108 ビームサーベル起動
最初のシチュエーションは明日の哨戒予定エリアであったようだ――
「このマップは……戸田の辺りじゃないか……?」
<そうね……先日、簡易防壁化した旧戸田駅の辺りみたい……明日はそこの北大通りを抜けて旧蕨駅まで進む予定ね。同じように進んでみろって事かしら?>
そう言ったアリスの言葉に今度はホバー役となっていた川島が反応する。
「マップは幾つか用意していたのですが、明日の予定を考えると適切かと……」
この川島の何気ない返答に俺は少しだけ疑問を覚える。
「君たちは……我々の出撃エリアを知っていたのか?」
この俺の一段落ちてしまった声色に川島が少し戸惑いつつも答えてくる。
「え、ええ……西田博士がそう先方から伝えられたと……」
確かに機密というほどのモノではない。だが、深い関りとなった産総研とはいえ、部外に情報を漏らすとは不用心な……そう考えた俺は思わず言葉を失くす。
だが……
「ご、ごめん……スケジュールを組む時に出撃があるとだけ聞かされたんだ。その時には場所は教えてくれなかったよ! で、どうせなら、シミュレーターで実戦形式でやらないかと伝えたら前澤連隊長が特例でって教えてくれたんだ!」
少し慌てたように割り込んできた西田……そんな彼の言葉を聞いた俺とアリスは思わず顔を見合わす。そして……それならまあ、良いかと互いに頷き合う。
<丁度良かったわね!>
「そうだな……博士、了解した。これで俺も少しは休んで帰れそうだ」
そう言った俺の続く感謝の言葉を受け、ようやく安心したのだろうか、西田が少し嬉しそうにしてシミュレーションの開始を告げてくる。
◇
さて、今回のシチュエーションは『哨戒任務の進路途中、国道十七号と交差するポイントでインセクタム集団の奇襲に合う。これにより味方と分断された我々は眼前の超巨大シックルを新武器で撃破して合流を急ぐ』……となったようだ。
そんな我々は仮の僚機、三機の架空の『AA-PE』とホバーを先導していく。
だが、そんな架空の僚機……左右へと繰り返し、顔を振りながら付いてくるだけの機械的な僚機の姿に何やらアリスは不満を覚えてしまったようだ。
<うーん、なんだろう……何か、何だが少し心細いような……そんな気がしない事もないような……前はそんなことなかったんだけど……なんだろう?>
ここまで最低限の会話のみという事もあり、アリスは少し寂しくなってしまったようだ。こっそりと思わず呟いてしまった自身の言葉を慌てて否定するアリス……だが、俺の方はそんな彼女の言葉、想いに思わず大いに賛同してしまう。
「全く頼れない仲間……今はシミュレーションと認識しているから、それでも平気なんだが……もし、これが実戦だったらと考えるだけで背筋が冷たくなる」
俺の心からの想いを感じとったアリスがホッとしたように声を上げる。
<そっか……私がおかしいって訳じゃないのね>
AIとしてはおかしい気も……と言い掛けた俺は慌てて口を噤む。流石に余計な一言だと考えたのだ。すぐに俺は意識をシミュレーション訓練へと戻す。
強まる雨音の中、ようやく目的の地点へと到達したからである――
「敵出現ポイント周辺に到達、今回は前方と左右の建造物に隠れていたシックルが先行した橘機に奇襲、部隊は分断されたという形で戦闘を開始してください」
この川島からの情報と共にマップに波紋状に一定まで広がっては消える赤い点滅が発生する。このポイントに到達と同時に敵が発生するという合図である。
その波紋をチラリと確認した俺はアリスへと注意を促す。
「再確認だ。磁場発生には五秒ほど、エネルギーの充填に三秒ほど……だな?」
<うーん、そこからの待機状態を維持できるのは、たったの二、三秒くらい、しかも使う使わない、どちらにしろ一度切り……かぁ……ちゃんと使えるかなぁ?>
何の返事もせずにアリスがううーんと唸る。
「アリスっ!」
<了解っ!>
思考を邪魔された事に少し苛立ちを覚えたのか、中々に雑な返事をしてきたアリス……だがまあ、そんな彼女の気持ちの方は俺も大いに理解できる。
そう……この装備、やはり癖が余りに強すぎるのだ。
攻撃開始可能までの時間が掛かる上に時間が経つと使わずとも使用不能……という事はそこまでの動きを出来る限り予想しなければならないのである。
まあ、ベテランのベテランにしか使えない代物という事だ――
<ホント、面倒な武器……>
だが、このビームサーベル、それを踏まえても良い点はがある。そう……
「ふふ、アリス……この武器は……一撃必殺、浪漫の塊だ!」
この少し力の入ってしまった言葉にアリスがやれやれと声を上げる。
<嬉しそうに……まあ……ジェネーレター直結だから機体のシステムが不安定になるリスクは低いし……最悪、使い損ねて勿体ないで済ませられる……かなぁ?>
まだ、うーんと悩むアリス、その姿に流石の俺も不安感を高めてしまう。
思わず、機体の腰部・脚部の様子を確認してしまう。
そう、干渉を避ける為ではあるが、新たな装備の増加を機に機体に脚部アタッチメントが増設されたのだ。今回、我々はその新たな脚部アタッチメントにミサイルを搭載、腰部右側に今回のビームサーベルを搭載する形となったのだ。
今度は腰部後方、柄の根元部分からジェネレーターへと繋がる蛇腹状のやや太いホースへと目をやる。クルクルと三重に巻かれた状態で腰部後方に半固定されたエネルギー供給用の野暮ったいホース……これは非常に柔軟性があり、かつ形状記憶で元の巻かれた状態に一瞬で戻す事が可能な素晴らしい代物だそうだが……
「莫大なエネルギが一気に通るのだから、機体を通さずに直結する方が安心なのは分かるんだが、これだけは気にいらんな……恰好……取り回しが悪すぎる」
<確かに野暮ったいし、柄の方もやけに長めだし……って今、格好悪いって……>
将来は掌に直結できるのだろうかと訝しむ俺の耳に新たな情報が飛び込む。
<あ、ぜ、前方に高熱源反応、後方に複数の敵性反応あり>
「コホンっ……た、橘機の分断を確認……同時に多数のシックルを補足……橘機はこちらが致命的なダメージを受ける前に前方の高熱源反応の処理を願います」
少し様子のおかしいアリスと川島の言葉を受けた俺は前方へと目を向ける。すぐに横殴りとなった雨と風の向こうに明らかに巨大なシックルの姿が現れる。
経験上、あり得ないサイズの所為か、頭が軽くバクってしまう。
「お、思った以上にデカいな……二倍はあるか?」
<これで通常の個体と同じ速度で動くって……こんなのに会いたくないわね>
「こんなデカブツが……実在したら悪夢だな」
これがシミュレーターで良かったとホッとした俺はすぐに戦闘を開始する――
「まあいい、バランスを崩した所に仕掛ける。まずは俺だけでやってみよう」
冷静さを戻した俺の言葉にアリスが素早く了解と返してくる。俺はその短い返答を合図にするように左手に持ったレールガンの狙いを僅かに調整する。その動きに合わせてモニターに表示された狙いを示すサイトが敵の右後脚へと移動する。
すぐ次の瞬間、銃口から甲高い音と共に閃光が迸る。同時に巨大シックルの縦に並ぶ太ましい右後脚が二本同時に盛大に千切れて吹き飛んでいったようだ。
相手が二倍のサイズであれ、こいつも威力は十分過ぎる程に十分という事だ。
「良い威力だ」
思わず、武装はこれで十分なのではないだろうかという考えが浮かんでくる。だが同時に、この武装では貫通性が高すぎて瞬間的な無力化が出来ないのではないだろうかという考えも浮かんでくる。何にせよ、俺は意識を眼前へと戻す。
少なくとも今、そういう事を考えるのは俺の仕事ではないと考えたのだ。
それよりも――
「ビームサーベル起動開始だ!」
<了解っ!>
俺は腰に手を回しつつ、バランスを崩したシックルへと突撃を開始する。そこからはアリスに任せて腰部のビームサーベルを取り出させていく。
一回転した手首が戻ると同時にアリスからコントロールが戻される。
<距離確認、磁場展開、充填まで二、一、完了>
機体を沈み込ませ、コンクリートを蹴りつける――
一瞬、真横でよく見えない何かがブインッという音と共に広がったかと思うと、その空間が一気に色づく。淡い桃色のように思えた色が濃い紫色となっていく。
何かが干渉しあっているかのようなジジジッと断続的な音も聞こえてくる。
すぐに大柄な刀のような形状となったビームサーベルをじっくりと思わず視線を逸らして眺めてしまう。だが次の瞬間、その形状の境界が不安定に揺れ動く。
<すぐに維持限界よ!>
「了解」
既に全開に吹かされていたスラスターの力により、ほんの一瞬でシックルへと近寄った俺……一切の間を置くことなく、すぐにビームサーベルを振り下ろす。
その威力は……想像以上に絶大であった――