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インセクタム  作者: 初来月
127/133

127 未来の為に

 この場で出来る最大限の解析を終えたと豪語した西島とアリスが何故か、こちらへと視線を向けてくる。そんな二人の誇らしげな姿にほんの少し迷ったが……



 より誇らしげにしているモニターのアリスへと視線を向ける――



「それでアリス……何が分かったんだ?」


 この俺の言葉を受けて私が選ばれたと満面の笑顔となったアリス……そんな彼女が苦笑する西島へとフフンと小さく視線を向けた後にすぐに答えてくる。


<これはね……ノアが引っこ抜いた『物凄い重要な大量の情報』なのよっ! この中にはね! インセクタムをコントロールする事ができるなんて情報もあるのよ! あ、その技術の中身は抜けなかったみたいだけど……でも、凄いでしょ?>


 だが、そんな誇らしげな笑顔は続く俺の疑問の言葉を受けて曇ってしまう。


「情報を抜いた? 何処から?」


<え、あ、それは……その……>


 明らかに言い淀んだ彼女の代理とばかり、今度は西島がゆっくりと口を開く。


「ノアくんが引き出したのはマザーが表に出さなかった様々な解析データだ。まあ、色々とあるんだが……出来る限り、簡単に言うと、マザーはデータを選別して情報統制していた。たぶん、人類もコントロールしようとしていたんだな……」


 この短い説明を受け、俺は言葉を失くし、アリスは明らかに気落ちする。だが、そんな我々の心持ちを気にしていられないとばかりに西島が更に言葉を続ける。


「時には我々が有利になるように……時には我々が不利になるように……そして結果だけ見れば、彼女は戦線が膠着する様に画策していたという事になる」


 だが、そう言った彼の言葉に俺は当然のように疑問を覚える。


 そう、我々に不利は兎も角、有利になるようマザーが動くとは、どういう了見だと考えたのだ。だが、この疑問を口にする前に西島が更に言葉を紡ぐ。


「残念ながら、引き出す事ができたデータは秘匿されたモノの極一部……なので、確信は持てない。だが、たぶん……マザーは『AI条項と特記事項である日本国民・優先存続』のルールを守りながら『人類の幸福』の為に今も働いているんだ」


「人類の幸福の為……?」


 マザーは明確に人類の敵となった……今の瞬間までそう考えていた俺は少しばかり混乱する事となる。そんな俺の訝しんだ視線を受けて西島がまた口を開く。


「このページに載せられた関連記事……人口爆発を憂う記事から始まり、国境問題、有限な資源の取り合い、それに伴う地球規模の環境悪化に関わる記事などが続いている。他にも宗教に端を発した戦争、人種差別からの内戦なんてのも……」


 昔から全く変わる事の無かった諸問題、見慣れた言葉で書かれたタイトルが続き、そのタイトルは隕石の落下・インセクタムの出現へと続いていく。


「ここから分かりやすく、今までの主流だった大きな問題が無くなる。当然、インセクタム、天候の問題が大きく、それらに構っている暇がなくなったからだ」


 そう言った西島が更に次のリンクを開いていく。そして……


「この項目の件は俺のよく知る後輩が関わった……これにはマザーの工作は見当たらない。大体の話も聞いていた通り、この内容で間違いないと断言できる」


 そう言った西島がゆっくりと画面をスクロールさせていく。


「日本国民における……幸福度指数?」


 どうやら、このページには全国民の幸福度を示す様々な数値や、それに伴う国民から集められた幾つもの参考意見が大量に載せられていたようだ。



 その内の強調されていた幾つかの文章を目の当たりにした俺は言葉を失くす――



「み、皆は……今の方が……幸せなのか……」


 申し訳なさそうに僅かに目を落とした西島……俺はそんな何も答えられないと言わんばかりの彼から改めてモニターの幾つもの項目へと視線を戻す。


 さて、幸福度が圧倒的に低かったのは隕石落下前……これは分かる。


 そこら中で国対国の戦争が起こっており、比較的に平和だった日本ですら各国から水面下で経済戦争を仕掛けられていたのだ。その所為で国内のあるゆる物価、犯罪率が高まり、経済が不安定の極みに達していたのだから、それは仕方がない。


 同様に低いのは隕石落下からのインセクタム出現……天変地異に未知の宇宙生物の発生で幸福を感じる人などいないのだから、ここが低いのもまた理解できる。


 だが、その後の現状の幸福度が高いのは少しばかり理解できない。これまでの不幸の反動でむしろ幸福度が相対的に高まってしまったとでもいうのだろうか……


 明らかに不満な表情を出してしまった俺に気付いた西島がすぐに慰めてくる。


「君らが犠牲になり、全力で頑張った結果……普通の生活をする人々は幸せを感じられるようになったという事だ……誇るべき事……少なくとも俺は誇らしい」


 幼馴染の心からの言葉を受け、俺もすぐに冷静さを戻す。



 だが、そんな彼の言葉は無情にも続く――



「しかし……国内における大半の人々の幸福度は本当に過去最高なんだ。核融合でエネルギーは安泰、大雨の所為で飲料の問題もない、後方が安定した所為で食糧事情も改善されつつある。他所と隔離された事で揉め事は圧倒的に少なくなった」


 今、人々の心に圧を掛けるのはインセクタムの存在のみ……そう言った次の瞬間、彼の顔が歪む。だが、黙っている訳にはいかないと更に言葉が続けられる。


「簡単に言う……マザーは君たちが良い具合に勝ち、良い具合に負け、延々と戦い続ければ、国民の現状の幸せを維持できると考えたんだ。その為に技術や情報を適宜に流していたんだろう。まあ、今は強大な戦力となり過ぎた『君たち』を処分しようと大きく動いたが失敗、そして新たな策の為に雲隠れしているのだろうな」


 今の所、全てはただの想像だがと続けた彼の言葉に今度はアリスが続く。


<マザーは……大多数の人々が、心から幸せなら多少の犠牲は仕方ないって考えてるみたい……例え、数万人が犠牲になったとしても……一億近くが幸せなら……それで良いって……私の事も……誠二と一緒に処分しても仕方ないって……>


 母の余りの所業に目に涙を溜めるアリス……どう言って良いのか分からず、視線を下げてしまったままの西島……そんな二人を俺はただ茫然と見つめる。



 だが、そんな黙ってしまった我々三人に向けて大きく力強い声が掛かる――



「そんなモノは誰が許しても儂が許さんっ!」


 例え、全国民がそれを望もうとも儂は絶対に許さん。民意っ!? 知らん! そんなモノを選ぶ国民など知らんと続けた大森防衛大臣が更に声を上げる。


「良いか、お前たちも自衛隊員である前に国民だ! お前たちも幸せを求める権利があるんだ! 自衛隊員が犠牲になるっての最後の最後の選択肢なんだ!」


 忘れるなと叫ぶように声を上げた大森大臣に神田陸上幕僚長も同調する。


「その通りだ……現状、国民の大半が幸せを感じているのは事実でも、その為に君たち自衛隊員を犠牲にするという選択肢は我々にはない。まずは別の道、奇麗ごとでも皆が幸せになる為の道を探すのが、正しく人としての第一なんだ」


 二人の少し熱すぎる言葉……それを聞き終えた前澤連隊長もここで口を開く。


「大臣の言葉を借りるが、『そんなモノを選ぶ国民』など俺も知らん……俺の知る共に隕石落下後の日本を支えてきた国民は貴様らを一方的に犠牲になどしない」



 断言する――



 このハッキリとした言葉に西島が顔を上げる。


「そうですね……よく考えれば、この設問では誰でも今は幸せだと思うと答えてしまう。ここに自衛隊が犠牲になると前提があれば、答えは当然……変わる」


 今し方の前澤の言葉で西島もようやく目を覚ましたようだ。よしと叫び、自身の頬を両手で気合を入れ直すように叩いた西島が話を変えますと口を開く。


「さて、ノアくんのメッセージには自分は味方、敵は決して多くない、そして札幌の座標が書かれていました。これらを全て正しく真実として受け取るとすれば、この座標が我々の目的地……我々は急ぎ、そこへ向かえという事だと思います」


「そこには何が?」


「消息を絶ったマザーのスパコン……若しくはインセクタムの発生地……」


 そこに何が在るかは今は分からないが……そう続けた西島が一度だけ大きく息を飲む。そして少し言い辛そうな間の後に更に力強く言葉を続ける。


「予備部隊も全て稼働させて関東平野の入り口を……いや、その先……出来れば阿武隈川の河口域まで一気に抑えましょう。インセクタムの活動限界の標高、日本の地形を考えれば今、無理をしてでも、そこまで押し込む価値は高いと思われます」


 先ほどのノアの情報を信じるならば、既に関東平野のインセクタムは手薄なのは間違いない。何度も集団を無理やりに形成し、その度に殲滅された昨今の戦闘結果を考えれば、この情報の確度は高いはずと言った西島が更に言葉を続ける。


「インセクタムは隕石落下後に北から一斉に現れた。それを考えると発生源は北海道に落ちた隕石の欠片、もしくは落下による衝撃で地下から突然、現れ出たという可能性が高いだろう。つまり、その北からの僅かな玄関口さえ押さえれば……」


 この言葉に黙って聞いていた前澤連隊長も頷いて同意を示す。


「最小の防衛ラインだな……そこまで押し上げれば、その後の北上も容易い」


 索敵は最小、進軍速度・距離は最大でという西島の言葉に俺はやや葛藤する。やはりと言えば、やはりだが、この行為で犠牲になるのは我々だからである。



 だが、同じ犠牲ならば、前に進む為にこそ使いたい――



 そう考えた俺は自衛隊員を代表する想いで割り込むように声を上げる。


「我々はいつでも命を捧げる覚悟を持って戦場へと向かっています……それはこの国に住まう全ての国民の幸せの為です……ですが、ただの消耗品のように命が扱われる事は決して望んでいません……我々の命は……未来を勝ち取る為に……!」



 この言葉に全員がハッキリと頷いた事を確認した俺も覚悟を決める――


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