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インセクタム  作者: 初来月
120/133

120 リサと大崎

 ここが最上階となる場所だけに上部の何処かにエレベーターの制御・安全装置の類があるだろうと予測したリサが大体の辺りをつけて狙撃してくれたようだ。



 そして……その試みは大成功だったようだ――



 眼前のエレベーターの明かりがプツンと音を立てて消える。


<熱反応なし、エレベーター停止……これで問題は無くなりまして?>


 この彼女の冷静沈着な行動に心から感謝を籠めて俺は口を開く。


「無くなったともっ! リサくん! 本当に助かった!」


 この言葉への返答と言わんばかりにふんっという鼻で笑ったような音が聞こえてくる。だが、この誇らしげな音に何故か、アリスが少しだけ過剰に反応する。


<わ、私だって武器が残ってたら……そ、それくらい出来たんだから!>

「あ、アリス……? き、君は……ふふ」

<な、何よ! 本当に出来たんだから!>


 こんな状況にも関わらず、リサへと虚勢を張るアリスに呆れると同時、こんな彼女だからこそ、俺のパートナーとなったんだろうなという考えが浮かび上がる。


 大いにリラックスした俺はすぐに新たな命令を下す。


「大崎、君も良く頑張ってくれた! ここの処理は任せるぞ」

「りょ、了解っ!」

<ふふん>


 冷静なリサと成長した今の大崎……この素晴らしいコンビなら残りの処理を問題なく任せられると判断した俺は迷うことなく機体を反転させる。


<六体もいるけど……任せて平気なの?>

「もう安心して任せられると断言できる……リサくん、外の情報をくれ!」

<残念ながら……そちらは大した情報は……>


 その言葉を言い終わるや否や、リサから僅かばかりの情報が送り込まれてくる。


「ふむ……やはり、ジャミング下の状況では……仕方ないか……」


 彼らがここへと侵入する寸前の周辺の敵と味方の位置と天候状況……無いよりはマシなのだが、この余りに少ない情報に思わず溜息を吐き出してしまう。





 さて、先ほどは大いに愚痴ったものの、状況は思ったよりも悪くないようだ。


 田沼機と三島機が防衛ラインを下げてきてはいるが、まだ外扉の遥か向こう。ホバーの数少ない射撃も合わせてだが、十分に戦線を維持してくれたようだ。


 そんな奮闘中の田沼機との通信可能距離に到達した俺はここで声を掛ける。


田沼機(ファング2)、状況はどうか?」

「問題ありません……残弾は少ないですが、援軍が来るまで十分に持ちます」


 田沼が射撃を続けながら答えてくる。だが次の瞬間、そんな彼女が絶句してしまう。どうやら、サブカメラでこちらの様子を確認してしまったようだ。


「……っ!? た、隊長……これは……大変な……」

<これは……酷いですね……だ、大丈夫なんですか?>


 流石のノアまで絶句してしまったようだ。


<ノアっ! ただいま! 私たちは大丈夫よっ! 機体はダメだけどね!>


 アリスは嬉しそうに元気に答えるが……


 この二人、特にノアの珍しい反応、心配したと言わんばかりの反応を受け、俺の方は改めて自機の様子を見返してしまう。そして二人以上に驚愕してしまう。


「これは……今更だが、アラートだらけじゃないか……」


 まず、モニターの左下に表示された真っ赤な簡易機体図へと目をやった俺は口をあんぐりとさせる。そんな俺の反応を受け、今度はアリスが急いでドローンを放出する。そして映った映像を見たことで俺は更に口を大きく開ける事となる。


 前面装甲は大いに焼け焦げ、幾つか酷く溶けたような跡まである。左手のレールガンにも同様に溶けた跡、手を突いた際にぶつけた大きな歪みも見えたのだ。


 被害は当然、それだけではない。


 ひしゃげた右前腕部は肘の辺りでコード類に支えられて辛うじて垂れ下がった状態、ランドセルのメインスラスター四基の下二つは完全に潰れていたようだ。他にも大きな凹みが幾つか、その内の一つから内部の冷却水タンクが潰れたようだ。


 どう見ても中破……いや、もはや大破寸前といった所である。


<あーあ……私の機体……これって直るかなぁ>


 響くアリスの小さな溜息に俺は諦めたように答える。


「これは流石に……厳しいだろうな……」



 そう、溜息交じりに答えたものの、いつも通りに時間も余裕もない――



 すぐに現実、大嵐の続く眼前へと意識を戻した俺は状況の把握を急ぐ。


「さて、田沼機(ファング2)三島機(ファング4)、このまま迎撃を頼む。ホバー(カーサ)、援軍はどうか?」


 こんな天候だから全く期待はしていないが……そんな俺の想いが籠った短い投げやりな言葉に対して驚くべき事に被るように慌てた高梨の答えが返ってくる。


「爆炎と閃光を複数確認っ! 未だ、ジャミング中なので連絡は取れませんが、それぞれの距離と方位から金田隊、マイキー隊のモノと思われます!」


「ほう……」

「位置情報を送ります!」


 さて、爆炎は西北西と南東、どちらも交戦状態に入ったという事のようだ。いつも通りに余裕がないと考えていたが、珍しく一息つく事ができるという事だ。


「包囲の速度が思った以上に遅かったみたいだな……おかげで二人の小隊が喰いつけたようだ……だが、ありがたい事なんだが……やはり妙だな? 『荒川・入間川』の時のように真っすぐ全力で我々に襲い掛かってくると思っていたのだが……」


<足が遅い? 何かに気を取られてた? 何だろね?>


「それなりの速度で向かってきた奴もいるようだが……」


 周囲の確認できた敵の配置を把握し終えた俺の気の抜けた溜息が響く。


「まあ、兎も角、現在の眼前の敵の密度を考えると何とかなったかな……」


<ホントに……? それ……フラグにならない?>


 俺の表情から勝ちの気配を察したアリスの意地の悪い言葉に答えを返す。


「何とかなって貰わないと困るぞ……我々の機体はこんなだからな」


 この俺の反論となる言葉を受けたアリスの表情が途端に渋くなる。愛機と言うべき、我々機体の現状の姿、その惨状を思い出してしまったのだろう。


<あーあ、やっとソドムを直してもらったのに……はぁ>


 だが、アリスの溜息……その可愛らしい吐息が出し切られる前に次の情報が送られてくる。どうやら、大崎機による中の処理が完了したという事のようだ。



 この新たな嬉しい情報に流石の俺も笑みを零す――





 相も変わらぬ悪天候の中、我々は扉の内へと戻る。周囲の敵影が明らかに減少した事から残りは包囲を狭めるマイキー・金田隊に任せて問題ないと考えたのだ。


 そんな中、通信距離にようやく入った大崎機へと俺は声を掛ける。


「大崎、よくやってくれた!」


 この言葉に大崎が笑顔を見せ、嬉しそうに言葉を返してくる。


「これで……俺も自信を持って隊長を支える事ができたと……いや、最近、隊長がずっと忙しそうで心配だったんですよ。だから、少しでもって……」


 突撃寸前の彼の言葉を思い出し、思わず心からの笑みを浮かべてしまう。それに気づいたアリスの揶揄うような視線を無視しつつ、俺は更に言葉を返す。


「もう、ずっと、しっかりと支えて貰っていたつもりだったんだがな……ふふ、まあ、君がそう言うならば……今日は帰ったらパーティーかな?」



 少し浮かれて、そう言った俺……だが、その言葉に被さるように直接の通信が入る。発信元は田沼機、そして田沼とノアの姿がモニターへと映し出される――

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