104 責任の所在
俺の無情と言うべき撤退の指示を受け、皆が無言となって準備を進める。
だが当然、敵は何も待ってくれない――
調整された小さな警報音が響く。遂に我々の機体のレーダーにも敵の増援の反応が現れたのだ。この膨大な量の点滅を一瞥した俺は今一度の催促を行う。
「ホバー、どうか?」
「固定の解除を完了、撤退ポイントへ移動します」
「基地からの返答は?」
「ありません」
その返答と共に基地の外壁の上で周囲を窺っていた俺の真下の扉をホバーが次々と抜けていく。その中には特殊部隊の生き残りとなるホバーの姿も見える。
胸に小さな痛みを感じた俺だが、その想いを振り払い改めて命令を下す。
「一列縦隊、移動速度はホバーに合わせろ……よし、全機、撤退ルートの再確認、同時に攻撃目標の共有開始…………よし、一斉射後に前進を開始するぞっ!」
すぐに三、二、一とカウント進めた俺の斉射という掛け声に合わせて各機の火力が前方へと扇状に投射される。仕留める為のアクティブカノン、足止めのミサイルが爆音と共に次々と各機から発射されていく様子を着弾までしっかりと見ていく。
「撤退エリアの敵掃討を確認しました」
ホバーの高梨からの情報を受けた俺は改めて全機へと指示を出す。
「全機撤退を開始っ!」
この俺の声を合図に全ホバーが勢いよく動き出す。反動で少し全面を浮き上がらせるや否や、一気に加速していったのだ。それを『AA-PE』が追随していく。
「田沼機、先導を頼む」
「了解です……隊長は?」
「後から向かう」
「了解……です」
その田沼機が先頭へと進み出るのを見送った俺は後方の基地へと機首を向ける。
そして――
「アリス、目標を特殊部隊員の熱源にセットしろ」
この命令を受けたアリスがモニターの端でピクリと一瞬だけ身体を震わす。
受けた命令に納得できない……いや、したくないのだろう。強い憤り、悲しみ、悔しさ、そんなネガティブな感情しか伝わってこないような表情を見せてくる。
そんな今にも泣き出しそうになったアリスが小さくポツリと呟く。
<な、なんで……やっぱり無理なの?>
さて、脳波を限りなく共有している以上、理由が分らない筈はない。当然、それに反論する事など出来ない事も大いに分かっているはずである。そう、これは……それでもすぐには納得がいかず、思わず口に出てしまった故の言葉なのだろう。
そんな人よりも人らしい、心優しい彼女の絞り出した言葉に俺は答えを返す。
「漫画のヒーローのように少しの可能性に掛けてみたいという思いが無い訳ではないが、あの増援を処理しきれるとは、とてもじゃないが思えない。何より、今……非情と思うかもしれんが、皆の命を天秤に賭ける価値があるとは……」
そう、戦えない一番の理由は率直に我々の力不足……だが、ハッキリと言えば、戦場を共にしてきた連中の命を懸けるには割に合わないと感じてしまったのだ。
<そ、それは……>
「時間が無い……せめて彼らを苦しませたくはない」
<あ……え、せ、誠二が撃つの!? で、でも……指示を仰がなくて……>
「寄生を防ぐ為でもある。責任は俺が持つ」
覚悟を決めるしかなくなったアリスの頬を一筋の涙が伝う――
そんな彼女の姿から視線を逸らした俺は既にロックオンされていた目標……一ヵ所に集まり、最後の抵抗を行う一団、その中央に陣取る点滅へと目を向ける。
そして……
「須藤……さよならだ」
そういった俺は手持ちのレールガンのトリガーを震える手で引き絞る。その次の瞬間、余計な情報は共有されない機体によって正確にトリガーが引き絞られる。
バシュっという少し甲高い音と共にバレルの先から現れた一筋の輝き……その輝きが基地内部へとアッという間に吸い込まれていく。
地下まで貫通した弾丸の衝撃はすぐさまに内部へと広がったようだ。
そして……やはり建造物に致命的なダメージを与えた様だ。着弾した周辺の構造物が瞬時に轟音と共に中心へ向けて吸い込まれるように崩れていく。
その様を最後まで見守ったアリスが震える声で結果を伝えてくる。
<特殊部隊員……全員の……反応消失を確認……>
俺は……すぐに機体を反転させて皆の後を追う――
◇
無事に基地へと撤退した俺は小隊の皆へと声を掛けることもなく、急ぎ旅団長の元へと向かう。だが、その俺の足取りはどうしても重くなってしまう。
そう、今回の結果は傍目か見れば、偵察の末の特殊部隊の全滅……当然、重要な情報を持ち帰ったと宣伝はされるだろうが……まあ、結果は散々という事だ。
何よりも……
「味方を見捨てる……いや、それ以上に酷い選択か……キツイな……」
いつかはこういう事が起こる。その覚悟は持っていたつもりだった。だが、それでもその覚悟が大いに足りなかったようだ。ハンガーの中で立ち止まった俺は独り言と共に大きく溜息を吐き出す。そして自身の胸を思わず鷲掴みにしてしまう。
必要な処置であった事は間違いない。だが……
そんな俺にここまで一言も発してこなかったアリスから声が掛かる――
<誠二は正しい判断をした……と思う>
アリスの小さな声がスマートフォンのスピーカを僅かに揺らす。この声に反応した俺が腕のスマートフォンに視線を向けるとアリスが言葉を続ける。
<本当だったらAIである私が……誠二のサポートである私が冷静に機械的に……その判断を下すべきだったの……なのに、私ときたら……感情的になって……>
震える声でそう口にしたアリス……どうやら、この姿見えぬ彼女は明らかに自分よりも落ち込んでしまったようだ。そんな彼女に全く関係のない答えを返す。
「君がただの機械ではない……という証明だな」
この言葉に少しだけ嬉しそうな声が返る。
<もう……今はそんな話じゃないでしょ……>
「そう……だな……」
何の答えも出せず、無言で歩き始めた我々の視線の先にハンガーの出入り口が見えてくる。だが、そこには同僚である小隊長の二人の姿もあったようだ。
既に合流していた二人がこちらへと歩を合わせてくる。そして――
「橘……辛い役目を任せちまったな……すまん」
こちらに視線を送ることなく金田が申し訳なさそうに口を開く。そんな彼の心からの慰めの言葉に俺は感謝の想いを籠めつつ、しっかりと答えを口にする。
「あの場の隊長は俺だったんだ……当然だ」
だが、そうは言ったものの、やはり思った以上に気落ちしていたようだ。そんなつもりは微塵も無かったのだが、明らかに肩が下がってしまう。
そんな俺の肩をマイキーが無言で軽く叩いてくる。
そのまま無言で歩き続けた我々の前に旅団長室が見えてくる――
◇
さて、入室許可を得た我々を前にして、一向に話しを始めない柏木旅団長……机に肘をつき、顎の前で手を組んだままの彼の前で直立不動のまま黙って待つ。
そんな状況が暫く続くだろうかと思った次の瞬間、徐に彼が口を開く。
「臨時の出先の旅団長室だが、ここは完全に防音だ……外の護衛は俺の良く知る連中で信頼を置ける者たちだ。それでもここから距離を置かせているがな……」
長い前置き、これから重要な話をするという宣言である。
「さて、何処から話せば良いのやら……」
小さな溜息と共にそう口にした柏木が立ち上がり、後ろのホワイトボードへと向かう。そして悩みに悩み抜いたと言わんばかりの大きな溜息を吐き出す。
そんな柏木旅団長がそのままの状態で視線だけを送ってくる。
「スバル基地での状況は概ね把握した……が……まず、橘……特殊部隊の件は気にするな……言っている意味は分かるな? 貴様には現場の判断を任せていたが、その判断に仮に問題があったのならば、それは俺の責任になるという事だ」
貴様はただの兵士だと付け足した柏木がホワイトボードへと視線を戻す。そして……それよりも、これを見ろと言わんばかりに顎をクイッとする。
張り出された数枚の紙へと視線を移した我々の溜息が室内に静かに響く――