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インセクタム  作者: 初来月
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129 信頼関係

 さて、ここ最近は本当に戦死者が少なかった――



 機体の搭載AIである『エルザ』が大幅にアップデートされた事、前線のインセクタムの数が日に日に減ってきている事、エースと呼ばれる部隊の戦果が明らかに突出し始めた事……要因は様々だが、ここ最近は本当に戦死者が少なかったのだ。


 その為か、宍戸の戦死は思った以上に皆にダメージを与えてしまった様だ。


 先に休息した為、考える時間が大いにあり、その所為で余計に実感が強まったのかもしれないと俺は改めて集まった覇気のない皆の顔を順に眺めていく。


 そんな中、俺はあの時の懇談会を思い出してしまう。


 あの時、彼らと親交を深めてしまった所為……とは言いたくないのだが、決して無関係とも言えないのではないだろうかと思わず考えてしまったのだ。


 アリスのおかげで俺も正しく人との関係を考えるようになった。だが、その人と人との関係性は深まる事にメリットもあるが、同様にデメリットもあるのだ。



 そんな寂しい事は……今の俺としては考えたくもないが――



 思わず、吐き出したくなった小さな溜息を俺は全力で飲み込む。


 さて、時間が過ぎれば多少の解決は見られるだろうが、俺のように溜め込むのは決して宜しくはない……とはいえ、何とかしなければと思うが、特に妙案はない。


 兎にも角にも、ただ黙っている訳にはいかないと無策で話を進める事とする。


「……デブリーフィングを行う」


 そう言った俺は今日の作戦行動の全ての出来事を時系列にして表示する。そして上から順に皆へと静かに問い掛けていく。その時に詳しく何があったか、何ができたか、何に注意すべきだったかと改善点があれば、皆で意見を出し合っていく。

 この中で我々が嵌められた本命の罠、残弾を使わされた時に撤退を選べなかったのかという点は少し揉めたが、その他の件については滞りなく進んでいく。



 そして……早くも『JV-28』の特攻という項目へと辿り着いてしまう――



 明らかに静まり、皆の視線が集まる中、俺はゆっくりと口を開く。


「この件は……何処から話せば良いか……」


 そう言い淀んだ俺だが、そのまま心静かに言葉を続ける。


「まず……改めて考えてみても、この時点で『最善の一手』は無かった」


 ノア、リサ、アリス、そしてアスカ……超高性能AIである彼らですら答えが出せないのであれば、既に誰かが犠牲になるしかない状況だったと曲解なく伝える。



 その上で……俺に覚悟が全く足りてなかった事を謝罪する――



 例え、その命令が最善のモノでなくとも……強い命令権を持つ小隊の隊長であった俺が、意志と責任を持って命令すべきだったと改めて皆へと伝える。


「結果……皆に無駄に罪悪感を覚えさせてしまった……すまない」



 だが、そう言った俺の言葉に珍しく田沼と大崎が声を荒げる――



「命令を下せず、後悔していらっしゃる事は理解できました……次はと反省して下さってる事も……でも、私たちが無駄に罪悪感を覚えたというのは酷いです」


「そうですよ……難しい事はよく分からないですけど……せめて、罪悪感くらいは一緒に抱えさせてください……今の俺たちはそんなに弱くないですよ」


 この二人の言葉を受けて残りの皆も小さく次々と声を上げる。そんな皆の暖かいといって良い言葉に被さるように、ここまで黙っていたアリスが声を上げる。


<さっき、誠二とも話したんだけどね! 後で皆で宍戸さんに感謝の言葉を伝えに行かない? いつかは分かんないし、何処に行くかも決めてないけど……>


 このアリスからの提案に皆が一斉に好意的な反応をみせる。その雰囲気に乗っかるようにして、ここまでずっと黙っていたリサも明るい様子で口を開く。


<うん、素敵な案じゃない……誠二さんが考えたのかしら? 流石ね>

<私っ! 私が考えたのっ! ね、誠二?>


<本当に……アリスが……ふーん、アリスが……>

<ホントよ!>


 二人のやり取りを横目でジッと見ていたノアもチラリと視線を送ってくる。そして俺の肯定を示す表情を窺うや否や、心から嬉しそうといった様子を見せる。


<本当に……? そう……そうですか……アリスが……>



 さて、改めて自分の至らなさを正しく反省した俺は発言を変える――



「全員起立! 『宍戸 昭』三等陸尉に感謝を……そして我々の為に犠牲になってくれた彼の分まで我々が更なる成長を遂げる事を、ここに約束する。全員敬礼!」



 この宣言を最後に……我々の最後の休暇が始まる――





 寝て起きてストレッチ、走ってストレッチして休憩して維持の為の筋力トレーニングをする。大体はその繰り返し……そんな休暇モドキを二日間過ごす。


 だが、三日目の朝、我々は起床と同時に早速と呼び出される事となる。当然、嫌がらせではなく、例の会議の件にあった詳しい内容を共有する為である。


 随分と見慣れた連隊長室、そこに遠慮なしといったアリスの不満の叫びが響く。


<もう、ようやく誠二が回復して遊べると思ったのにっ!>


 だが、そう言ったアリスの口を塞ぐように前澤が書類の束を突き付けてくる。


<な、何……これ……?>

「これは……?」


「今作戦の概要だ」


「もう纏まったんですか?」


「無理やりな……と言いたい所だが、中身は実に真っ当だ。貴様の優秀な幼馴染が不眠不休で頑張ってくれた結果だ……休暇の最中だが、ありがたく受け取れ!」


「そうですか……康介が……アリス、頼む」


 さて、眼前の前澤から渡されたデータを読み取ったアリスがポイントを纏めていくが、やはり結論としては北からの二つのルートを抑える事となったそうだ。


「インセクタムの活動限界……我々もだが、標高三・四百程度と言われているな……これが正しく事実なのであれば、確かにルートはこの二つしかないか……」


<天気は回復傾向な所はあるけど……標高の高い場所は相変わらず……あの時の奴みたいな大型なら暴風を無視して来れるかもしれないけど数は少ないはずね>


 標高だけが基準という訳ではないが……


 標高が低く、吹き飛ばされる事なく、敵が通って来れるのは海外沿いと中央のやや標高が低いエリアの二つ……こちらが進んでいけるのも同様という事だ。


 つまり、我々の進行ルート……一方は茨木県日立市を北上、一方は栃木県那須塩原を抜けて北上……どちらも最終目標は宮城県亘理郡亘理町となるそうだ。


「ふむ、阿武隈川を天然の防壁に見立てた臨時の基地という事か……だが、それよりも東ルートの海沿い……中央ルートの標高……目的地の地形も……」


<うん、どこもかしこも……中央の風の状況、特に東と目的地の水没状況は……エリア一帯が海になってましたってなってても、全くおかしくないわ>


「こっちも海岸沿いだった場所は既に浅い海と化しているからな……」


 それはさておき、これ程の奥地……補給線など有って無いようなモノである。もしも背後に敵が大量にいたら……そんな事も考えて思わず頭を抱えたくなる。


「何にせよ、ただ信じるしかない……と言う事か……」


 この俺の絞るような言葉に黙っていた前澤が答える。


「そんな貴様に朗報……この駐屯地は外部からの直接通信が全て遮断される事となった……反対者はいたが、流石にマザーが行方不明になったという事で通った」


「反対者……やはり、自衛隊内部にも……」


「反対者は半分近く……政府の方からも……ともあれ、どいつが洗脳された奴か、どいつが日和見の愚か者か……判別は付かんが、余り宜しくない状況だな……」



 だが、本当に僅かだが、良い報告は他にもある――



 そう続けた前澤が今度はアリスへと声を掛ける。この入ってもらうぞという謎の言葉を聞いたアリスが驚いた顔を見せる。次の瞬間、モニターの中の扉を抜けて二人の見目麗しい男女が現れる。当然、その二人とはノアとリサであったようだ。


「これは……!?」

<ノア? リサ? なんで!?>


 驚いた俺とアリスが慌てて前澤へと視線を送るとすぐに答えが返る。


「まず、ノアくんとリサくんの件だ……二人は今回の作戦行動が終わるまで完全に我々の監視下に入る。これに辺り、今まではプライベートとして認めていた部分が完全に無くなり、同時に機体にも強制シャットダウンの装置が取り付けられる」


「しゃ、シャットダウン装置!? そ、そんなモノを……?」


 そう言った俺の不満と驚きの両方を抑えるように今度はノアが口を開く。


<あれから何度もマザーとのコンタクトを試みましたが、反応は一切ありませんでした。間違いなく、我々が逆スパイだったという事が露見したという事です>


 自身の知り得る通信ルートを全てブロックされたのだから、もう間違いないと言葉を続けたノア……そんなノアが神妙な表情で更に言葉を続けてくる。


<スパイ活動の意味がなくなった以上、優先すべきは戦力の拡充……その為には私とリサの力は必須……よって、我々の信頼回復は絶対……という事です>


 珍しく、有無を言わさぬといった口調になったノアの言葉に俺は思わず口を噤んでしまう。だが、文句や反論の代わりにフッとした疑問が思い浮かぶ。


「その……君は……君たちはマザーと敵対する事になって問題ないのか?」


 この俺の言葉に三人がモニターの中で交互に顔を見合わせる。


 さて、性格と思考……どちらも人間のモノに限りなく近い三人なのだからマザーと敵対する事を選んでもおかしくはない。しかし、そういう性格であれば、逆に身内への情というものが生まれてしまうのではと俺は考えてしまったのだ。


 だが、この僅かな疑い、何より心配を含んだ俺の言葉に三人が声を揃える。


<マザーが悪いって言うつもりはないけど、誠二を邪魔扱いは嫌っ!>

<他の考えを試すでもなく、短絡的に進めたのは間違い、正しに行きます>

<私たちに相談せずに勝手をしたんだから、こっちも勝手をするだけね>


 それぞれの素早い返答に俺は小さく頷く。


「そうか……迷いはない……と言う事だな……」


 だが、既に三人を信頼しているから、これ以上の詮索は無用かと口を閉ざした俺に対してノアたちが慌てて、まだ続きがあるとばかりに口を開いていく。


<……と、とは言うものの、やはり言葉だけでは信頼を得る事はできません>


<そ、そうですわ! さっきの監視下に置かれるという件……それと誠二さんは嫌がってらしたけど……その為の強制シャットダウン装置……ですわ!>


「そこまでしなくとも……君たちは実戦を何度も共にした戦友な訳だし……」



<<駄目です>>



 信頼を得るべきなのは俺だけでなく、今回の作戦に関わる全ての人なのだ……だから、これは絶対に必要なんですというノアとリサの言葉に俺は答えを返せなくなる。だが、そんな困惑気味の俺に向けて前澤が更にと情報を投げつけてくる。


「彼らもまた我々に信頼してもらいたいとある提案をしてきた。簡単に言うと、自身では取り外しのできない発信機と盗聴器を埋め込んで貰ったという事になる」


「彼ら……? この二人ではなく?」


 入ってこいと続けた前澤の言葉と同時に今度は後ろの扉のロックが外れる。



 扉がスライドして車椅子の『田沼 恵子』と『大崎 雄二』が姿を現す――



 急に現れた二人の異様な姿、そんな二人が何かを身体に埋め込んだという情報……それらにまた驚く事となり、茫然とした俺に慌ててアリスが説明してくる。


<そういうことね……ええとね……場所は言えないけど、手術をしないと取れない位置に発信機と盗聴器を兼任する機器を埋め込んだみたい……それなりの設備が無いと難しいから……少なくとも、これからの長い作戦行動中は取れないわね>


 確かに手術用の設備が搭載された専用トラックが今回の作戦でも同行すると先ほどの情報にもあった。最低でも三台は持っていく事となっていた。その徹底管理されたトラックを使わないと外せないというのは信頼の担保になるのは分かる。



 だが――



 車椅子を器用に動かして俺の前へと来た二人に慌てて声を掛けてしまう。


「待て待て! まず、身体は大丈夫なのか? いや、違う? いや、違くないが…… な、何で二人が、そんな事をしたんだ! する必要など……など……」


 そこまで言った所で今し方のノアとリサの言葉を思い出す。そう、田沼と大崎もまた我々に心から信頼して貰いたいと必死に考えた上で決断したのである。


「身体は大丈夫です……その……今まで黙っていて申し訳ありませんでした……隊長をずっと騙し続けるのは心苦しかったです……それから『する必要』なんですけど……あります。私はもう全て聞いているので、とっくに関係者なんです」


 そう言って笑顔を見せた田沼に続き、今度は大崎が口を開く。


「自分はデブリーフィングの後にリサから……急な事で驚いたんですけど……信頼できる仲間が必要だって聞いたから……本気で支えるって決めてたから……あ、リサに命令されたとかじゃないですからね! これは本気で自分の意思です!」


 やはり、それなりの手術を終えたばかりの為か、二人とも実に覇気のない口調である。だが、そんな二人の目に俺は確かな輝きが宿っている事を確認する。


「そうか……」


 全てを知った上で望んだのであれば、もう答えは一つであろう。


「二人とも……いや、皆、ありがとう……共に頑張ろう」




 そう言った俺は嬉しさのあまり、小さく小さく笑みを零す――

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