118 強制シャットダウン
これは……敵に『知的存在』がいるという確かな証左なのだろう――
<……っ!? 後方左右にシックル!>
アリスの悲鳴のような声と同時に機体のアラートが鳴り響く。
敵の行動を阻止する為、全力でアンノウンへと向かった我々の機体の後方、左右の壁面の辺りに潜んでいたシックルたちが突如として姿を現したのだ。
そして……
<んなっ!? アンノウン反転!>
その待ち伏せの動き出しに合わせて今度はアンノウンが再反転してくる。小さく短い脚を素早く動かし、滑るように結構な速度でこちらへと向き直ってくる。
「あのサイズで……やはり速いな……」
ともあれ、三方向からの挟撃という最悪の状況となる――
<熱反応が完全に無かった! 動かないと、そこまで落とせるの!?>
早口で慌てるアリス……だが、俺は冷静に正面だけを見据える。
「加速だ」
<……っ!? りょ、了解っ!>
補助スラスターまで総動員して機体が更に加速していく――
アンノウンの信じられない程の巨体が一気に目の前に迫ってくる。だが……
<デカすぎよ! し、質量が……ヤバい! どうやって入ったのよ!>
「アリス……やる事は一つだ!」
それだけ口にした俺はすぐに右手に持ったビームブラストの起動を指示する。その短い言葉と指示だけを受け取ったアリスもすぐに冷静さを取り戻す。
<そうだった! 起動シークエンス開始……アンノウンとの距離再測定……完了、三、二、一、磁場展開完了……充填まで三、二、一、ビームブラスト起動!>
そう、やる事は一つなのだ――
更に速度を上げた機体が小さな何かを風圧だけで次々と弾き飛ばしていく。そんな中、ビームブラストが音を立てて起動する。機体を越えて感じた圧に続いて淡い桃色の輝きが広がる。その美しい輝きが、力強い濃い紫色へと変わっていく。
まだ反転中の巨大なアンノウン、サブカメラにしか映らない、その頭部と思しき辺りに備わった二対の眼と思われるモノが、ようやくと我々を捉えたようだ。
少し慌てたように見えたアンノウンが畳んだ腕を更に締め付けるように畳んでいく。攻撃態勢、その腕を打ち出そうとしているのだろうか……だが……
<維持限界まで三、二、一……>
「博士を信じた……我々の勝ちだ!」
アリスのカウントダウンの声が響く中、俺は機体の右腕を全力で突き出す。その最も先にあるビームブラストの先端が僅かにアンノウンの側面へと接触、接触した空間の磁場が乱れ、そこから圧縮されていたエネルギーが爆発的に解放される。
次の瞬間、アリスによって前方へのスラスターが全開にされる。
同時に腰部のボックスから『アンカー』が打ち込まれて機体にフルブレーキが掛けられる……はずだったのだが、想定以上の機体速度での使用の所為でアッという間に張力の限界を迎えた『アンカー』が音を立て盛大に千切れていく。
その歪な音と共に眼前のモニターが真っ白となり、何も見えなくなる――
シミュレーションは何度も繰り返されている。実際の機体での稼働テストもされている。俺の機体でも稼働は試された。だが、本物の超大型インセクタムに直撃させての試験が行われたわけではない。そして今……その結果が眼前で起こる。
シミュレーションで受けたモノよりも激しい熱気が全身に伝わる――
広いとはいえ、密封されていないとはいえ、室内で使った所為だろうか……それとも、やはり速度を落としきれなかった所為で接近し過ぎたのだろうか……思っていた以上に盛大な爆音が響き渡り、自機が大きく大きく想定以上に揺すられる。
「アリスっ!?」
<平気っ!>
俺は切り離されたビームブラストの僅かに残された刀身と柄を放り投げる。
だが、同時に何か重要なパーツが熱で焼け落ちたのだろうか、今度は機体そのものが、どうかしてしまったようだ。幾つものアラートが一斉に鳴り響く。
そして……
<警告、危険温度に達します>
普段の朗らかなアリスの声ではない、機械的で明らかに別人のようなアリスの声……そんな冷徹な彼女の声で強制シャットダウンしますとだけ告げられる。
「アリスっ!?」
モニターが真っ黒になり、自身の腕が途端に重くなったような感覚が伝わり、浮遊感が無くなる。間違いなく、電磁ハーネスが解除されてしまったのだ。
「アリスっ!!」
この俺の叫びに答えはない――
外の熱気は伝わってくるが、眼前のアンノウンの状況は分からない。その上、まだシックルが後方に数体いる中での完全停止、俺の背中に冷たいモノが奔る。
以前、自ら機体をシャットダウンした時の事を思い出す。
「再起動中……時間は……不味いか……?」
そう呟き、俺は機体の強制開放を考える。だが、この状態で外に出た所で……その最悪を分かりやすくするように風の音、何かが転がるような音、焼ける音に紛れてシックルの突くような足音が聞こえてくる。その距離は……余りに近いようだ。
「様子見の一体……すぐに攻撃してきそうにはないが……どうする? 流石に三十秒は、いや、もうあと二十秒くらいか……いや、アリスなら……厳しいか?」
だが、小指の先に触れていたハッチ強制開放のレバーに力を籠め始めた俺の耳にブゥンという音が聞こえてくる。すぐに眼前でモニターが起動していく。
そしてパパパッと開いていくウィンドウの一つにアリスの姿が映る。
<ごめん、再起動に時間が掛かった!>
「た、助かった!」
だが、情けなく叫んだ俺の眼前、蘇ったモニターの一つのウィンドウに鎌を振りかざしたシックルが映り込む。もう、背後の寸前まで接近されていたのだ。
<んなぁ!? やっばっ!?>
このアリスの変な悲鳴のような叫びを聞くや否や、機体との繋がりが戻ってきたのを確認した俺はチェックせずとも動くと信じて無理やりに機体を動かす。
「間に合うかっ!?」
身体を捻るように反転して機体の右腕部を勢いよく振ると機体の負荷軽減の制動が掛かる。ギィという音と共に僅かに速度が落ちたものの、アリスが僅かにランドセルのサイドのスラスターを吹かした所為もあって何とか間に合ったようだ。右腕の肘辺りとシックルの振り下ろされた鎌が音を立てて激しくぶつかり合う。
ガギンという嫌な音と共に眼前のシックルの右鎌が僅かに弾き飛ばされる。
だが――
「……っ!?」
触覚と僅かな痛覚、アリスによって素早く遮断されたものの、機体と神経接続された脳を通じて、その情報がアッという間に痛みと共に伝わってきたのだ。
そう、軽減されてこの痛み、腕のダメージは相当に大きい。
<右腕部損傷っ! 肘から先に反応なし!>
そのアリスの声を聞いた俺はすぐにバックブーストを掛ける。
瞬時に機体正面に配置されたスラスターがシックルへ向けて全開され、その飛んでもない熱量が直撃したシックルが更に怯んだ隙に俺は一気に距離を取る。
だが、この咄嗟の俺の判断にアリスの反応が間に合わなかったようだ。
<ば、バランスが崩れ……>
「め、メインを……!」
それなりに残っていた背後のアンノウンの残骸を弾き飛ばしながら機体が倒れ込んでいく。そして先ほどには無かったはずの大穴に機体が転げ落ちていく。
だが、ガンガンッと何度か嫌な音が聞こえてきた所で間一髪、スラスターの噴射が間に合ったようだ。倒れ込んだ機体が今度はググっと立ち上がっていく。
「何の音だっ!?」
<ランドセルをぶつけたっ!>
兎に角、危機を脱した訳ではない――
「無線は?」
<絶賛、ジャミング中……>
「機体の状況は?」
<状況……うわぁ……ええと、聞きたい?>
「悪いのか……?」
<まあ……だいぶ悪いかも……ええと……>
そんな中、先ほどの鎌を弾いたシックルと残りの五体が合流してしまう。決して狭くない室内……機動力と火力が正しく残っていればと悔やみ始める。
<右前腕部損傷により停止、背部のスラスターの二ヵ所がアラート後に停止、れ、冷却水漏れかな? アクティブカノンも接続部に損傷、そんで相手は六体……>
「き、機体バランスの再計算を頼む!」
そう力強く叫んだ俺だが、まずはと眼前のシックルたちと一気に距離を取る。生き残っているはずの前方のスラスターを吹かし、その他の稼働を確認する。
だがやはり、相当にダメージが大きいようだ――
<うわっ!? 前部スラスターにもアラート! 腰部両サイドのスラスターからもアラート! 温度上昇! 冷却関連なのは確定! もう、間違いないわ!>
「ど、どうなる!?」
<緊急停止っ!>
このアリスの叫びと共に外部からの噴射音が明らかに小さくなる。そして自機が左手側に倒れ込み、思わずレールガンを持った手を突いてしまう。この腰部スラスター、細かいバランス取りに多用するモノだけに流石の俺も不安が膨れ上がる。
何とか、手足を使って機体を立て直したが……
「な、何か……致命的な部分が壊れたという事か……?」
<たぶん、焼けた? これって……かなりヤバい?>
「ヤバい……距離を取るぞ!」
<走って?>
「そうだ!」
そんな絶賛、大混乱中の我々に向けてシックルたちが無情にも迫る――




