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インセクタム  作者: 初来月
125/133

125 クーデター

 駐屯地へと帰還した俺は休むまなく呼びつけられる――



<ねえ、本当に大丈夫? 脱臼くらいはしている可能性も……拳だって>


「緊急の呼び出しを無視する訳にいくまい」


 俺の身体を心配してくれたアリスに感謝を伝えつつも俺は先を急ぐ。やはり、現状を考えると、ゆっくりしている暇はとてもないと考えたからである。



 僅かな痛みは我慢し、俺は足早に連隊長の元へと向かう――





 さて、そんな連隊長の部屋には既に見知った顔が揃っていたようだ。


「丁度良いな……」

「この面子は……」


 まず、俺を待っていたと口にした男へと目をやる。見知った一人目は防衛大臣の政務官であり、俺の幼馴染でもある『西島 康介』であったようだ。


 少し驚いた俺だが、すぐに冷静さを戻し、背筋を正して彼へと問い掛ける。


「西島政務官、アリスはどうしますか?」


「同席してくれて構わん……盗聴は防止されてる」

<ホント、いいの?>

「信頼はある。むしろ、同席を命じる」

<命じ……? まあいいわ……そこのモニター、借りるね……>

「構わんよ」


 そんな二人から目を逸らし、俺は横の体格の良い老人へと敬礼をする。


「状況が状況だけに挨拶が遅れました……お久しぶりです」


「構わん……まあ、楽にしろ」


 少しだけ嬉しそうに微笑んだのは『大森 茂』防衛大臣……そんな表情とは裏腹に何処か焦燥したように見える彼の言葉を受けた俺はここで敬礼を解く。


 そして彼に並ぶ次のお偉いさんへと視線を送る。もう一人のお偉いさん、それは以前、僅かに顔を合わせた事がある『神田 秀衡』陸上幕僚長であったようだ。


「活躍しているようだな……」


 どうやら、俺の事を覚えていてくれたようだ。同じく焦燥したように見える彼に俺はすぐに敬礼する。だが、そんな彼もまた楽にしてよいと合図を送ってくる。


 敬礼を解き、そんな彼から視線を逸らし、俺は最後の一人へと視線を送る。


「『吉川 順平』二等陸佐、医師である貴方と……こんな場、こんな面子で会う事になるとは……その……正直、本当に驚きです」


「ハハ、そうだね……まあ、君も元気そうで何よりだ」


 小さく笑顔を見せてくれた吉川医師が自慢のチョビ髭を頻繁に触る姿に何故か、不安が高まる。さて、無理やりに呼ばれたが、やはり普通ではないようだ。



 そんな俺の訝しんだ視線を改めて受けた西島が早速と口を開く――



「前澤連隊長も今、読んでいる……君も今すぐ、目を通してくれ」


 急かすような早口の彼の言葉と数十枚の書類を受け取った俺はアリスに速読させる。そして内容の要約をスマホに表示させた所で大いに絶句する事となる。


<ちょっと……信じられないんだけど……まあ……こんな感じみたい……>

「そんな……いや、え? マ、マザーに……に、逃げられた?」


 我々の驚きを受けて西島が又もやと口を開く。


「数時間前からマザーとの対話が一切できなくなった」


 それだけで……と考えた俺とアリスの反応に気付いた西島が更に言葉を紡ぐ。


「我々と敵対する『何か』……その『何か』は様々な場所からスーパーコンピューターを含む、半導体関連品やレアメタル、そして複数の『AA-PE』とその関連部品などを根こそぎ、外部の何処かに回収していった……という事も確定したんだ」


 この情報に思い当たる節があった俺とアリスは思わず同時にアッと声を上げる。


「さっきの川口避難所……」

<この前のスバル基地も……>


「それだけじゃない……続きを読んでくれ……」


 そんな彼の言葉を受けて俺は改めてビッシリと文字が並んだ『要約された資料』へと目を通す。そして先ほどよりも更に大きく大きく驚く事となる。


「警戒が薄かったとはいえ、産総研にあったスパコンを何十台も持ち去られた上に新型の『AA-PE』も一機とはいえ……これは流石に……あり得るのか……」


 この驚愕した俺の言葉にアリスが少し慌てて答える。


<人の目があるから無理だと思うけど……持ち出すだけなら一応……トラックにも専用のローダーにも……もちろん、『AA-PE』にも自動運転モードはあるから可能は可能だと思う……だけど、監視網が全く機能していなかったとしても、やっぱり職員とかの視線を全て逃れて、それらを持ち出すのは無理そうなんだけど……>


 誰かを庇うような彼女の言葉に今度は俺がハッキリと答える。


「色々と疑問はあるか……だがやはり、それらの機器を全て制御し、極短時間で持ち出せる能力を考えると……間違いなく、マザーが関わったのだろうな……」


<まあ……そうよね……>



 さて、やや唐突と言えば唐突だが……やはり、日本の叡智の結晶というべき、スーパーコンピューター群『マザー』は我々に反旗を翻したという事のようだ――



 まず、現状に起こった事実部分だけを読み切った俺はすぐにそう考える。


 連絡の途絶えていた場所、手薄な場所から半導体を含む、多数の重要な機器が流出したという事実が確定した途端に連絡不能なのだから、もはや疑う余地はないだろう。だが、それはさておき、少しばかり他に気になる点もあるようだ。


 その気になる情報を読み始めた俺の声が響く。


「ん? 人まで数十人いなくなった……? そいつらが手引きをしたという事か……いや、どうだろう……誘拐された……という可能性もあるのか……?」

<もしかして西田もっ!?>


 そう言った我々の戸惑う疑問の言葉に被さるようにして西島が首を振る。


「大半の者は自らの意思……いや、見た限り、本当に意思があったのかは分からないが……皆、自らの意思と足で脱走したようだ。西田博士は分からんが……」


 少し含みのあるような言葉を吐いた西島政務官に意味が分からないと視線を送るも答えは無い。そんな黙った西島に俺は本筋はなんだと改めて問い掛ける。


「それで……我々が呼ばれた訳は……?」


 そういった俺の言葉に西島が悔しそうに俯く。


「理由は二つ……君たちが、この件の深い関係者だという事が一つ……そして今の我々が完全に信頼をおける者が、これしかいない……と言う事が二つ目だ」


 まだ大半は調査が済んでいないだけと続けた西島の表情を窺う。だが、その彼の眼からは全く自信が感じられない。むしろ、強い不安感が伝わってくる。

 いつもの自信に満ちた彼の姿はない……それほどの事があったのかと考えた俺の横で資料を全て把握したアリスが西島の言葉の続きを勝手に代弁する。


<脱走した人たちは皆、明らかに揃って洗脳されたように無表情であった……そんな脱走した人たちの共通点……一定のレベルの治療をされた事……?>


 このアリスの言葉と被さるようにして今度は吉川医師が口を開く。


「簡単に言うと、麻酔を受け、切開されたかどうか……まあ、その際に何かを埋め込まれ、それによって何らかの操作を受けている可能性が高いって事だね」


 いつの手術から洗脳装置の取り付けがあったかは分からないが、相当な人数がいるのではと続いた言葉に俺は一つの件を思い出し、思わずアッと口を開く。


「あの時……田沼くん……まさか……」


 そして……この俺の驚きの声を聞いたアリスも反射的に口を開いてしまう。


<田沼さん……? あ、もしかして、さっきのノアのデータって、この件に関わる事なのかな……マザーとか、スパイとか、その辺に関わるような……>


 思った以上にベラベラと口にした所でモニターのアリスがハッと口を塞ぐ。


「それは……ノアくんからの情報だな……?」

<に、西島さん……ひ、秘密……ダメ?>


 だがやはり、そんな言い訳は通用しなかったようだ。いや、既に何かを知っていたようで、これが君に同席を命じようとした理由だと言葉が続けられる。


 どうしようといった表情をしたモニターのアリスに俺は声を掛ける。


「ここでのデータの解凍に何か問題はあるか?」

<大きなモノじゃないし、変なのも入って無さそうだし、たぶん平気……>



 この言葉を受け、俺はやや不安そうなアリスに謎のデータ解凍を命じる――

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