119 アクシデント
さて、今の酷い状況を嫌でも理解した俺は叫ぶように指示を出す――
「スラスターはなるべく使うな! 敵の位置を逐一伝えてくれ!」
そう言った俺は開けているエリアへと走り込んでいく。機動力が致命的に落ちてしまった以上、最低でも視界の中に全てのシックルを捉えたいと考えたのだ。
ドスンドスンと重々しく走る『AA-PE』の様子に少し懐かしさを覚えるが、全く嬉しくない。そんな事を考えながら必死に走る俺の耳にアリスの声が響く。
<機体バランスの再計算完了、大雑把にならスラスターを使えるわ!>
現状が、すぐにモニターへと表示される。機体の様々な経路が色違いに表示されており、その内の明らかに暗く表示された幾つかの経路へと目をやる。
「スラスターを制限……使えるのは半分か……」
どうやら、破損したと思われる経路、更に何とも怪しい経路は全て閉じられたようだ。そして残った冷却水で間に合うように各部が調整され、最大三秒で無理やりに噴射が切れるように設定……つまり、これだけでやるしかないという事だ。
<監視しながらの調整は大変だから……>
ともあれ、アリスにできた余剰の計算能力はドローンへと向かう事となる。
牽制は任せてといったアリスの言葉を合図に戦闘を開始する――
<コールサイン付加、β1から6! ソドム、ゴモラ放出!>
さて、アリスのコントロール下に置かれたドローンたちが、早速とばかりにシックルの合間を飛び回り始めた様だ。同時に搭載されたライトが点滅を始める。
これにはシックルたちも黙っていられなかったようだ。最も近くにいた一体と重なるように見えていた一体がイラつきを抑えられずに大鎌を振り回し始める。その所為で奴らの後方の連中が、上手く前に出れなくなってしまったようだ。
「……良いぞっ!」
その隙を突くように俺は左手に持ったままのレールガンの狙いを定める。だが、この上手くいけば、三体同時を巻き込む射撃は不発に終わってしまったようだ。
電気が流れそこなったと言わんばかりの間抜けなビュインという音が響く。
「なんとっ!?」
<うそっ!? レールガンにもアラートっ!? さっきので!?>
この叫ぶようなアリスの叫びに俺の背筋も流石に冷たくなる。
<β3、6が迂回して接近!>
「も、もう一度、距離を取るぞ!」
だが、この大慌ての俺の指示はすぐに撤回する事となる。
先ほど起動していた搬入用エレベーターが到着してしまったのだ――
このフロアのある階層に着いた事を知らせる警報と真っ赤な回転灯の輝きに思わず、頭を左に振って目を向けると、その先で金網扉がやや明るくなっていく。
<わ、忘れてたっ!>
「ま、不味い……よなっ!?」
さて……やはり、インセクタムは何者かの管理下にあるようだ。
アリスのコントロール下に置かれたドローンのように眼前のシックルたちが整然と踵を返す。そして明らかに我々を無視して搬入用エレベーターへと向かう。
<わ、罠よっ! 絶対、誘われてるもんっ!>
「だ、だが、阻止しない訳にはいかんっ!」
<で、でも、武装が……どれも……>
「近接戦だ! 行くぞ!」
機動力のなくなった機体での近接戦闘は無謀……それでも行くしかないと機体をドスドスと走らせ、シックルたちとの間合いを必死に詰めていく。
そんな我々のモニターに遂にエレベーターのカゴが映り込む。
<来ちゃった!>
地下の電源が生きているのか、煌々と明かりを灯した搬入用エレベーターのカゴが現れる。残念な事にシックル六体がまるっと入りそうなサイズである。
だが……何やら、そこからの光源の様子がおかしいようだ。荷物搬入用の無骨で大雑把な金網なのに煌々と明かりが漏れているのが所々でしかないのだ。
「なんだ? 中に何か……荷物があるのか?」
<わかんない! 援軍とか?>
「どちらの?」
<わかんないよ!>
そんなパニック気味の我々の前でゆっくりと扉が開いていく。
だが、そこからは何も出てこない――
「……?」
<……?>
一瞬、呆けてしまった我々だが、すぐに気を取り直す。
「高周波電熱振動ブレード、起動準備っ!」
<う、それは一応は動くけど……腕の方は……>
そう、先ほどのシックルとの交戦で肘から先は動かなくなってしまったのだ。だが、それでも無理やりにブレードを起動して肩を起点に振り回すだけなら……
<肘の状態も……一度くらいなら耐えられるかもしれないけど……>
戸惑っているアリスにもう一度、今度は厳しく命令として下す。
「起動準備だ!」
たぶん、脚部にマウントされた『12.7mm重機関砲』は動く。だが、こいつはどう足掻いても牽制にしかならない。我々が奴らを倒す武器はこれしか無いのだ。
まだ不安そうにするアリスを納得させる為に俺は更に言葉を紡ぐ。
「奴らは我々を無視して動いている……背後を突く」
<い、一斉にこっち向いたら、どうするの?>
「陽動成功って事になるだけだ!」
そう言った俺は覚悟を決めて機体を走らせる。ほぼ頼りにならないスラスターを温存して突撃を敢行……アリスも回収したドローンを再度、放出する。
<六体だよ……絶対、無理……>
「最後尾、左の一体を仕留めて離脱、同時にドローンで牽制だ」
<うう……もう……ス、スラスターのタイミングは任せてっ!>
だが、そんな覚悟を決めて突撃した我々の機体の眼前に二筋の閃光が奔る。
「うおっ!?」
<眩しっ!?>
すぐに室内中に広がった閃光で我々の視界が白む。
だが、これは……紛う事なき、レールガンの閃光である――
<な、何っ?>
「れ、レールガンだっ!」
一瞬、白んだ視界がすぐに戻る。どうやら、二筋の閃光はシックル三体を貫いたようだ。この素晴らしい結果に俺は思わず感嘆の溜息を吐き出してしまう。
「おお……」
次の瞬間、我々の機体に近距離レーザー通信が入る。
「隊長!」
<アリスっ! 無事っ!?>
この射撃を行った大崎とリサの慌てた悲鳴のような声が飛び込んでくる。この最高のタイミングでの最高の増援に俺のテンション、喜びは最高潮に達する。
だが、その彼らの言葉に対して感謝を伝える暇はない――
眼前で残ったシックルの一体がエレベーターへと入り込んでしまったのだ。
「大崎機! 援護っ! アリス、ブレードだ!」
<了解っ!>
<……了解!>
「……っ!? りょ、了解っ!」
敵は三体、まだ振り向きもしない奴らへと俺は機体を走らせる。次の瞬間、右腕の高周波電熱振動ブレードの刃が飛び出し、痛いほどに甲高い音を響かせる。
<前腕部にアラート!>
アリスの冷静な報告と合わせて鳴り響いたエラー音は全て無視し、正しくブレードが起動した事だけを確認した俺は加速を指示する。この無言の命令にアリスが素早く反応、後方のスラスターの向きを素早く微調整して一斉に噴射させる。
残りの僅かな距離を一気に詰めていく。
「行くぞっ!」
<了解っ!>
バランスはアリスに任せて俺はブレードへと集中する。切っ先の位置は変わらない。肩から先が全てブレードになったと考えるだけだと念じるように集中する。
だが……
<ぶ、ブレードにアラートっ!?>
アリスの悲鳴のような短い報告に合わせて、又もやとばかりに甲高いエラー音が響く。同時にブレードの振動音が乱れ、アッという間に尻すぼみになっていく。
完全に振動音が途切れてしまった事を確認した俺は僅かに判断を迷う――
目標としていたシックルはもう眼前、近過ぎて体当たりで足止めくらいしか出来ない距離……もう一体はその斜め少し前、『12.7mm重機関砲』で牽制くらいは出来るかもしれないが……そしてエレベーターへと侵入した一体は既に目視できていない。扉の影に隠れて動きを止めてしまったのだろうか、赤外線でも熱源でも探知が出来ていない状況……何故か視界の悪い、金網の向こうでの待ち伏せが怖い。
それでも……危険を冒してでも……命を賭してでも行くしか――
ほんの一瞬のうちに幾つもの考えが浮かんでは消えていく。
突撃か、後退か――
だが、この厳しい判断をする必要は幸いな事になくなったようだ。俺の眼前に一筋の光が奔り、搬入用エレベーターの上方を深く貫いたのだ。そして……
<駆動系を破壊、エレベーターの停止を確認>
リサの何時もと変わらぬ抑揚のない、冷徹な声が響く――




