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インセクタム  作者: 初来月
115/133

115 ハミングバード

 雲を切り裂くように……だったら格好も付いたのだろうが――



 分厚い黒雲をブチ破り現れた『JV-28』がフラフラと現れる。そして風に煽られたのか、同時に大きくバランスを崩し、右曲がりに地面に接近していく。


「わ、わっ!? あ、あれ……だ、大丈夫なんですか!?」


 さて、オープン回線に大きく響いた声は田沼……体勢を戻したが、明らかに右に左と挙動不安な『JV-28』の姿に本当に珍しく冷静さを失ってしまったようだ。


 その彼女の声に本当に驚いたのか、今度は三島准尉が素っ頓狂な声を上げる。


「た、田沼さん!? め、珍しいっすね」

「おい、二等陸尉を付けろって!」

<大崎さん、完全に保護者ね!>

<アリス、貴女も勝手に喋らないの!>


 続く大崎の声、それらを揶揄うアリスの声、そんなアリスを咄嗟に注意するリサの声まで聞こえた所で流石に俺の堪忍袋の緒もやや切れる。


「作戦行動中だっ! 全員……いや、リサくん以外、無駄口を叩くなっ!」


 リサを除く、全員の慌てた謝罪の声が届く中、『JV-28』から無線が届く。


「すみません……自分の情けない操縦の所為で……」


 その声を聞いた瞬間、俺もアリスもは少しばかり笑みを浮かべてしまう。


<わー宍戸さん、また会えたね!>

「『宍戸 明』三等陸……また会えて嬉しいよ」


 戦場を渡り歩く中、そこでの縁を心から大事に思っている俺、そんな俺のパートナーのアリス……そんな二人が同時に被るようにして彼との再会を心から喜ぶ。


「あー合コンの時の……!」

「あの時の『JV-28』のパイロットさん……?」

「あー一緒に桃華ちゃんの曲を歌った……!」


 我々の歓迎する雰囲気を感じ取った宍戸も心から嬉しそうな声を上げる。


「皆さんに再開できて嬉しい……ですが、もう少し……」


 どうやら、再開を喜んでいる余裕はないようだ。そこまで口にした彼の後ろで警報が響き、銃座も務める副操縦士たちの悲鳴のような声も聞こえてきたのだ。


 同時に又もや、彼の機体がバランスを大きく崩す。


「すみませんっ! 先行します!」


 それだけ告げると『JV-28』が速度を上げて前進していく。この渦巻くような風の中、ホバリングは余りに不安定すぎて危険と判断したようだ。


 本来の索敵という役目を果たすべく『JV-28』の姿が我々の前から消える。



 突然の再開はアッという間に終わりを告げたようだ――



<嵐のように去っていったわ……大丈夫かしら?>

「この嵐の中で手動であれだけ動かせるんだから大丈夫だろう」

<本当に?>

「同乗者も落ち着いたものだったろ?」

<悲鳴……聞こえてたけど……>

「少し……な?」


 何とも怪訝そうな表情をみせるアリス……だが、俺の方は上機嫌となる。


 先ほどの皆の砕けたやり取り、そして今の宍戸との再会……それらの所為なのかは分からんが、俺の中に合った強い嫌な予感がやや薄れたのを感じたのだ。


 気分が良くなっただけの気もするが……


「さて、敵と遭遇する前に少しでも前へ進もう」

<敵、全然いないけどね>

「……」

<集まってるんじゃない? どっかに……>


 残るモヤモヤとした感覚を無理やりに押さえつけて前進を再開する。





 前進再開から少し、早速とばかりに先行した『JV-28』から報告が入る。


「こちら『JV-28』、避難所まで一キロの地点に到着、道中のインセクタムは全く見当たらず、気配すら感じない状況です。それと現地の目視は全く出来ませんが、熱源の探知に成功……情報を送ります。どうやら、かなりの大物も居るようです」


 無理やりに冷静さを装ったように聞こえた宍戸の抑揚のない言葉……それとほぼ同時にホバーから次々と、それらに関する情報が送り込まれてくる。


<ええと、私たちの前方に敵影は無し……避難所の周囲は……かなりの数ね……でも、それほどではない? で、大型の敵影は……これかしら? 雨の所為でサーモじゃ捉え切れてない? 確かに相当に大きいけど……って、避難所入り口と思われる場所に存在!? 被って見える? なんで!? 扉が壊されちゃったの?>


 素早く情報を処理していたアリスが叫ぶように声を上げる。


<誠二、大変っ! 位置情報は間違いなく、扉の内側よ!>

「そうなると……室内戦か……よくないな」

<えっとね、凄い古い情報だけど、避難所の侵入口は防空壕の役目もあって頑丈らしいわ。で、半地下になってて、かなり広いし、高さも相当にあるみたいね>

「ビームブラスト……一応は使えるという事か……」


 罠であるかどうか、どちらにせよ、余り宜しくはない状況となったようだ。この新たな情報を聞いた俺は一つだけ溜息を吐き、ホバーへと問い掛ける。


「マイキー隊と金田隊の位置はどうか?」


 だが、この問い掛けにすぐに無情な答えが返る。


「まだ五キロ以上、離れているそうです。天候も地形も悪く、全力でも……」


 さて、良いか悪いか、敵影のない今、我々は全力で到着まで一分である。


 そんな中、避難所の周囲の敵はこれから包囲していくような陣形であり、我々の戦力ならば今から全力で向かえば一点突破が可能な状況……扉に侵入したと思われる大型のインセクタムさえ、処理できれば室内で援軍を待ち切れると言う事だ。


 余りに出来過ぎた状況に妙な気持になるが……


「やはり、この為のビームブラストか……?」

<ここまでシナリオ通りって感じなのかな?>


 そう、この新武器が無ければ、我々は扉内へと無理やりに誘われて大型にやられるというシチュエーションだったのではという事だ。そして……この罠の存在を知った西田博士が、ビームブラストを開発し続けて我々に託したという事にもなる。


「全て想像でしかないがな……」


 つまり、後は何を信じるべきかという事だ。


<誠二、どうする?>



 答えは一つだ――



「博士の……彼の夢、その力を信じる」


 そう言った俺はすぐに無線を開かせる。そして……


「避難所の扉が破られたようだ……我々は今から全力を持って救援へと向かう」


 この短い命令の言葉に一瞬の間が空く、皆が息を飲んだであろう事だけが伝わってくる。だが、その次の瞬間、今度は皆の覚悟の決まった声が聞こえてくる。


「了解です!」

「全力で支えます!」

「い、行かない訳にはいかないっす!」


 高梨の短い了解の声、心配事を抱えた俺の様子に気付いた大崎の声、必死に自分を鼓舞するような震える三島の声……だが、そこに田沼の声は無いようだ。


 ここに来ての田沼、その真意を考えながらも俺は改めて皆に指示する。


「最新の天候、地形、室内図のデータを送った……全機、このままの陣形、速度のまま、インストールを開始……全機の作業終了次第、全力で目的地へと向かう」


 この命令が伝わるや否や、俺の左右に展開した田沼機と大崎機のスラスターが上下左右に動き出す。次の瞬間、熱源センサーにチロチロと映っていたスラスターの先端の小さな炎が強烈な真っ赤な炎となって何度も繰り返して噴き出す。


<敵配置、地形・天候データ、情報共有完了!>


 そのアリスの声に了解と返した俺は後方のカメラへと目を向ける。


 そこではホバーは飛び出した砲身やレーダー設備が収納され、少しでも速度を上げられるような状態へと変わっていき、同時に三島機のスラスターが動き出す。


 その三島機の調整された正しい噴射炎を確認した俺は大きく声を上げる。


「全機、準備は良いか!?」



 了解の声が正しく返ってきたのを確認した俺は短く前進とだけ発する――

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