111 西田の反乱
四人共にやや茫然とし、ただ考える事に集中して黙り込む――
だが、これは余りに想定外……それだけに誰もすぐには答えが浮かんでこない。
しかし、このままという訳にもいかない。そう思った俺がまずはと口を開く。話題をよく分からない何かから、現実的なモノへと変える事にしたのだ。
「その……博士が何らかの思惑で勝手に動いているといった状況ですが、今日の出撃はどうしますか? 個人的には……あの装備は持った方が良いかと……」
本当に突然に話題を変えた俺の顔を正気かと言わんばかりに覗き込む前澤……次の瞬間、その目を見開いてしまった彼が、たった一言を溜息と共に吐き出す。
「はぁ…………いつもの勘か……?」
明らかに呆れ返った様子の彼に俺は答えにならない言葉を返す。
「今回は勘だけではありません……その……か、彼を信じたいんです」
「信じたい……だと……?」
さて、現状だけを見れば、西田博士は我々を騙した……となる。
だが、正直なところ、新武装を正しく立派に使えるように強化するという事が本当に我々を騙すという行動だったのか、俺にはよく分からなかったのだ。つまり、彼のよく分からん、この行動には単純に他の理由があるのではと考えたのだ。
何より彼のビームサーベルへの愛、あの熱量は本物だったと考えたのだ――
腰を浮かして話し掛けてきた彼の様子を思い出す。当然、あれは些細な事で駄目にしてよいモノではないはず……そう考えを纏めた俺は改めて口を開いていく。
「ビ、ビームサーベルは彼の夢……人生の目的の一つとなるようなモノを今、適当に扱うとは思えません……本当に正しい意味で使えるようにしているはずです」
グルグルと回る頭を何とか絞って生まれた俺の必死な言葉……その言葉を黙って聞いていた前澤……だが、その言葉の一部に僅かに反応を示す。
「夢……?」
片眉を小さく上げた連隊長が、もう少し続けろと促してくる。
その言葉を受けた俺は先日の産総研での話をしていく――
◇
それほど長くない俺の話を聞き終えた連隊長が不精髭を雑に何度も撫で回す――
「夢……か……」
そう言いながら更に荒く、何度も髭を撫で回す連隊長……
全く納得はしていないが、俺という人間をよく知るだけに一考の余地があるようなといった所だろうか……そんな前澤連隊長が目を瞑り、僅かに顔を上げる。
虚空を睨み、明らかに考え込んだ様子の彼を後押しすべく俺は更に声を掛ける。
「か、彼との付き合いは短いです……ですが、あの時の彼の熱い想いは……」
この言葉を受けた前澤がこちらへと向き直り、目を開く。そして……
「熱い想い……普段、冷静な貴様がそこまで言う程か……ふむ」
何か納得したように、そう呟いた前澤が茫然としたままの川島へと向き直り、博士の健康状態を尋ねる。その言葉に川島が素早く直近では何も無かったと答える。
それを聞いた次の瞬間、前澤が大きな溜息と共に椅子へと深く座り込む。そして正面を見据えたまま、椅子の肘掛けを人差し指で何度も叩き始める。
防音の効いた隊長室、この痛いほどの静けさの中にトントンと音が響く――
さて、西田は延期を言い渡された新武装を強引に、皆を騙してまでして我々に渡してきた。当然、普通であれば、そんな事をする理由がない。
計画の凍結もなければ、先ほどに連隊長が聞いたように彼の寿命が残り幾何かでもない。兎にも角にも、今すぐに無理をする理由は全くないのだ。
つまり、現状は特に大きな理由がないにも関わらず、彼は今、この機密の塊のような装備を我々に無理をしてでも渡したかったという事だ。これにより、自分の立場が今後、信じられない程、絶大に悪くなるにも関わらず……という事である。
……となると、『何か』別の大きな問題があり、これはその『何か』への何らかの対策となる。博士はそう考えて我々にこの武器を無理やりに託したのではないだろうか……そんな俺の考えに気付いたかのように前澤が深く溜息を吐き出す。
「誠二……お前はその恐るべき破壊力を持った兵器、ビームブラストを使うような相手が今日、この後にお前たちの前に現れる……そう考えているんだな?」
この睨むかのような鋭い視線に俺はすぐに『はい』と答える。
「自分は運悪く、様々な異様な状況に遭遇しています。今まで全くなかったにも関わらず、この短期間で信じられない程にです。ハッキリと言えば、ただの偶然とは思えない。そう、意図的な気配を感じます。つまり、また起こりうると……」
ここまで言った所で前澤に強引に話を止められる。こちらへと手をかざし、少し待てという合図したままの前澤……そんな彼の眉間に深い深い皺が現れる。
そして……
「三人とも……この後、一切の情報を漏らすな」
先程よりも更に張り詰めた空気の中、前澤連隊長の言葉が更に続く。
「俺の与り知らぬ上層部、勝手に延期命令を出してきた総理名義を使う謎の上層部、その組織に離反するような動きを見せた西田博士……そんな彼が今、我々の敵だったか、味方だったのかは分からん。どちらにせよ、この動きは一種の反乱だ」
反乱という聞きなれない言葉に全員が顔を顰める。
<に、西田が反乱……?>
絶句するアリス、俺もその不穏な言葉に慌てて口を開く。
「彼が姿を隠した理由は身の安全の確保……それにも拘らず、我々に救済を求めなかった理由は我々の立場……我々が疑いをもたれない様にと考えての事では?」
そう、彼は決して我々の敵ではないはずだ。この俺の西田博士の立場が少しでも良くなるようにと口にした言葉は前澤によって、すぐに強く遮られる。
「分かっている。動きだけ見れば、我々に敵対行動を取っていない事くらい……だが……誠二、今は先入観は捨てておけ……さて、川島くん、君たちの身柄は一時的に拘束させて貰う。暫くは我々の旅団の監視下に置かれるものと思ってくれ」
今は余計な事を考える時ではない。他にやる事があると考えたのだろうか、前澤旅団長が我々の意見を半ば無視するかのように手短に強く命令を下してくる。
「誠二、今日の作戦はビームブラストを装備したまま出撃しろ。強引だが、俺の確認ミスで出撃を許可された事にでもしておこう。無論、後の責任は俺が持つ」
そんな前澤の命令が……今度はアリスにも下される。
「今更だが、君を起動したままでの入室を許可してしまったな……」
やれやれと言った感じとなった前澤が言葉を続ける。
「だがまあ、それは良いだろう……さて……アリス、誠二が信頼する君に一つだけ質問だ……君の……最も大切なモノはなんだ? 答えを聞かせてくれ」
この一段低い声で告げられた言葉にアリスが冷静に全く怯むことなく答える。
<誠二よ! マザーより……ノアとリサより誠二が大切!>
そのアリスのハッキリとした答えに満足したのか、前澤が小さく何度か頷く。そのまま、今度は未だに驚いたままの川島へと視線を送り、居残りを命じる。
そんな彼が、こちらへと視線を送ってくる。
「誠二、覚悟しておけ……事は一気に進むぞ」
そして我々の方は作戦の資料だけ渡されて揃って追い出される事となる――
◇
部屋を出た俺の耳に早速とばかり、アリスの弱々しい呟きが聞こえてくる。
<ね、ねえ、どうなっちゃうんだろう>
情報が明らかに足らなければ、計算能力の高さ云々に関わらず、まともに答えは出せない。答えにならない予測という名の選択肢だけが幾つも無駄に増えていくだけ……そんな状況だけに、アリスも大いに不安が高まってしまったようだ。
先程の前澤へと答えていた冷静な表情はどこへやらといった様相である。
<西田が……勝手にどっか行っちゃうなんて……私や梓にまで秘密にして……>
そんな彼女の明らかに心配そうな呟きに俺は答えを返す。
「西田博士の身柄、行方は旅団長に任せよう……もし……いや、旅団長なら決して悪いようにはしないはずだ……その……まあ、博士なら大丈夫だろう。彼は少しドジな所はあるが、頭は良いはず……我々に悪いようにもしないだろう」
ありきたりな言葉ではあったが、一応は納得……いや、俺の疲労感が溢れる顔に気付いたのかもしれない。どちらにせよ、画面の中のアリスが小さく頷く。
そんな落ち着きを少しだけ取り戻した彼女にもう一言だけ付け足す。
「その……大切と言ってくれた事……嬉しかったよ」
互いに黙る事となった我々は急ぎブリーフィングルームへと向かう――