011 アリスという存在
人格を持った『人と変わらぬような言動を見せる』人工知能――
さて、俺が全く驚かない事に端を発する子供のような口喧嘩……このままにしておく訳にもいかないので仕方なく少し芝居がかった調子で声を上げる事とする。
「まさか……人格なのか? し、新型AIとは、この事だったのか……!」
この俺の上擦った声色に西田と『AA-PE』が同時に反応を示す。気持ち悪い程に同じような動きで上体を振り、こちらへと嬉しそうな視線を送ってきたのだ。
まるで人のように……片方は鉄巨人にも関わらずである。
「その通り……彼女が……!」
<そうよ! 驚いた? 私が最強の試作型AI『アリス』よ!>
驚く振りをした俺……その眼前で『アリス』と名乗った試作型AIが機体の胸を張って喋る。又もや、西田の声に被さる様にして……である。そう、AIである彼女が誰の命令も受けずに被さるようにして勝手に喋ったのである。
これには俺も本当に心の底から大いに驚く事となる。
「本当に凄いな……独自に判断を下せるのか……? レスポンスも信じられない程に速い。会話もウィットに富んでいる。それほどに高性能という事か……」
この心からの褒め言葉を正しく認識したアリスの機嫌が良くなっていく。
<ふふーん、よく分かっているみたいね! うん……やっぱり気に入ったわ! 貴方を正式に『私のパイロット候補』にしてあげる!>
「いや、勝手に……って合わないって……いや、ここのトップは僕……」
完全に主導権を取られた西田が横で慌てる中、アリスが勝手に話を進めていく。
<そこに仮想訓練用のシミュレーターがあるからアクセスを許可するわ!>
「待って……僕、まだ話して……」
<直々に貴方をテストしてあげるわ!>
「直々にしてあげるって最初っから……決まって……」
ともあれ、俺も興味の方が勝ってしまった為、この話に乗っていく事とする。
「なるほど、合う合わないとは……俺が呼ばれた理由とは君との相性試験という訳だったのか……了解だ! まずはシミュレーターの確認からさせて貰おう!」
俺とアリスが搭載された『AA-PE』、どちらから突っ込んでいいのか分からずにオロオロと困惑し続ける西田博士……話に付いていけず、目を剥いたまま固まっている大崎……そんな二人を置いて俺はシミュレーターへと向かっていく。
だが流石に……ここまで揶揄ってしまった事への申し訳なさも同時に生まれる。
「あー西田博士……貴方の許可が必要……だったかな?」
「あ、その……待って……必要……!」
「大丈夫です! アリスちゃんにもシミュレーター使用の許認可の権限が与えられています。そして先ほど、既に確認は頂いたので使用に問題はありません!」
面子を立てる為に……やはり、最終許可は開発のトップに……
そう思って西田に声を掛けたのだが、シミュレーターの隣に既に座って既に準備を進めていたであろう川島に素早く否定されてしまったようだ。
「りょ、了解……と言うか、権限を持っているのか……信頼されているのだな」
本当に色々な意味で驚いてしまう。
「ちょ! ちょっ! 待って!」
<あ、私もそっちにアクセスするね!>
バタバタと必死に駆け寄る西田博士、そんな彼の言葉にまた被せてきた『アリス』、その様子を楽しそうに笑うエンジニアたち……
何はともあれ、ここの好ましい関係性が僅かに見えてきたようだ。
「『アリス』は……いや、アリスも博士も随分と皆に愛されているようですね」
「そうですね……アリスたちは私たちの子供たちのようなモノですし……何より、どちらも良い反応を返してくれますからね! さて、まずは隣の部屋へ案内します。バイオ・アクチュエーターがそちらなので……着替えもそちらで願います」
素敵な笑顔を見せてくれた川島に隣室へと案内される――
耳の下に後頭部、そこまで隠される事となる黒い全身スーツ……強力な人工筋肉が搭載されている未来的な薄型・肉襦袢といったスーツを着込んでいく。
足、踵、脹脛、膝、太腿……下から順に繋げていくようにして着込んでいくと何度もピピッという音が響き、同時にプシューという空気の抜ける音が響く。
さて、このバイオ・アクチュエーター……こいつは先ほど言った通り、人工筋肉の役目を果たす。簡単に言うと人以上の筋力を発揮させる為のスーツである。
だが当然、こいつの用途はそれだけでない。
こいつの全身には幾つもの微細な接点が造られており、それを介して肉体と『AA-PE』との直接的な電気信号の送受信が可能となっているのである。
そう、これにより『AA-PE』との超高速での連携が可能となるという事だ――
隣室でそれに着替えを終えた俺はメインルームへと戻る。そして良い大人の可愛らしいと言えない事も無いような奇妙な膨れっ面を見る事となったようだ。
抗議行動として皆から離れていた西田から声が掛かる。
「ふんっ! 見ただろ? こうやって何時も皆で僕を揶揄うんだ!」
「ふふ、出会って一時間も経たないような俺から見ても君は揶揄い甲斐があるからな……まあ、その点は諦めた方が良いのではないか?」
まさか俺にそんな事を言われるとは思わなかった……そんな表情を見せた西田が顔を逸らし、頬を膨らませて不満の言葉を投げ掛けてくる。
「ふんっ! 色々と先に助言を伝えるつもりだったけど……全部、後にさせて貰うよ! これは揶揄った分の礼だからなっ!」
助言が必要な何か、『アリス』には大きな問題点でもあるのだろうか……
少々、訝しみながらもシミュレーターへと急ぐ事とする。何よりも『アリス』長く待たせるのは得策ではないと感じたからでもある。
やはりと言うべきか、少し急ぎ足となった俺に早速とばかりに声が掛かる。
<もう、早くしてよねっ!>
シミュレーターの方に移ったアリスである。
「ふふ、了解だ……アリス嬢」
<嬢? お嬢様? 古めかしい呼び方ね……ふーん、でも悪くないわね!>
姿は見えずとも明らかに機嫌が良くなったアリス……そんな彼女を他所に俺は少しばかり新型に見えるシミュレーターの様子を窺う事とする。
(高さは四メートル、幅は三メートル、奥行きも三メートルくらいだろうか……サイズは変わらんが、随分とスタイリッシュ……何だが、格好良さそうに見える)
ゲーム専用のパソコンのように角々しいデザインをしたキラキラと光り輝くシミュレーター……その外部スイッチを押して搭乗口を解放する。
すぐに『AA-PE』と全く変わらぬような内部構造が見えてくる。
「橘一等陸尉、川島です。すぐ傍ですが、ここからは無線を使います」
久方ぶりのシミュレーターを繁々と眺める俺の耳に今度は大人びた女性の声が聞こえてくる。内部スピーカーと直接の声が重なる様に聞こえてきたのだ。
「まず、慣れるまではアリスちゃんとのデートを楽しんでください」
<デート……ふ、ふふん、少しだけ付き合ってあげるわ>
「そ、そうか……その後は?」
「マップシチュエーションはインセクタムに強襲された『光が丘公園基地』となります。地形・障害物などの情報は事前に持った状態、風の想定は自動、敵勢力は『アント』、『シックル』、『アシッド』を合わせて十体、数・位置共にランダムの配置となります。え!? そ、装備も……ランダムですか?」
一気に仕事モードへと入った川島から矢継ぎ早に情報が告げられるが……
「時間は真昼となります……あの……先ほどの装備の件は博士の意地悪半分みたいなんですけど……このままで宜しいですか? 弾けますけど……」
「まあ、問題ない……搭乗を開始する」
すぐさま反転し、サイドのバーを掴む。両足を二つに別れた足元の空間へと放り込み、今度は両の手を左右の穴へと通す。それから改めてAIへと指示を出す。
「『AA-PE』と接続……そうだ……先ほどの呼び方が気に入って貰えた様だが、搭乗中はアリスと呼ばせてくれ! 呼び捨てになってしまうが、宜しいか?」
<べ、別に気に入っては……でもまあ、貴方なら好きに呼んでいいわ!>
見る事の出来ない表情まで想像できそうな彼女の喋り方に思わず笑みが零れてしまう。だが、気を入れ直して伝える事を順に伝えていく事とする。
「了解だ! アリス、改めて『AA-PE』との接続を開始してくれ! それとシミュレーション開始後に装備情報を頼む。特殊な注意点なども有ったら伝えてくれ」
<オッケー! 電磁ハーネス起動!>
彼女の言葉に合わせて搭乗口が閉まり、体が軽くなったような錯覚を覚える。
だが、これはただの妙な錯覚ではない。実際に装着したバイオ・アクチュエーターと機体内部が互いに反発し合っているのだ。AIの細やかな調整が加わり、互いの押し合いが均等とされ、機体内部に僅かに浮き上がったような状態となるのだ。
そのAIによる調整次第だが、衝撃の多くは搭乗者には伝わらないという事だ。
<ふーん、身長百八十六センチに体重は九十キロ……良い体格をしているわね>
「『AA-PE』乗りとしては規格ギリギリだ……無駄にデカいのも困りものさ」
何はともあれ、開始の準備はほぼ完了という事になる――