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インセクタム  作者: 初来月
116/133

116 敵か味方か

 少し風化が進んでいるが、ここにはまだ街の残骸が残っているようだ――



<なんか……普通に生活できそうね>

「そうだな……」


 信じられない程に古そうな一軒家に少し崩れた低層マンション、ロードサイドといった感じの自動車屋に飲食店、それらが木のない並木道に続く。どうやら、その先にあるショッピングモールの躯体などもほぼ無傷で残っていたようだ。


 だが、スラスターを吹かしてアッという間……とはいかないようだ。


<ん! 前方にまた障害物よっ! 何の残骸か分かんないけど凄い量、高さは三メートル……幅は……ずっと先ね……ホバーとの共有完了! 迂回する?>

「いや、全機直進だ。高さがある。ホバーは特に気を付けろ」


 そう言った俺はすぐに機体の下向きのスラスターを吹かす。同時に自身の膝を曲げ、伸ばした瞬間に合わせて今度はアリスが力加減を細やかに調整する。


 これは崩れた高層マンションの残骸なのだろうか……そんな迂回する気が無くなる程に巨大な残骸の上を俺の機体が速度を落とすことなく軽やかに越えていく。


「今更だが、もうエルザ搭載機には戻れないな」


 お世辞半分ではあるが、このワザと発した大きめの言葉に何故か返答はないようだ。はてと少しだけ疑問を覚えた俺だが、すぐに彼女のこの反応を理解する。


「『JV-28』の呼びかけに応答なし……か……」


 さて、この新たな報告、共有されると小隊の皆も流石に疑問を覚えた様だ。


「隊長……なんか……おかしくないですか?」


 最初に声を上げたのは心配性な大崎……その言葉に三島も続く。


「そうっすよね……なんて言うか、前のスバル基地の時のような……罠?」


 まあ、彼らがそう思うのは当然だろう。


 先ほどまでの一方的なSOS発信から返答無しでの突然のダンマリ、避難所の防護扉が破壊された瞬間とはいえ、それでも返答無しは……流石にあり得ないのだ。



 全員が揃って言葉を失くす――



<音声、発光信号すら、無し……むしろ、連絡が取れちゃ不味いみたいな>

「余裕がないのだから仕方ないと擁護したいところだが……あり得ないだろうな……そんな状況は全滅寸前か……それとも最初から連絡要員がいないかだろうな」


 そんな中、大崎と三島がハッと気づいたように同時に口を開く。


「罠? 大型……まさか、隊長の新武器って……」

「罠? 大型……もしかしてビームサーベルって……」


 さて……そこまで仲良く二人が口にした所で、俺は全てを隠すのは流石にもう無理だろうと半ば諦める。この二人ですら気付いたのだから、他の皆は今頃……


 そして……その諦めを感じ取ったアリスが早速とばかり行動に移る。


<はい、切ったわ>

「よし、アリス……彼らを今、説得……いや、誤魔化す方法は?」

<強めに黙れって言う>

「それで彼らが納得するか?」

<暫く黙らせられるけど、誰も納得はしないわね>

「他に方法は?」

<んーやっぱり、一部の情報開示かな?>


 一瞬、前澤連隊長の顔が浮かんだが、やはり全ての機密を守り切るの無理そうだと考えなおす。すぐに完全に諦めた俺はアリスに無線を繋いでくれと伝える。


 そして……


「二人の察した通り……この武器は今回の件に対応する為のモノだ」


 この突然の言葉に動揺が広がるが、そんな彼らに更に情報を伝えていく。


「上は罠を察知していた……む、誤解のないように言っておくが、可能性が高いのではと考えていた……だからな。これは『その罠』への一応の対策という事だ」


 その言葉を吐き出すと同時にアリスに俺の頭に思い描いた新たな作戦をすぐにアウトプットさせる。その作戦内容をすぐに精査すると共に皆へと情報共有する。


「「こ、これは……」」


 このアリス式のややカラフルな作戦指示書、その中にある幾つかの真っ赤に強調された文言を優先的に読んだ大崎・三島の二人が唸るように声を上げる。


「大型のインセクタムの存在……既に産総研が察知してた?」

「また新型……でも、確かに最近、新型ばっかでしたもんね」


 最小限の情報を開示した所為で少なくとも二人は少しは納得したようだ。他の連中の怪しみながらの似たような反応も確認した俺はここで畳み掛ける。


「当然、詳しくは言えないが、無理やりに納得しろ! 作戦の内容は変更だ。『SOSを受けての強行偵察』から『大型インセクタムの駆除、避難所奪還』とする」


 ホバーに本部への連絡を任せた俺は無理やりに前方へと意識を戻す。



 これ以上は余り深くは考えたくない……そんな俺をアリスが逃がさない――



<ねえ、良かったの? 情報漏らすなって連隊長が……>

「それは覚えている。何も全部を伝えた訳じゃない……何よりも動揺を抑えて全員が無事に帰還する方が優先という事だ……連隊長も分かってくれるはずだ」

<でも、内々のやり取りだけど、今のはノアにだって……>


 そうアリスが言った所で小隊用回線に突如として涼やかな声が響く。


<こうなった以上、事は一気に進みます。皆さん、気を付けていきましょう>



 珍しく口を開いたのは、その噂していたノアであったようだ――



 初めて皆のモニターへと映り込んだノアの姿に俺も思わず目をやる。


 皆に微笑みかけ、冷静に行けば大丈夫ですと言葉を続けたノア、その当たり前と言えば当たり前の言葉を聞いたアリスが驚きの表情と共に無線をぶった切る。


<ちょっと! 誠二、やっぱりバレちゃったんじゃない!?>


 半ば、パニック気味にほら言ったじゃないと騒ぐアリス……そんなアリスに静かにとだけ告げた俺は少し考える。そう、彼の口にした言葉が気になったのだ。


「事は一気に進みます……か……それは兎も角、彼が姿を出して口を開いただけで皆、ずいぶんと落ち着いたな……このタイミングで……実にありがたいな」


 彼が普段しないような言動……それを今、ここでした事で皆の意識が、そちらへと向かったという事なのだろう。間違いなく意図して、そうしたという事だ。



 それよりも――



<そ、それより、ど、ど、ど、どうするのよ!?>


 何処から仕入れたのか、ベタな驚きようをみせるアリスに逆に問い掛ける。


「アリス、落ち着け! そして聞いてくれ! 今のノアくんの言葉、さっきの前澤連隊長と同じ言葉だな? どうだ? 間違いないよな?」


 このいいから聞けと言わんばかりの口調にアリスも思わず冷静さを戻す。


<ん? うん、そうね……確かにさっきの連隊長と同じ言葉だわ>


 間違いない事を確認した俺は操縦をアリスへと放って少し考え込む。


 この彼が口にした『事は一気に進む』という言葉……俺は今、使うには相応しくないような気がしたのだ。言葉のプロでないから分からないが、やや違和感のある唐突な使用方法、何かを匂わせたくてワザと発したのではないかと考えたのだ。


「敵、味方……どちらにせよ……問題は何の為に……か……」



 敵の一部がこちらへと向かったという無線が入る中、俺は選択を迫られる――



「敵に位置がバレた……このタイミングでか……」

<の、ノアかな?>


 さて、先ほどのノアの言動……普通に考えれば、ただ単に彼があそこを盗聴をしたという可能性が高い。ついでに、そのまま位置情報をバラしたのも彼である可能性だって高い。だが、それを我々に匂わせる理由は余りないように思える。


 そう、彼を敵と仮定した場合、この我々の警戒心をわざわざ高める結果になる行動ははどう考えてもあり得ないのだ。今、この場に多少の混乱を招く事はできるが、むしろ俺の僅かな油断を完全に無くす事に繋がりかねない……という事だ。


 やはり、目的が何にせよ、彼のメリットは少ないように思える。


 自分が敵だという情報を明確に漏洩した事、あの場でも盗聴ができるという能力の露見、何にせよ、それらのデメリットの方が大きいように感じるのだ。


「位置バレも、むしろ敵の戦線が間延びして各個撃破しやすいような……」


 兎に角、優秀なAIでもあるノアくんが今、そんな無駄な事をするとは思えない。


「偶然……じゃないよな?」

<し、知らないよぉ!>



 では、敵ではなかった場合はどうか――



 どちらかと言えば、俺はそれを訴えかけてきたように感じているのだが……


「……分からん」

<な、何? 私、今、そっちに意識を割けない。結局、どうするの?>


 地形が悪いのか、機体が上へ下、左へ右へと動き続ける中、先ほどのノアが居た場所に取って代わるようにして映ったアリスが心配そうな表情をみせる。


 そんな焦り気味の彼女に向け、俺は静かにハッキリと答えを返す。


「俺の勘だけで判断すれば、彼は敵ではない。さっきの言動は小隊の落ち着きを取り戻してくれたしな……やはり、この匂わせは彼が敵ではないと伝えたいというように感じる。まあ、それを証明する手立てがない以上、これまでと変わらずだ」


 そう、今まで通り、基本的には疑ったまま共に行動するだけ……という事を伝えたつもりなのだが、アリスにとっては少しばかり嬉しい情報となったようだ。


<そっか! 誠二の勘では敵じゃないんだ! じゃあ、なんだろう? 二重スパイとかかな? もしかして西田と組んでたり? わーそしたら凄いね!>


 発想の飛躍が凄い……アッという間に何か物語を作り始めたアリスを諫める。だが、同時に何となく、このアリスの考えが近いようにも感じてしまう。


 そんな俺の少し明るくなってしまった声が機体に響く。


「今まで通りだぞ? まだ何も分かっていないという事を忘れるなよ? よし、機体のコントロールを戻してくれ! そろそろ接敵が近い! 集中しろよ?」


 色々な意味でうんと元気よくアリスが答える。


 俺の勘という当てのないモノを頼られても困る。だが、このアリスの心からの笑顔は悪くない。そんな複雑な想いを抱えながら俺はもう一度だけ念を押す。


「その話に乗っかってやるとしても……もし、そうだったらバレたら敵の内で動くノアを滅茶苦茶に困らせる事になるからな……今まで通りだからな!」


<うん、了解っ!>



 そうは言いながらも俺もノアを信じたい……その彼が搭載された機体を駆る田沼も……是非とも信じたいものだ。そう考えながら俺は川口避難所へと急ぐ――

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