014 人馬一体、重なる力
群れから分断したβ1と2……その二体を仕留めに向かう――
急激な方向転換による強烈な横Gを受けた所為で俺の機体がビリビリと激しく震えだす。だが、前方へと進む力が増えるに従って自然と揺れが止まる。
すぐに正しく真っ直ぐな姿勢、状態へと機体が戻っていく。
さて、普段ならここで足を軽く接地させてバランスを取る所であるのだが――
どうやら、その必要は無さそうだと気付く。
そう……今、俺の機体は普段では余裕が無ければ滅多に使う事の無い足裏や足首に隠された小型ノズルまでが使われてバランスが取られていたのだ。
人よりも圧倒的に精密な噴射管理が幾つも同時に並行してなされている……という事だ。驚きの余り、戦闘中だというのに思わず目を丸くしてしまう。
しかし、そんな彼女に対する驚愕の想いを必死に抑え込む。
俺はすぐさま両脚部で地面を蹴り、バランスを取る為の作業をパスする事で出来た僅かな余裕を使って逸早く前方へと進む力を生み出す事としたのだ。
だが、それに併せるように今度は背部のノズルから一斉に火が噴き出していく。
今度は俺の脳から発せられる命令を載せた『インパルス』をアリスが俺の意識よりも速く読み取ったのだ。圧倒的な速さで事前に行動を起こしたという事になる。
完全に噛み合った我々の機体がただ真っ直ぐに加速していく――
「ぐっ……左腕部、『高周波電熱振動ブレード』起動!」
<了解!>
今までの『AA-PE』では味わう事の出来ない加速度……急発進したスポーツカーのような衝撃を突然に受けた俺のくぐもった声が響く中、高速振動を開始したブレードが上下左右から降り注ぐ雨粒をあちらこちらへと弾き飛ばしていく――
<β3から5は未だ停止中、『β2』へ向けて射撃開始っ!>
ようやく起き上がった二体、後方で藻掻く三体との距離を一気に縮める中、何時の間にか前方へと向けられていた砲塔からバシュンという軽く鋭い音が響く。
その音が鳴り響くか否や、前方のβ2の頭部がパンッと綺麗に弾け飛ぶ。立ち上がり、怒りの表れのように振り上げた両の鎌が力なく落ちていく。
この素晴らしいアリスの精密射撃に合わせて俺も手持ちのトリガーを引く。
似たような軽快な音が響き、初速から最高速度となった弾丸が飛んで行く。そして最も最後尾に位置していたシックルの頭部が先ほどのモノと同様に爆ぜる。
シックル五体、その殲滅の準備は万端という事だ――
「アリス!」
<……っ!? 了解っ!>
この最小の言葉のやり取りで全てが伝わったようだ。
ブレードの甲高い起動音に興奮したように勢いよく突撃してきたシックル……何時の間にか接近してきたシックルを掠める様な軌道を取る為にノズルの向きが変化していく。俺はそれに合わせるように鉄の脚部で力強く地面を蹴りつける。
<一気に行くわ!>
「おうっ!」
『俺の描いたシナリオ』を正しく実現すべく、今度はアリスが行動を合わせる。下方向へ推力を発するノズル全てが瞬時に全開噴射されていったのだ。
敵から逸れるように横滑りを始めた『AA-PE』が斜め上へと浮き上がり、その左腕に装備された『高周波電熱振動ブレード』の刃先がシックルの首筋をしっかりと捉える。二人の合わさった加速力を受けた一撃がシックルの首を瞬時に切り離す。
僅かな衝撃を左手に感じたものの、機体は遥か右斜め前方へと飛んでいく――
勢いのまま機体を半回転させて敵を視界に捉え直し、シックルの群れから大きく距離を置いた俺……自身と機体が完全に一体となったような奇妙な錯覚を覚える。
◇
開かれたハッチから冷たく澄んだ空気が流れ込んでくる。火照った身体をブルっと震わせた次の瞬間、外からモニターを見ていたという大崎から声が掛けられる。
「た、隊長……す、凄かったですね……」
ここに来てから幾つもの驚きで口が開いたままとなっていた大崎……やはり、その口は開いたままのようだ。続く言葉を失くし、今は頷き続けている。
今度はハハッという愛想笑いと呆れを含んだような乾いた声が掛けられる。
「嫌がらせした僕が言うのも何だが……本当に凄かったよ……噛み合ったパイロットとAIの能力がこれ程の力を発揮するとは……考えてもいなかったよ」
色々と思う所があったはずの西田博士まで呆然としてしまったという事だ。そして……そんな驚愕を感じてしまったのは彼ら二人だけではなかったようだ。
「テストパイロットたちの能力だって低くないのに……環境が悪化しているにも関わらず、彼らのタイムの十分の一って……ちょっと、信じられないですよ」
川島を中心に他の者たちもちょっとした大騒ぎとなっているようだ。まあ、何はともあれ、俺が興奮を隠し切れないのだから仕方がないと言うしかない状況だ。
シミュレーターのハッチを解放したものの、興奮のあまり全く動く事が出来ずに内側で呆けてしまっていた俺に今度はアリスから声が掛けられる。
<私たち中々に良いパートナーに成れると思うのだけど……ど、どうかしら?>
何やら気掛かりな様子を見せるアリスの声色と言動……そんな彼女に対して『もちろん』だと、すぐさま声を掛けようと思った俺だが、一つの疑問を思い出す。
申し訳ないが、まず西田博士へと声を掛ける事とする。
「アリス、済まないが少し待っていてくれ! 西田博士っ!」
思わず大きな声となって出てしまった俺の言葉に皆の視線が集まる。そして……この俺の表情に気付いた西田博士がゆっくりと答えを返す。
「分かっている……分かっているさ! 事前に何か秘密にしたって件だろ?」
それ以上は何も言わなくて良いから黙って待っててくれ……そう言わんばかりに両手を顔の前で何度も交差させながら西田が近寄ってくる。そして……
「問題点はあったんだ! 制限を取っ払ってスパコンで自己学習をしまくったアリスは優秀なAIとなった。だが、放っておいた所為もあって『ものすごーく我儘』に育ってしまったんだ! 今までのテストパイロットたちの言う事を全く聞かず、ここまで一度も真剣に戦いやしなかったんだ! なのに、この子は……!」
<な、なによー>
「なによーじゃないだろ! 今まで何をしたか覚えてるだろっ!」
そのまま雪崩を打ったように説明を続ける博士を何とか諫める――
「なるほど、それは……本当に大変でしたね……しかし、ふむ……真剣に戦わずですか……だが、その上で実験がここまで継続されてきたという事は……それでも『アリス』たちに一定以上の成果が出ていたという事ですね……?」
その俺の疑問の言葉にすぐに西田が答えを返す。
「彼女たちを完全に活かせる環境さえあればエルザより圧倒的だね。まあ、言いたくないが駄目な点は一つ! 僕への態度を見れば理解できるとは思うけど……この子たちは信じられないくらいに人の好き嫌いが激しくなってしまったんだ」
鼻息荒く断言した西田……少し誇らしげにも見える彼を上から下へと眺める。
「好き嫌い……それは何とも……まあ、汎用機に組み込むには不安ですな……と言うか……こいつら……? まさか、アリスが機体ごとに配備されるのですか?」
「造られたのは三人分だけっ! 独自の部分のコピーなんて独自の人格を持つ彼らが絶対に許さないって事だよ。さあ……皆、改めて挨拶をしてくれっ!」
突然の情報に驚いた俺の背後……三つの大型モニターが同時に起動する――
それぞれに映し出されたのは一人の青年と二人の少女……それぞれが揃いの儀礼用と思しき豪華な金の縁取りがされた白い軍服らしきモノを纏っている。
全員が揃って信じられない程に美しい姿をしているのが一瞬で見て取れる。
まず、俺は真ん中に映し出された端正な顔立ちをした男性へと目をやる。こちらの視線に気付いたのか、男が小さく礼儀正しく会釈をしてくる。
監視カメラでもあるのか……そう訝しむ俺の目の端に今度は小さく手を振る少女の姿が映る。最初の男の左に映し出された金髪碧眼の可愛らしい少女である。
さて、一見すると聡明な才女と言わんばかりの少女……だが、口角と目尻の上がり具合に生意気さが見える。何と言うか、非常に勝気な表情が見て取れるのだ。
間違いなく、彼女がアリスだろうと断言できる見た目をしているという事だ。
(隠し切れていないが真面目そうな表情を維持しようとしているし、手を振るのも隠し気味……何だか分からんが、こっそりと俺に気付いて欲しいという事か……)
ともあれ、何が何だが分からないので会釈を返して視線を逸らす。
あからさまに不満そうな表情に変わった彼女から視線を逸らし、今度は最後の少女……長い黒髪をしたやや眼付きの悪い少女へと目を向ける。
(アリスよりも大人びて見える……恐ろしい程に美人だが、気が強そうだな……)
この子は面接用の写真のように表情一つ変えずに正面を見据えている。わざと視線を合わせない様にしているとしか思えないような様子を見せている。
一体、何のつもりだろうか……
(目線も合わせない? 俺たちへの挨拶……だけではないのか?)
三人の突然の出現に戸惑う……そんな我々同様に戸惑う西田が声を掛けてくる。
「アリスがね……自分を当てて欲しいんだとさ……」
つまり、これはちょっとした余興……という事のようだ――