112 二人の懸念
さて、余りに考えるべき事が多い現状である――
俺は歩みを遅らせ、やや照れ隠しを含めて話を戻す。
「やはり、相当に巨大な敵が出る事を想定して動くべきか……」
この言葉に同じ想いだったのか、アリスが素早く反応する。
<き、昨日のシミュレーター程度の敵なら……私たちの相手じゃないわ>
照れ隠しと空元気を感じるアリスの言葉……それを受けた俺は歩みを止める。
「そう……だな」
ともあれ、あのシミュレーターで相対したような既存のインセクタムを大型化したモノであれば、我々は通常のレールガンで問題なく仕留める事ができるのだ。
そう、そうであれば通常のレールガンで十分なのだ。
<……やっぱり不安?>
「まあな……」
やはり、それ以上に大型、異形の敵が現れる……という事だろうかと訝しむ。
嫌な予感だけが、否が応でも膨らみ続ける――
だが、その勘に反して状況は……むしろ良好、通常種はパラパラと現れているものの、周囲一帯からはそのような大型のインセクタムの報告はない。
先ほど、改めて渡された資料にサラリと目を通し直した俺は渋々と歩き出す
「あのエリアの偵察は既に二度、行われているな……」
未だ、訝しみ続ける俺の言葉にアリスが答える。
<うん、昨晩にもホバーが入って十分ほどソナーが使われたみたい。今日は更に先まで進む予定だけど、その更に先まで一応の安全が確保されているはずよ>
資料を見ると、確かに近場に空洞は無しとなっている。幸いな事に今回は上空からの目視も入っており、妙な敵影は上下ともに一切なしとなっているようだ。
「あれ以来、地下にまで目を凝らしている。より大型の敵が隠れる場所など……」
<ね? そんなに大きい敵なら、移動も遅くて大変だろうし……でも、西田が今の私たちに無理してでも、あの武器が必要だろって考えてたって思うと……あ、今日じゃなくて次の出撃は三日後だっけ? その時に遭遇するって考えたとか?>
「そうだな……それもあり得るとは思うが……事前に隠れたままという可能性の方が高いか? 熱は感知されてないが、冬眠のように体温を下げたり……」
もう少しでも良いから考える時間が欲しいと考えた俺とアリス……だが、そんな我々の視線の先に無情にもブリーフィングルームの扉が見えてくる。
◇
さて、壇上と言うべき場所に立ち、皆の視線を一身に受けた俺は口を開く。
「今日の哨戒任務は例の……ビームブラストを持っての初の任務となる……安全を優先し、通常の散開してのフォーメーションではなく、常時密集隊形にて行う」
正直な所、これはかなり強引な話ではある。こんな高出力の武器を持った環境っでの密集隊形など、普通に考えれば、あり得ないという事だ。だが、もし何かあった時に皆の傍へすぐに向かえる様に考えると、そうせざるを得なかったのだ。
「も、もし、俺の機体が動けなくなった場合、皆でフォローを頼むぞ」
この言葉に若い連中は素直に了解と答えてくる。
だが当然、古参の二人は妙な気配を感じてしまったようだ――
そのまま何時も通り、何も変わらないようにと淡々とブリーフィングを終えたつもりの俺……最後まで部屋に残ろうとしていた所に声が掛けられる。
「隊長……話せない事だろうと理解はしているのですが……」
「自分はよくわかってないんですけど……」
申し訳ないとばかりに口を開いた田沼と大崎……次の瞬間、よくわからないと言った大崎の視線を受けていた田沼が代表する様に疑問の言葉を口にしていく。
「実戦配備されたばかりのビームブラストの運用初日と考えると、この密集は最善とは思えません。安全性は確認されているとは思うのですが、皆が巻き込まれる危険を考えると……というより、隊長が、それなのに何故、密集隊形を選んだのかが……その……何と言うか、話せない何かの所為で……疲れてるんじゃないかと……」
そこまで口にして深入りしすぎたと思ったのだろうか、心配なんですと言った田沼が下を向いて口を噤む。今度は代わるように恐る恐ると大崎が口を開く。
「俺はただ、隊長の表情が凄く暗いように思えて……」
それぞれが、それぞれの理由を取り付けて俺の心配をしてくれたという事だろうか……少し考えて俺は心配をかけた事、隠しきれなかった事を謝罪する。
そして……
「済まんな……だが、決して悪いようにはしない。必ず、最前を尽くす」
言い回しは兎も角、やはり言えないというだけの言葉だが……
だが、少しは納得したのか、それとも諦めたのか、二人がフッと顔を見合わせて何度か頷き合う。そして小さく敬礼して部屋を足早に後にする。
その二人の背を扉から消える最後まで見送った俺は申し訳なさから小さく溜息を吐き出す。そんな俺に向け、ここまで大人しく黙っていたアリスが口を開く。
<ノアとリサも仕方ないだろってさ>
俺の背後のモニターに映し出されたアリス、椅子に座り、足をブラブラ、テーブルに両肘を付いたまま顎を掌に乗せ、リラックスしていた彼女が更に口を開く。
<もう、最近は何時もの事だからね……誠二の立場を考えても仕方ないし、田沼さんも大崎さんも気にしてない所か、疲れてないかなぁって心配してるだけよ>
私も本当に同じ考えだよとと続けたアリスが更に言葉を紡ぐ。
<私も誠二が心配、機密や情報統制なんて関係ない……色々あっても誠二は絶対に悪いようにしないけど……でも、絶対に無理はするから……ホントに心配……>
アンタの為に言ってるのよと聞こえるような表情、少し怒っているようにも見える表情をしたアリス……そんな彼女の視線を受けた俺はようやく答えを返す。
「済まんが、無理をするなという言葉は聞けないな。こういう時に無理をする事は自分の為でもあるからだ……やはり、後悔だけはしたくないからな……」
この言葉を受けたアリスが小さく溜息を吐き出す。
<はぁ……分かってたけど……もう>
諦めきった表情のアリスに小さく笑みを見せた俺はようやく部屋を後にする――
◇
さて、機体の準備の方は万全のようだ。
ハンガーへと到着するや否や、いつもより多くの人々に囲まれる事になってしまったが、その全てが何の問題がない事を告げるだけのモノであったのだ。
「アリス、この数値は許容できるのか?」
<大丈夫……それくらいなら、こっちで管理できる。任せて!>
次々と見せられる数値の羅列に画像の数々、それらが映し出されたタブレットを順に見ていき、間違いなく確認をしたというチェックを入れていく。
だがやはり……その集団の中に川島女史の姿は無かったようだ。それをこっそりと確認したアリスがインカム越しにいつもよりも小声で話し掛けてくる。
<やっぱ、軟禁なのかな?>
「その可能性は高いが、現状を考えれば仕方ないだろうな……」
嫌な予感だけが、信じられない程に膨れ上がる今、俺としても最後のチェックを彼女にお願いしたい所だったのだが……そうもいかないという事だ。
もう一度、溜息を吐き出した俺の耳に無情にも出撃準備が告げられる――
「橘小隊、出撃準備を願います」
ハンガーのスピーカーを小さく揺らした男性オペレーターの声、この淀むことなく冷静に伝えられた言葉を受けた俺は改めて周囲の皆へと声を掛ける。
「聞こえたな! 搭乗を開始しろっ!」
整備員と向かい合っていた全員が了解の声と共に素早く動き出す――