122 本命の罠
僅かに聞こえていたレールガンの発射音、その最後の一発と思しき音が聞こえてから一分ほど経っただろうか……今は風と雨の音だけが聞こえてくる――
「外は……終わったか……」
この俺の一言でようやくアリスの気も抜けた様だ。
<はぁ、今日は本当に疲れた……まだ熱が下がんない>
機体に搭載されたCPUが最大稼働した為、まだ熱が下がらないという事なのだろうか……この彼女の言葉に被さるようにしてホバーから無線が入る。
「金田隊、マイキー隊、共に戦線を下げる……との事です」
さて、この報告に駐屯地からの救援部隊も順調に近付いていると付け加えられた所で、流石に俺も完全に気を抜いてしまう。当然、まだまだ様々な疑問や問題が残ったままなのだが……俺自身とアリス、機体も含めてもう限界という事だ。
<もう、またアラート……今度は右脚部……>
「ここまで耐えてくれた事に……感謝だな……」
アリスと共に俺の元にやってきた改良型『AA-PE』……流石にここまでボロボロとなってしまうと残念ながら今日で引退という事になってしまうだろう。
そう考えた俺は少しだけ心寂しくなる。
だが、感傷に耽る暇なんて時間は……やはり、これっぽちも無いようだ――
後方へと退いたはずの『JV-28』からの大慌ての無線が飛び込んできたのだ。
「芝川沿いの取水塔と思しき建造物から多数のインセクタムの出現を確認! 大半はシックルとアント思われます。物凄い勢いで数が増えていますっ!」
この悲鳴のような宍戸の声に合わせて次々と無線が入る。
「shit! 敵の増援だっ!」
「こっちもだ! 塔? あそこか! あの背の高い建物から出てきたぞ!」
新たに入ってきたマイキーと金田の叫び声を聞いた俺はマップに目を向ける。だが、そんな俺の耳にソナー員である三波の叫ぶような声が割り込んでくる。
「エレベーターシャフト内、階下から異音確認っ! 判別は不能っ!」
高梨を通さずに響いた彼女の声に思わず返事をできなくなる。
「そ、そんな……今になって……ま、まさか、ここから……」
北西のマイキー隊、東の金田隊、そして南西の『JV-28』……そして驚くべき事に今度は我々の足元からもインセクタムが現れてしまったというのだ。
間違いなく、これこそが本命の罠だったのだ――
「何処にそんな……いや、それより我々も外の連中も残弾が……どうする……あ、アリス、この機体は捨てていく! 自身の重要なデータの転送を開始しろっ!」
<わ、私がフラグを立てた所為……っ!?>
「たまたまだ! 田沼機、外の安全を確保しろ! 大崎機、三島機、殿を頼む! 退きつつ、出て来た奴から順に叩け! 兎に角、ここから出るぞ!」
今、あのエレベーターシャフトから階下を覗き込んだら、あのエイリアンの代わりとばかりに形相のシックルが登ってくる姿を見る事ができるのだろうか……現実逃避とばかりにそんな想像をしてしまった俺に絶望的な情報が飛び込んでくる。
「きゅ、救援は……まだ荒川を渡った辺り……だそうです」
絞るようにして出された高梨の声に合わせて外の敵の配置が送られてくる。
「これは……一体、下に何匹……ここで生まれたのか? 数が……多すぎる」
さて、敵は階下で本命の待ち伏せ……吸気塔、取水塔、エレベーターシャフトから続々と出現中との事のようだ。そして吸気塔の方は大型の為か、敵の出現ペースが圧倒的に速い。既に金田・マイキー隊共に抑えきれなくなっているとの事だ。
「妙だとは思ったが、包囲が遅かったのは罠だった……という事か……掃討できる量の敵を見せ、弾を使わせられた上で、ここに残らされたという事か……」
何らかの事情で邪魔となった俺とアリスを潰す為と思われる罠……その罠が西田博士によって漏洩し、我々はその罠を逆手にとって気付いていない振りをして敵の行動を炙り出すはずだったのだが、現状は敵の方が一枚上手だったようだ。
この西田博士から漏れた情報すら利用しての二段構えの罠に驚愕する。
<ど、どうしよう……>
「どうしようも何も……もう、強行突破くらいしか……ない」
<もう残弾……ないよ……ここで迎撃は?>
「そこから敵がどれくらい出てくるか分からん! 逃げ場が無くなる!」
残り少ない攻撃手段で金田・マイキーもジリ貧、かなりの速さで戦線を下げ続けている。そして我々も守りに適した場所からは追い出されつつある。
もはや、基地からの救援の方角へ全力での撤退しかないのだが、全戦力を集めても敵が増えつつある芝川沿いのエリアを突破できる手立ては全くない。
特に俺とアリスの機体は歩く事すら、ままならないのである。更に……
「きゃっ!」
「不味い! 右翼が喰いつかれた! 今、行く! 手足を振れっ!」
オープン回線に悲鳴と金田の叫ぶような声が飛び込む。
「た、隊長、あ、危ないっ!?」
「切り落とすっ! 今だっ!」
ここからでは詳しい状況は分からないが、金田隊の新人がインセクタムに追いつかれてしまったようだ。すぐに金田が向かったおかげで助かったようだが、どちらも機体は大きく損傷……ともあれ、撤退の速度が更に下がってしまったようだ。
「橘っ! 一分遅れる!」
「隊長、ありがとう……ございます」
「俺が殿に着く! いいからサッサと下がれ!」
どう見繕っても既に全機が満身創痍といった状況に絶望が膨れ上がる。
だが、それでも最も可能性の高い芝川方面突破に賭けるしかない――
もう犠牲は……そう考えた俺は溜息と共に言葉を吐き出す。
「アリス、データ転送はどうか? 終わり次第、俺はホバーに移る……なあ、この機体を爆発でもさせられれば良いのだが……そんな機能は……無いよな?」
<ジェネーレターの情報は開示されてないから詳しくは分からないけど……幾つかの安全装置が備わっている以上、逆に爆発させることは出来ると思うわ>
ただ……と言ったアリスがそのまま言葉を紡ぐ。
細かい制御ができないから最大限の爆発だろうし、この辺り一帯が吹き飛んで多少は汚染されると思うと続いたアリスの言葉……更に専用のシステムもなく、時間指定もできないから誰かが残らないと……とまで聞いたところで流石に諦める。
「せめて、ここだけでも潰せればと思ったのだがな……」
<む、データ転送、後少しよ!>
さて、兎にも角にも全く猶予が無いようだ――
エレベータシャフトからの敵を迎撃していた大崎と三島が悲鳴を上げる。
「隊長、駄目です! もう弾がありません!」
「アントまでっ! もう、アクティブカノンの砲身が……そもそも弾が!」
<高周波電熱振動ブレード、起動完了っ!>
「よし、三島機、先に退けっ! 後は俺たちが抑える!」
「りょ、了解!」
こちらももう、どうにもならない……という事になってきたようだ。
「アリス、先に行くぞ!」
そう言った俺はアリスに機体の緊急開放を指示する。
次の瞬間、本来のチェックが飛ばされて俺の身体を包んでいた電磁ハーネスが解除される。先ほどのシャットダウン同様、アッという間に浮遊感が消え失せる。
次の瞬間、ギィと軋むような音を立ててハッチがゆっくりと開放されていく。同時に吹き込んできた暴風と埃に巻かれたが、慌てずにインカムとスマートフォンを取り出していく。どちらもすぐに取り付けた俺は状況確認をしながら走る。
「ホバー、金田とマイキーは退いてきたか?」
「こちらへと向かっていますが、金田隊はもう少し……ですが、マイキー隊、アカンド機が中破、同時にマイキー機も脚部にダメージを負ったそうです」
「脚部っ!?」
「どちらもスラスター移動は可能で問題は少ないとの事です!」
間違いなく、問題が少ないとは思えないが……
ともあれ、一分も経たずに合流すると考えた俺は既に開かれていたホバーのハッチへと飛び込む。そして高梨に出発を指示し、続いてアリスの所在を確認する。
<オッケー、移動完了! あ、あんまり役に立たないけど、よろしくね!>
精一杯、明るく振舞うアリスに苦笑いを見せた高梨が改めて発進の命令を下す。その命令に併せるように何時の間にか退いてきた大崎機と三島機が並走する。
さて、決して広くない機内、大柄の俺が入った事で余剰のスペースは一切なくなったようだ。正面のドライバーである『相葉 友香』の椅子の背に膝を押し付け、左手の『三波 芹那』、右手の『高梨 彰人』と肩をぶつけ合う事となる。
「やっぱ、隊長は大きいですね!」
「すまんな……」
「私はへ、平気です!」
「あ、相葉三等陸曹っ! 発進急げっ!」
そんな中、ズレたインカムの位置を直した俺は全機との無線を開く。
「全機、敵は無視して退却だ……それで……退路は……状況は最悪なのだが、手が無い訳ではない。高梨、『JV-28』から送られてきた取水塔の画像を……」
外に出るや否や、全力と言って良いほどに速度を上げたホバーが大きく後ろに沈み込む。その動きに合わせて姿勢を変えた俺は一息だけついてから言葉を紡ぐ。
「こいつは地下へと真っすぐに繋がっており、シックル一体が余裕を持って通れるサイズ……話は簡単……この塔を破壊して出口を封鎖、その後に活路を開く」
上空に『JV-28』飛来し、音を立てて旋回する音の中、聞き耳を立てる。
だが当然、皆からの返事は……無いようだ――
それはそうだろう……その理由を最も冷静なノアがオープン回線で口にする。
<橘隊の残弾数はレールガン一発、アクティブカノン二発、一機大破……金田隊の残りはレールガン一発のみ、一機は脚部にダメージを負った中破、一機は小破……マイキー隊は今し方、残弾ゼロになりました。彼らは二機小破、一機中破です>
そして芝川沿いの敵数は既に二十体、更に増えていく一方……
<敵は連なって出てきており、十秒に一体のペースで増えています。背後からの敵も……数はもう分かりませんが、我々を包囲するには十分いると思われます>
「各隊のホバーの残弾は?」
<橘隊の一発のみです……敵の処理も考えると『破壊』は相当に難しいかと……>
ここから取水塔まで辿り着くまでの時間を考えた俺は改めて絶望する。
そう、やはり、どうやっても全機の帰還は諦めなければならないという事だ。一度だけ、考え込んだ俺はせめて逃げれるモノを先に無事に逃がそうと考える。
そして……
「『JV-28』……宍戸、聞こえているな……君は我々を置いて……」
そこまで口にした次の瞬間、再度のジャミングが始まってしまう――




