110 消えた西田博士
帰還した我々の『AA-PE』を皆が囲む――
窓越しに見えた、明らかに見覚えのない仰々しい何かを積んだ我々の機体……その妙な姿に気付いた連中が飲むのを止めてまでして挙ってやってきたのだ。
途端に騒がしくなるハンガー
さて、川島から数々のデータを渡された整備員たちが大騒ぎする姿、機体を見上げる休暇中のパイロットたちの姿……その中に田沼と大崎もいたようだ。
他の連中と違い、素面な二人……そんな今し方、こちらに気付いた二人が、こちらへと走り寄り、少し心配そうな面持ちで声を掛けてくる。
「た、隊長……その腰の何かは……一体、何ですか?」
「それは……新武器ですか?」
二人の揃い重なった声に続いてリサとノアまで珍しく声を上げる。
<驚いた……ほとんど情報が無いわ……>
<直近の『新型近接装備計画』の産物でしょうか?>
<でも、これって内容が……>
<確かに……>
周囲の喧騒に紛れて大半は聞こえなかったが、この件について何かボソボソと囁き合ったノアとリサ……だが、そんな二人は口を噤む事となる。
『先に自分にただいまでしょ』と騒いだアリスに絡まれたのだ。
だが、途端に黙ってしまった彼らを他所に田沼と大崎の方の驚きは続く。先ほどの返答の代わりとばかり、俺に新武器の概要を渡されてしまったのだ。
数瞬ばかり、目を落とした二人、そんな二人の驚きが倍増する――
「これって……ビ、ビームサーベルって奴ですか? アニメみたいですね」
「この出力、レールガンの比じゃ……一体、何を想定した武器なんですか?」
咄嗟に出た二人の被さるような叫びに俺はゆっくりと答える。
「名称はビームブラストだ……間違えるなよ? 想定の方は……大型の何かだ」
「ブラストって?」
「大型ですか……?」
「「あっ!」」
さて、まだまだ疑問は幾つも在る……そう言いたげな眼前の二人であったが、こちらの疲労感を隠す事もできぬ様子にようやく気付いたようだ。
すぐに互いに顔を見合わせるや否や、これ以上は……と押し黙る。
「すまんな……」
そんな二人の配慮に感謝しつつ、俺は更衣室へと急ぐ――
◇
シャワーを浴び、ようやく一息つく事ができた俺だが……残念な事に休む暇は全くないようだ。悲しい事に目の前の小物入れに置いたスマホが震えだしたのだ。
他者にも聞こえる室内放送ではなく、直通となるスマートフォンでの連絡――
「はぁ……」
この哀しみを大いに含んだヨレヨレの溜息に続き、アリスの元気な声が響く。
<誠二、連隊長からよ!>
「連隊長……はぁ……了解だ……繋いでくれ……」
すぐにシャワーを止め、通話を開始した俺の耳に聞き覚えのある荒々しい声が聞こえてくる。間違いようがない、連隊長『前澤 栄吉』一等陸佐の声である。
「誠二っ! あれはなんだ!」
余りの怒声にスマホから反射的に顔を背けた俺の耳にまた同じ言葉が繰り返される。そんな彼の言葉を頭の中で反復した俺は当たり前のように答えを返す。
「あれが……ビームサ……ビ、ビームブラストですよ……」
<ぷぷ、また間違えた>
先程、大崎に偉そうに間違えるなと言ったにも関わらず、あっさりと言い間違えてしまった俺……だが、この格好のよくない、言い間違いをアリスと共に更に揶揄われるのではと思った俺の耳にもう一度、怒りを含んだ言葉が聞こえてくる。
「だから、それはなんだ!?」
「それはとは……?」
<何か、おかしくない?>
「ああもう、こっちへ来い! 急げっ!」
「了解です。すぐに……そちらへ向かいます」
明らかな……何か、致命的な齟齬を感じた俺は大慌てで着替えを進める――
◇
室内を何度も行ったり来たり、イライラとした様子をみせる前澤連隊長……そんな彼の待つ部屋に飛び込んだ俺は敬礼も僅かに疑問の言葉を投げ掛ける。
「ビ、ビームブラストに……何か問題が?」
当たり前のことを当たり前に伝えた俺の言葉に又もや、明らかな怒りが返る。
「大問題だっ! そんな装備の報告は奴から一切合切、受け取らん!」
奴とは……産総研の西田博士だろうか……そんな彼から報告を受けていないとは一体……意味が分からなかった俺とモニターのアリスは思わず顔を見合わせる。
「新装備に今日の出撃の件……全て話は通っていると……」
<ね、そう言ってたよね……?>
そう言った我々の視線を受けた前澤が更に鼻息荒くして言葉を返してくる。
「出撃の件は聞いた! 許可もしたが、新武器の件はまるで別物だ!」
<新武器が別物……ってどういう事? ん?>
「あれの威力が……高すぎるという事ですか?」
まだ上手く状況を掴めない俺とアリスが必死になって答えを探す。だが、未だに戸惑い続ける我々の前に今度は川島が酷く慌てた様子で姿を現す。
「失礼しますっ!」
そんな挨拶もそこそこな彼女が我々を押しのけるようにして口を開く。
「も、申し訳ありません……博士の行方が……わからなくなりました」
既に前澤と情報が共有され、川島は博士の弁明を早く寄越せと言われていたようだ。だが、肝心の彼と全く連絡がつかず、今に至るという事のようだ。
<なんか、分かんないけど……すっごい異常事態みたいね……>
「そのようだな……」
まだ余り事情も分からぬ我々を含め、全員の表情に強い戸惑いが現れる――
一体、何が……そんな俺とアリスの前で前澤が川島へと頷きかける。それを目視した川島が一呼吸し、落ち着きを取り戻すと共に、ゆっくりと口を開く。
「ほぼ完成していた『新型近接装備』なんですが、どうやら実戦配備の延期が言い渡されていたそうです……それが三日前……なんですが……ええと……」
言いづらそうにした川島が意を決したように俺とアリスに向けて口を開く。
「まず、この新武装……当初の計画は既存の『高周波電熱振動ブレード』の高出力化だったようなのですが、誰かが秘密裏に計画を変更していたようです。それが先日に発覚し、大きな問題となって、すぐに無期限の延期……となったようです」
この全て曖昧に聞こえる情報は正しいと今度は前澤が情報を付け足していく。
「まあ、誰かと言えば間違いなく西田博士だろう……何せ、彼から伝えられていた既存武器の高出力化の進捗状況は……正しく我々の元へと来ていたからな……まあ、無期限の延期命令がでていたというのは、不愉快な事に初耳だな……」
「え、延期命令の方は総理大臣の権限で降りてきていたようです」
「総理? 防衛省でなく? またか……なんなんだ……明らかにおかしいぞ」
それぞれの理由で目を丸くした俺とアリス、そこに新たに追加される事となった前澤連隊長……そんな我々を他所に川島が戸惑いながらも言葉を続ける。
「直接の視察の方も毎回、彼が対応するとしていた時に気付くべきでした……ずっと、ただ自慢したいだけなんだろうとばかり……それで……今は……」
ここに来て、ようやく俺とアリスの脳が少しだけ動き出す。
「に、西田博士が誤情報を……いや、秘密裏に勝手に計画の変更を?」
<何それ!? な、なんで西田がそんな事をっ!?>
正直なところ、ただただ信じられない。余りに混乱が強い所為か、聞いた情報が右から左へと抜けていく中、俺は何とかして更に疑問の言葉を絞り出す。
「ビ、ビームブラストの計画は本来は無かったという事ですか?」
この短い疑問の言葉に、すぐに川島が答える。
「ビームサーベル計画は別で始動していました。そちらも西田博士が以前から主導しており、特に問題も……進捗も悪くなく、今年度中には試験を……と……」
それを聞いた俺は更に畳み掛けるように問う。
「で、では、彼は……一体、何の為に? 無理やりに今、我々を……政府や自衛隊、産総研の皆を騙してまでして計画を変更する理由があるとは思えません」
この俺の必死な問い掛けに前澤が代わりとばかりに冷たく答える。
「する理由は今は関係ない……やってしまった事が問題なんだ」
四人共に言葉を失くし、また黙り込む事となる――