123 特攻
取水塔までの距離は二百メートル……時間にして僅か数分――
だが、その数分で敵の数は爆発的に増えてしまうだろう。
しかも、敵の出現ポイントの取水塔は思った以上に近く、そこから現れた敵を迂回する事は不可能……それどころか、後ろからは更なる大群が迫ってきている。
更に我々の機体の装弾数は限りなくゼロ、その上で再度のジャミングが発生しており、唯一の頼みの綱というべき連携すら取れない状況となってしまったのだ。
「後方の金田隊、マイキー隊との通信不能! 両隊の信号弾、位置確認!」
「橘小隊、減速! 二小隊と合流優先だっ! 『JV-28』に撤退の発光信号!」
ともあれ、この現状を認識した俺は完全に言葉を失くしてしまう。
強行一点突破か、誰か囮となっての隙をついての脱出か……眼前の敵出現ポイントの強行封鎖か……どの作戦にせよ、何人かが犠牲になるしかないといった最悪な状況となってしまったのだ。そんな中、『JV-28』に撤退を指示する三発の連なった信号弾が、むなしくユラユラとし、上空でアッという間に風に流されていく。
そして無情にも芝川の取水塔が近付いてくる――
そんな中、追いついてきた二人の小隊長から近距離レーザー通信が入る。
「橘っ! 囮だっ! 覚悟を決めろっ! 決めないなら俺が勝手に行くぞ!」
「囮ならアスカの搭載された俺たちに任せてくれ! 十分に囮になれる」
<まあ、私なら隙間をスイスイといってみせますよ>
「お前の機体は足がやられている! アスカの嬢ちゃんが付いてても無理だ!」
<む、心外な……有能な私に任せるべきです>
「そうだ! パートナーがいない君よりはマシだ! 俺たちに任せるんだ!」
両隣に近付いてきた二機が、どちらも叫ぶように訴えかけてくる。
だが、そんな中でも俺は答えを返せを出せずにいる――
<せ、誠二……追いつかれそう……流石にヤバいかも……>
アリスの震えるような声を聞いた俺はマップへと慌てて目を落とす。そして彼女の言葉通り、敵を示す赤い点滅が我々を包囲する様に近付いているのを確認する。
ジャミングの為に点滅は不規則・不明瞭だが、決して間違いではないだろう。
「くそ……」
俺が犠牲になれたのなら何も迷う事も無かったのに……そう大いに悔やみ、噛み締めた歯がギリギリと音を立て始めた次の瞬間、ホバーの無線が鳴り響く。
「私が……!」
「俺が……!」
すぐに聞こえてきたのは田沼と大崎の声……事情を察した無傷の二人が揃って自分がと震えながらも声を上げてくれたのだ。だが、その必死な二人の宣言に被さるように今度はブツ切りとなった音声が飛び込んでくる。天候の悪化の所為か、距離の所為か、近距離レーザー通信でもかなり強烈なノイズが入り込んだようだ。
「二……脱出……ました……回収を……ます。約束……れ……済みま……」
聞こえてきたのは宍戸らしき声……その覚悟の決まった声色に背筋が凍る――
<え、え……これって……え、嘘……>
「お、おい……待てっ! 待つんだっ!」
この俺の慌てふためいた叫ぶような声を合図にするように前方に表示されていた『JV-28』の緑の点滅が我々から急速に離れていく。そして……
「……っ!? 上空にパラシュートっ! 二つ確認、流されています!」
「私、近い……行きマス!」
この情報に素早く反応したのはマイキーの妹、『アビゲイル・プラド・ダグラス』……最も近くにいた彼女の機体がスラスターを吹かし、滑るように向かっていく姿がチラリと強化ガラス越しに見えた所で俺はもう一度、大きく声を上げる。
「『宍戸 昭』三等陸尉! 勝手な真似はよせ!」
だが当然、この声は彼には届かなったようだ――
ただでさえ、悪天候で届きづらい近距離レーザー通信、既に通信可能距離の遥か先……返事の代わりとばかりに酷く割れた甲高い音だけが聞こえてくる。
そして……前方で大きな爆発の輝きが起こる――
「さ、最大望遠……爆炎を確認……い、位置的に取水……っ!?」
俺が全力でホバーの天井を叩いた音に驚いた高梨が思わず口を噤む。
<う、うそ……し、宍戸さん……?>
「………っ!」
既に打てる手は無かった……もう誰かが犠牲になるしか道が無かった。そんな状況となった瞬間、彼はこの場の命の価値について考えてしまったのだろう。
そう、バイオ・アクチュエーターとの神経接続ができる希少な『AA-PE』のパイロットの命と『JV-28』のパイロットの命の価値を比較してしまったのだ。
そして……思いついてしまったのだ。
今、この瞬間の最も速く、最も効率的な敵の出現地点の封鎖手段を――
衝撃の強いミサイルはもう無い。貫通力の強すぎるレールガンの類は破壊に有効ではない。その状況下で最も破壊に適したモノは質量そのもの……機体で体当たり、その物体の質量も合わせて出口を封鎖するのが最も簡単な方法であったのだ。
俺も思いついてはいた限りなく最悪の手段――
「せめて……俺が命令を下すべきだった」
どの行動を取っても、どうやっても犠牲が考えられるのであれば、俺が責任を取るべきだった。俺の意思で俺の命令で誰かを死なせるべきだったのだ。
<誠二……>
せめて……最期は縁のあった男の為に『感謝の言葉』を叫ぶべきだった――
だがやはり、どんなに悔やみたくとも今は悔やんでいる暇はない。
走馬灯を見るが如く、一瞬だけ深く後悔した俺は意識を戻す。起こってしまった事へのこれ以上の後悔は……今は彼の決死の行動に報いなければならないのだ。
そう、この決定的な脱出のチャンスを絶対に逃す訳にはいかないのだ。
「アビー機の青の信号弾……成功、脱出した二人を確保!」
高梨の更なる合流地点確認という報告を受けた俺は今度こそ覚悟を決める。
「全機、密集隊形を維持したまま近接戦準備! 絶対にレーザー通信の範囲外に出るなよ! やる事は単純、マイキーと金田を先頭に全力で強行突破だ!」
<ホバーのエルザを勝手に流用させて貰ったわ! 敵配置、敵相対距離再確認、各機予測ルート確定! 近距離レーザー通信開始、全機情報共有完了!>
続いたアリスの完了の言葉に合わせて俺は改めて全機に指示を送る。
「速度合わせっ! 金田機・マイキー機を先頭、左右に田沼機・大崎機! アビー機は後詰、ホバーと残りを中心にして鋒矢陣だ! 全員、生きて帰るぞっ!」
そんな中、遂に『強行突破』が開始される――
「やはり、橋は数で抑えられていたか……ルートはそのまま!」
チラリと見えぬ橋へと目をやった俺の言葉をアリスが拡散する。
<了解、進路共有! 天候は更に悪化! 交戦距離到達まで五秒!>
「川幅は狭いが段差は大きい! 気を付けろよ!」
この我々のやり取りを合図にするように金田とマイキーがやや突出する。
「やるぞ……俺は右だ」
「OK!」
ベテランのエースらしく、無駄のない言葉で連携を確認した二人、そんな二人の機体の信号はジャミング中の為か、まともには表示されていないようだ。
点いたり、消えたりをランダムで繰り返すマップ上の信号に不安が募る。
「頼むぞ……」
ホバーに備わった前方・左右を覗ける小さな三つの強化ガラス越しから順に外の様子を伺うも、隣を並走しているはずの三島機の姿すら見えないようだ。
自分が動けない事、外の様子すら窺えない事で更に不安が高まる――
だが次の瞬間、先頭を行く金田機とマイキー機から同時に通信が入る。
「「撃破っ!」」
この簡潔な報告を受けた俺はホッと胸を撫で下ろす。その想いの籠った溜息が吐き終わるや否や、レーザー通信を介した田沼・大崎の声が飛び込んでくる。
「橋上、突出したシックルをロック……ノア、お願い」
<了解>
「左手の近いのは任せてくれ」
<了解、貴方に任せるわ>
夜の闇のような暗さと荒れ狂う暴風の中、今度は二筋の閃光が奔る――




