130 作戦概要
田沼と大崎……やはり、この作戦会議には参加したいらしい――
「本当に休まなくてよいのか?」
「その為に……手術までしたんですから……当然、参加します!」
「俺だって……関わる以上は……しっかりと知っておきたいですから……!」
明らかに力のない声で元気に答える二人の姿に思わず眉を顰める。
「しかしな……」
やはり、麻酔も使われたというのだから、まずは休んでもらいたいという気持ちがあるのだ。だが、彼らの精神安定上は参加した方が良いのも分かってしまう。
「「隊長……」」
そう、自分の部下だけあって彼らはどこか俺に似た所があるのだ――
どうするのといったアリスの心配そうな視線を横目に俺は仕方なしと答える。
「辛くなったら……遠慮なく言うんだぞ……」
「「はいっ!」」
さて、この俺の半分は渋って半分は嬉しがっているような表情に気付いたのか、ずっと横から黙って見ていた前澤連隊長が小さく笑みを見せてくる。
そんな彼が改めて長くなるぞと口を開く。
「今作戦の概要は先ほどに言った通りだ。我々は動員できる全ての戦力を使い、関東平野を一気に抜けて北上する。標高が僅かに上がるだけで風が激烈になる事を踏まえた敵の進行ルートは僅かに二ヵ所……そこを塞ぐ事が今回の作戦の目的だ」
だが、この極力短く纏めた説明に早速とばかりに疑問の言葉が入る。
「今、関係ないのは分かっているんですが、新潟の方は大丈夫なんですかね?」
あそこは三ヵ所目のルートですよねと続けた大崎の疑問に前澤が答える。
「貴様の言う通り、今は関係ない……が、その身体でそこにいる貴様の為に疑問に答える……幸いな事に今も新潟とは通信による連絡は取れている。基地は無事であり、敵影も無いと聞いている。だが、それでも全く信用することは出来ない」
この全く大丈夫ではないという話に田沼とノアが相槌を打つ。
「私は洗脳装置が作動した状態で目覚めたらしいのですが、その際の前後の一切の記憶がありません……ですが、それなりに動き、普通に喋っていたそうです」
<よく知る者であれば、僅かに違和感がある。しかし、そうでなければ、特に疑問を覚える事のない程度、体調を心配される程度での行動が可能と思われます>
正直な所、その洗脳装置とやらが『どれほどの数があったのか、実際の能力がどれほどなのか、田沼のモノが特別なのか』……今の所は全く分からない。
だが、田沼の例がある以上、今は何も信用する事はできないという事だ。改めて何か不安を覚えたのか、前澤が俺の耳に僅かに聞こえる程度でポツリと呟く。
「最近まで連絡が取れていたと思っていた群馬ですら、あれだからな……」
ともあれ、この連隊長の様子に大崎は大いに不安を覚えた様だ――
「そ、その……し、信用できないって……ど、どうするんですか?」
だが、この明らかな不安の吐露を受けた前澤はすぐにハッキリと答えを返す。
「あちらを信用する気はない。そして……今の所、それで問題は無い」
元々、あちらは敵の出現が少なかったんだと言った前澤が更に言葉を続ける。
「貴様らも話くらいは聞いた事はあると思うが、向こうは異常な偏西風……平地ですら、『AA-PE』がまともに動けない程の風が常に吹き荒れているんだ」
そう言った彼の言葉に俺もすぐに相槌を打つ。
「専用アーマーを取り付けた重量級の『AA-PE』でしか、活動できないとか……」
「うむ、あちらの状況はかなり特殊でな……偶に姿を現すのは大型で異形な姿をした個体であるし……何よりも敵との遭遇自体が恐ろしい程に稀なんだそうだ」
最近では連なる山々の木々も禿げ上がってしまい、もはや風雨を防ぐモノが一切なし、その所為あって以前にも増してインセクタムの姿を見ないのだそうだ。
「それも……向こうからの情報ですか?」
「いや、こちらの人員……先日の身体検査で心身ともに問題ないと確認済みの人員が向こうから持ち帰った情報だ……一か月ほど前の少し古い情報だが……」
まあ、比較的に確度が高いといった彼が溜息交じりに更に言葉を続ける。
「何より、このタイミングで仮に新潟方面から攻める事ができるなら、もう我々は手は打てん……新潟方面軍の大半が洗脳されているとなった場合もな……」
どうやら、こちらが本音のようだ――
だから、これ以上は考えるだけ無駄だと言った前澤がここで話を進める。
「さて、まずはノアくんが手に入れた別の情報からだ」
その言葉に合わせるように咳払いをしたノアが引き継ぐようにして口を開く。
<マザーは……何らかの方法でインセクタムの行動のコントロールを可能としました。どのような技術かは分かりませんが、以前のようにただ漠然と人類を捕食する為に向かってきていたインセクタムが今までにない行動を取る様になりました>
彼の話に合わせて過去のインセクタムの行動異変が一覧となって表示される。
朝霞駐屯地への奇襲、新種・ワスプの発生、光ヶ丘基地での火事、光ヶ丘基地への攻撃に合わせた病院内のワスプ同時孵化、強行偵察時の都合の良い会敵、捕獲作戦に合わせた新種の発見、『荒川・入間川』防衛戦での異変、そしてスバル基地からのSOS、そして川口避難所での一件、どれも我々が遭遇したモノのようだ。
「まさか、これら全部……マザーが?」
この俺の唸るような呟きに小さなウィンドウに表示されたノアが首を振る。
<正直、確定は出来ません……ですが、朝霞駐屯地への奇襲以降、インセクタムが集団を形成し、異様というべき行動を幾つも取っているのは事実です>
そう言ったノアが更に説明を続ける。
<さて、このマザーによるインセクタムコントロールは奇襲や待ち伏せなどを可能にしたというメリットもありましたが、当然のデメリットもありました>
その言葉に続き、モニターにまた新たな情報が映し出される。
何やら、沢山の計算式にグラフ、そして幾つもの長々とした注釈……こんなモノを出されてもよく分からぬといった俺の視線を受けたノアが早速と答える。
<一つ一つの説明をしていると、全く時間が足りないので簡潔に伝えさせていただきます。これは様々な事から想定したインセクタムの現状の生息数となります>
「その赤字がそれか……一万から五万体と書かれているが……少なくないか?」
<そう思います>
これはマザーが隠していた情報の一つ……ありとあらゆるカメラなどから集めたインセクタムの行動情報、それらを徹底的に解析して割り出したモノだという。
「ある目撃地点から撃破まで……それぞれの個体を出来る限り追っていたというのか……個体の癖、移動距離まで……しかし、とんでもない情報量だな……」
<その……マザーは各県にあった避難所などからの情報も内密に相当量を持っていたようで……その所為もあり、この情報の精度はかなり高いと思われます>
この付け足されたノアの言葉を合図に細かい事は後だと前澤が立ち上がる。
「さて、隕石落下地点からインセクタムは出現している可能性が高いというのは以前から言われていた。これに合わせてノアくんからの情報、マザーがインセクタムを何らかの方法でコントロールして想定外の大群を用意していたという事だ」
これらを正しいと仮定するならばと続けた前澤が更に言葉を続ける。
「この想定外の大軍……これを我々が何度も何度も撃破したと考えるならば今、このエリアに敵はいない……この情報もそれを裏付けているという事だ」
少し間を置いた前澤がまた静かに口を開く。
「我々は……敵の更なる増援がくる前に最も優位な地形を抑えに行く」
この力強い言葉に合わせて眼前のモニターに新たな情報が表示される。
先ほどの異常な程に大量な情報と入れ替わりに映し出されたのは……分かりやすく、今作戦に動員される事となった我々の部隊の全てであったようだ。
「小隊数が……九ですか……」
「そういう事だ」
小隊の規模は基本的に三機の『AA-PE』と一台のホバートラックで構成されている。それらが三個で中隊となり、指令トラックと言うべき、大型の中隊長用のホバーと移動用レーダー、一機の『JV-28』が随伴する事となる。今回は三中隊と複数の補助部隊が同時出撃となる。つまり、隕石落下後以来、初の大隊出撃である。
「『AA-PE』の予備機を含め、先ほどの医療用トラックに『AA-PE』補修ハンガーを搭載したトラック、『JV-28』専用ヘリパッドを搭載したトラック……そして各種補給物資を積んだトラック……それに偵察バイク数十台……中距離・面制圧用の通常の誘導弾に新型となる誘導弾を搭載した大型トラックも随伴する事となる」
この長々とした説明を終えた前澤が大きく一つ溜息を吐き出す。その溜息が吐き終わるのを確認してから、俺は疑問の言葉を早速とばかりに投げ掛ける。
「面制圧用の新型誘導弾……とは……?」
初耳となる兵器の名前だが、面制圧と書かれているのだから、そういう用途なのだろう。やはり、聞かない訳にはいかないと俺は前澤連隊長を見据える。
その訝し気な視線を受けて彼が何かを探し出して読み上げる。
「こいつは西田博士が、いずれ行われるだろう国土奪還作戦を想定して開発していたんだそうだ。エリアへの着弾と同時にインセクタムの波長にだけ合わせた電磁パルスを放出、これによって一時的に奴らを混乱させる事ができるのだそうだ。そして何よりも地下にある建造物などには極力ダメージを与えないとされている」
「博士が? その……連隊長は……これが信じられると?」
「機能面は問題ないと川島から聞いている」
更に書類の山を素早く漁った前澤が数枚の書類を束にして渡してくる。
「これは……凄いな……」
これまで捕獲した様々なタイプのインセクタム全てが同一の強い電気信号を使って行動しており、それを強烈な電磁パルスで攪乱する事で一時的な行動不能にさせるという事らしい。上手くいけば、マザーの指令も乱せるかも……との事だ。
「こんなモノまで用意してくれていたというのか……」
<ね、凄いよね! ホントに裏切ったなんて……信じられないよね? ね?>
確認を取るかのようなアリスの言葉に俺は小さく頷く。
確かに西田博士はマザーと共に……と言って良いタイミングで突然に姿を消したが、やはり裏切りをするような人物とは到底思えないと考えたのだ。
「そうだな……彼はやはり、この件も含めると尚更な……」
少し誇らしげに……そして少し寂しそうにしたアリスがモニターの中で小さく笑みを浮かべる。そんな彼女に微笑みを返した次の瞬間、前澤が話を戻す。
「兎に角、我々はこの戦力を持って戦線を一気に押し上げる」
そう言った前澤の言葉に合わせてモニターの表示が地図へと変わる。
「群馬方面軍の壊滅による穴埋め……というよりも、あのエリアの索敵、調査と護衛の為……第四旅団からは部隊が出せなかった。その為、我々は後方各地から治安維持部隊も掻き集めて無理やりに現在の防衛ラインを維持する事となる」
「群馬の調査は……まだ終わってないんですか?」
「まだだ……分かっているのは『AA-PE』を含む、山のような様々な素材が奇麗さっぱり無くなっていたという事くらいだ……人の身体も含めて……まあ、人の身体の方の使い道は分かってはいるが……はぁ、これはまあ良い……続けるぞ」
さて、目標到達までの予定は一週間、余裕のある第一旅団の部隊は茨木県日立市へと単独で向かい、我々の第二旅団と第一旅団の一部が福島県二本松市へと向う。それを消耗の激しい第三旅団が後追いでフォローするという形となるそうだ。
「中央は東北自動車道を……? 使えれば速いでしょうが……」
「衛星からの情報が生きていた段階では無事だったそうだ。インセクタムが率先して壊すとも思えんし、風化して崩壊なんてことも、まだ無いだろうという事だ。まあ、途中で問題があれば、それは施設課の役目……貴様が気にする事ではない」
ともあれ、これが今作戦の概要という事だ――
そんな中、俺の頭に最後の疑問が思い浮かぶ。
「その……途中の避難所は……」
そう、途中には大型の避難所が幾つも点在しているのである。だが……
「先ほどのノアくんから情報にもあったが、マザーは各地の避難所のカメラも把握していた。当然、中の様子も……まあ、見えない位置もあるにはあるが……」
言葉の続きは無いが、もはや絶望的だという事だけは伝わってくる。もちろん、無事かどうかの確認はしていくと言った前澤連隊長の言葉に俺も一応は頷く。
そのまま細々とした情報の伝達が行われていく――




