105 内なる敵
「『AA-PE』に関連する工場も全て破壊されていた……いつ!?」
「作戦前には残っていたはずだヨ……って死体も機体もナッシング……?」
「破壊された幾つもの構造物の全てが体積が足りないように見える……? 機体も機材もない? 壊されたじゃなく? も、持ち出されたって事なのか?」
そんな事があるのか、むしろ何の為に……そんな我々の訝しんだ表情、答えを求める表情に気付いた柏木が大きな溜息と共に紙の資料を放ってくる。
それを代表として受け取った俺は更に絶句する事となる。
「これは……信じられん……」
左右のマイキーと金田の視線に急かされるように俺は残りの情報も読み上げる。
「我々が脱出してきた基地についての情報だ……現在、スバル基地はアンノウンを含む、多数のインセクタムによって解体・輸送の真っ最中である……だそうだ」
この突拍子もない情報を受けたマイキーと金田が仲良く言葉を紡いでいく。
「解……体?」
「輸……送?」
今度は覗き込んだまま、俺越しに顔を見合わせた二人が絶句する事となる――
まあ、この絶句は当然であろう。
何せ、限りなく虫と思っていたインセクタムたちが土木工事に精を出しているというのだ。事前に少しばかり特異な情報を得ていた俺ですら驚きなのである。
「熊谷基地も躯体はまだセーフのようだが、中身は既にナッシング……」
「まさか、この後に奴らがバラしに来るのか?」
「熊谷基地はもう防衛部隊が展開……と言うか、そもそも何の為にだ?」
さて、そんな二人と俺がどうしたものかと交互に見つめ合う。だが、答えを出せずにいる我々の心の落ち着きを待たず、柏木が容赦なく更に言葉を紡いでいく。
「まだ何も分かってはいない。情報として出るのも、まだ先だろう。だが今、一つだけ言える事がある……敵はインセクタムだけではなくなった……という事だ」
敵は……確実に我々の内に居る。
せめて、これだけは先に貴様たちに伝えておきたかった――
そう言った柏木に我々は早々と部屋を追いだされる事となる。
◇
「おい、何か最近は妙だとは思っていたが……お前らは知ってたのか?」
さて、早速とばかり、溜息を吐き出した金田が値踏みするように俺とマイキーを交互に睨みつけてくる。そんな金田に向けて俺たちは慌てて言い訳をする。
「分かっているだろうが機密だ。まあ、ほとんどは今、知った事ばかりだ……」
「こっちも……シークレット! 後は右に同じだヨ!」
そんな我々の言葉に分かっていたがといった顔を見せる金田……当然のように疲れ切った顔となり、今度はやれやれと諦めたような仕草と共に口を開く。
「分かっている……お前らが悪いようにはしないって事もな……」
どちらかというと頼むぞといった願いが込められたような言葉を吐き捨て金田が去っていく。トボトボと歩き去っていく彼を見て我々も顔を見合わせる。
「とりあえず、部屋に戻って休むか……」
「ノー、レポートの提出がまだあるよ……」
金田に負けぬ大きな溜息を吐き出した我々もトボトボと歩みを進める――
◇
さて、インセクタムの土木工事、解体作業……いや、新たな敵、内なる敵の存在については、やはり相当に強い箝口令が敷かれていたようだ。
そう、我々が光ヶ丘基地への撤退が決まった昨日、それまでの三日の間、誰一人として、その話に近い噂話すら出す連中が居なかったのである。
まだまだ上層部の意見も纏まらず……といった所のようだ。
<うーん……やっぱ、誰かが操っているのよね? これって確定よね? あ、箝口令の事じゃないわ! インセクタムを誰かが操ってたのか……って方ね!>
基地へと帰還する輸送トレーラーの中、ペラペラとアリスの声が響く――
<ねえ、いつ発表するのかしら? 天候なんかを理由に偵察を大幅に減らしてるみたいだけど……いつまでも秘密って訳にもいかないっていうか、無理でしょ?>
轟々と唸るような風の音に負けじと俺は少し声を張り上げて答える。
「当然、何処かでバレる可能性は高いが……その前にこの情報を上手く使いたいんだろうな……上手く情報を小出しに回せば、敵の炙り出しくらいなら……」
そう答えた俺の耳にアリスのワザとらしい大きな溜息が響く。
<あーあ、敵、敵かぁ……考えたくないけど……やっぱ、考えちゃうなぁ>
彼女があえて口に出さなかった存在、彼女の母と言うべき存在であり、日本の誇るスーパーコンピューター群であるマザーという存在を俺も頭に思い浮かべる。
そう、今回の作戦で確認された情報……群馬エリアの長期間の情報統制、多数のインセクタムのコントロール、こんな芸当が可能な存在というのは本当に限られるのだ。まあ、ほぼ間違いなく、彼女の力が何者かによって使われたという事だ。
「今回の件で敵の規模くらいは見えてくれると……嬉しいな」
<本当に嬉しい? てか、嬉しいといえる規模だといいけど……>
フラグになりそうな一言をポツリと呟いたアリス……そんな彼女の言葉に反応すると何かが起こりそうと考えた俺は無言で目を瞑り、基地への帰還を待つ。
◇
さて、残念な報せは続くものだ――
帰還した我々に伝えられた一日休暇の命令……喜ぶ皆の影で俺にだけ告げられた産総研に向かえという命令、どうやら新しい装備のテストという事だそうだ。
高性能AI搭載機専用の近接武器という事で俺は機体と一緒の里帰りとなる。
<ねえねえ、近接用の新武器って何かしら? 斧みたいな質量でダメージを与える系? それとも距離を取る為の槍? まさか、ビームサーベルとか?>
「ビームサーベル? そ、そんなモノ……そりゃあ、嬉しいな……やはり、男にとっての浪漫の塊のようなモノだからな……鍔迫り合いもしてみたいな……ふふ」
<やっぱ……嬉しいんだ……ってか、よく喋るわね? 何か笑ってるし……>
機密の為か、詳しい情報もなく我々へと伝えられた機体試験……我々はトレーラーで運ばれる道中、良くも悪くも一体、何の試験なのかと思い悩む事となる。
「しかし、ビームサーベルか……良いじゃないか……」
<いやいや、流石にビームサーベルは無理じゃない? 無理よ!>
「む……だ、だが、技術的に可能性が無い訳じゃないんだろう?」
<ま、まあ、工業用プラズマカッターはあるし、出力を上げれば何とか……ん~そのままじゃ無駄が多すぎるから、今の剣を磁力を通しやすい形状に変えて、その周囲に磁場を形成してプラズマを閉じ込めて、接触と同時にその方向に熱エネルギを放出、切るというより蒸発させる感じだけど……結構、いけそうじゃない?>
これなら、それなりに実用的なサーベルが、もしかしたら作れるかもねといったアリスの言葉……これに思わず俺の内なる期待が高まってしまったようだ。
「ほう、いつくらいに造れそうなんだ?」
<し、知らないわよ……そもそも、アクティブカノンで十分よっ! ハッキリ言って使う機会ないわ! 何より、近接戦は極力しない方が良いの!>
こんなの使うの誠二みたいな頭おかしい人くらいよとアリスが言う――
「まあ、それよりビームサーベルについてだが……やはり、実際に作れるという事で良いのかな? もし、そうなら……どうすれば作ってもらえるだろうか?」
<ええ? この話、続くのぉ?>
まだ見ぬ武器を勝手に想像、浪漫いっぱいの談議に花を咲かそうとする俺と巻き込まれそうなアリス……二人の耳に産総研まで後少しという声が聞こえてくる。




