型のAIと言えるだろう。
だが、『産業技術総合研究所』はそれ以上のモノを造り出す事となる。
それが『アリス』、『ノア』、『リサ』の感情を持った試作型AIである――
彼らは『イザという時に人に代わって行動できるAIを作り出す』……これを目標にした産業技術総合研究所の巨大プロジェクトによって生み出されたのだそうだ。
だがまあ、このプロジェクト……やはり一筋縄とはいかなかったようだ。
そう、彼らが人の行動の完全な予測に近づけば近づくほど言う事を聞かなくなってしまったのだ。イザという時に人に代わって行動できるレベルの知識を得た瞬間に彼らは自身で更に知識を増やし、勝手に動き出すようになってしまったのだ。
信じられない程の大問題である――
だが幸い、この件は早々に改善案が示される事となる。
その改善案を示し、そのまま彼らAIの教育工程を一手に引き受けたのは産総研の高性能スーパーコンピューター群、通称『マザー』であった。
兎も角、彼女が示した改善案の方は比較的に簡単な事であった。
まず、彼らAIの記憶領域に現代の社会情報を固定で植え付ける事で学べる幅を限定した。同時にAIの人格の方向性として最初の開発者を父の性格という情報を与える。その父の性格から逸脱しない範囲でしか個性を待たせないようにしたのだ。
これに新しく作られたAI条項という制限も加わり、遂に人格搭載型AIは完成へと至る。そう、『イザという時に人に代わって行動できるAI』が完成したのだ。
だが、ここにきて新たな問題が起こる――
そう、より人らしい人格が加わった事で好き嫌いが発生してしまったのだ。
そして今日の一件、俺と大崎が呼びつけられた件へと繋がる。何でも彼らの好みやら何やらを考慮してスパコン群・マザーが選定したとの事だそうだ。
この選定の結果は……先ほどのシミュレーション通りとなる――
ようやく落ち着きを取り戻した俺は小さく溜息を吐き出す。
◇
さて、メインルームへと戻った俺の視線がモニターへと釘付けとなる。理由は簡単、これから開始するシミュレーションの様々な情報が映し出されていたのだ。
全体のマップ、天候、現在の敵の位置と大崎の位置、双方の現在のダメージ状況、そして大崎の機体を中心とした一人称視点と三人称視点の映像、最後に彼を主役として取った映画のようなカメラワーク映像へと順繰りに目を向けていく。
その主役となった大崎も既に戦闘準備は万端のようだ。だが……
「あの……僕も……その……『リサ』って呼びつけても平気……かな?」
<駄目……さんを付けなさい>
「あ、はい……すみません……」
冷たさすら感じるリサ……あの作り物と見紛うような美しい顔の造形……まるで漫画やアニメの世界の住人のようなリサという少女の強い一言で大崎が黙る。
早速とばかりに尻に敷かれてしまったという事だ。
ややお喋りなところがあるが、誰にでも優しくできる……そんな気の良い青年である大崎と狂気を秘めてそうな彼女の今後も続く関係性が確定した瞬間である――