103 生かすべきモノ
無線が回復したのは本当に幸いだった――
基地へ後少しとなった我々の機体に早速とばかりに新たな報告が響く。
「特殊部隊員位置情報を確認っ! 既に全員が撤退を開始していた模様、現在地は指令室と出口の中間にある救護室周辺で敵を迎撃、か、囲まれています!」
ホバーから同時に送られてきた室内図と幾つもの位置情報、そこに示された敵と味方の配置を取り急ぎ確認した俺はすぐに次の指示について考える。
<もう撤退してた? やっぱ、何もなかったのかな……ってか、これって不味くない? 敵の数、多くない? 場所も……不味くない?>
「かなり不味い……大崎機、最も多く敵が映ったポイントにアクティブカノンで狙撃開始、室内は狭い。致命的な爆風の想定範囲をかなり広く取れよ」
この言葉と同時、一応のポイントを指し示したと共にアリスが口を開く。
<その位置なら退路側の構造体の崩壊はないと思うけど……ほ、本当に平気?>
明らかに心配そうなアリスを説得する様に今度は俺が急いで口を開く。
「もはや、平気かどうかではない……放っておけば、彼らは数分以内に全滅だ。これによって何か損害が出たとしても……もう致し方ないって事だ」
何より指示したポイントならば、盛大に巻き込まれる可能性は低いはず――
言い訳のようにそう考えた俺は近くの敵に向け、レールガンを撃ち込む。そうして出来た束の間の隙を使い、今度は他の皆へと新たな命令を伝えていく。
「大崎機を除く全機は近距離の排除を優先……足の速い個体から撃破しろ! ホバーは全機、固定解除……いつでも全力移動できるようにしておけ!」
さて、全ての隊員から力強い了解の返答がされる中、我々は改めて更新された室内の位置情報を再確認する。だが、残念な事に更に顔を大きく顰める事となる。
<そ、そんな……まだ湧き続けてるの……?>
「もう、巻き込まれる云々すら言っていられないようだな……」
モニター端に拡大表示された室内図、そこで点滅する明らかに先ほどよりも増えた大量のワスプの点滅……完全に包囲された特殊部隊……どうやら、既に今更に一ヵ所に撃ち込んだところで焼け石に水といった状況となってしまったようだ。
<これって退路の敵が一番……>
唯一の退路に存在する明らかに多数の敵影、これに思わずアリスが絶句した次の瞬間、前方すぐの壁上から斜め下へとアクティブカノンが発射されたようだ。
そして甲高い音が響いたと同時に……その結果の方も飛び込んでくる。
「大崎機からの射撃を確認、ワスプ十数体の反応消失、特殊部隊員に怪我はないそうです。それと各階三フロア程が半壊……ですが、崩壊の危険はありません」
「連絡は取れたのか……」
「はい、無線状況は良好です」
特殊部隊との交信が出来ている事に安心した俺……だが、またすぐに頭を悩ます事となる。そう、当然だが、三フロアも一気に半壊してしまったのだ。
という事は、これ以上の援護射撃は難しくなったという事なのだ――
さて、我々の装備の中で基地の頑強な躯体を抜けるのはアクティブカノンのみである。だが、そのアクティブカノンでは威力過剰でこれ以上の使用は厳しい。
ならば、その初撃によって空いた穴にミサイルでも撃ち込めないかと考える。だが、直進性の怪しい面制圧用のミサイルでは、まともに命中するとは思えない。
やる価値がない訳ではないが、ホバーの固定を解除していく以上、情報の確度がどうやっても下がるのだ。そんな状況では猶更に命中に不安があるだろう。
俺は必死にまだ何か打てる手はないかと頭を悩ます。
「兎に角、まだ我々の周囲の敵の数はそう多くない……」
<そうね! 考える時間はまだ……>
だが、そんな我々の耳に新たな嬉しくない情報が飛び込んでくる――
「北西の山陰にインセクタム多数っ!? な、なに……何か……聞こえます。し、識別不能っ! 巨大な何かが這いずっているような音が一緒にします!」
高梨を通さず、俺に緊急で声を掛けてきたのはソナー担当である『三波 芹那』三等陸曹……明らかな異変を前に、その声は大きく上擦っているようだ。
<なにっ!? なんなの? 誠二が前に見たっていうワスプの集合体?>
「わからんっ! しかし、やはり新手か……」
やや、パニックを起こし掛けているようなアリスを抑え、俺はすぐに応える。
「ホバー、次の命令があるまで出来る限り、アンノウンの解析を急げっ!」
だが、そんな俺の命令に被さる様に今度は高梨が声を掛けてくる。
「固定の解除は?」
「最優先っ! 解析の方は出来る限りで構わんっ!」
「りょ、了解です!」
さて、謎な巨大な這いずり音……又もや、新種なのだろうか――
だが……当然、それは今はあまり関係ない。そう、問題は更に新手が迫ってきており、このままでは我々が完全に包囲されかねないという事の方なのだ。
そしてハッキリと言って、打てる手はなくなった……という事でもある。
<ど、どうするの?>
「敵の狙いは……ここの情報の阻止? それとも我々の殲滅、もしくは捕獲……どちらにせよ、我々の部隊の無事撤退は最重要……特殊部隊は……」
<特殊部隊は……?>
だが、そんな頭を抱える俺に全く予期しなかった人物から声が掛かる――
「残念ながら内部には何もなかった。機材も何も一切合切、人為的に綺麗に持ち出された……という意味だ。中々に素晴らしい情報を手に入れられたよ。それと我々の現在の戦闘データを出来る限り送り続ける。是非とも今後の役に立ててくれ」
淀みなく、喋り切った声の主は特殊部隊リーダーである須藤であったようだ。やるべき事はやれたと言わんばかりの須藤、俺はそんな彼の言葉を紡ぐ。
「もう……猶予はないのか?」
「ああ、今もまだワスプは湧き続けている……いくら外から撃ち込んでもらっても、もはや焼け石に水……その前に間違いなく建物が崩れる。脱出は不能だ」
「そうか……了解した」
<えっ!? ちょっと……!?>
「巻き込んで済まなかった……もっと……いや、もう撤退を急いでくれ……」
アリスの横入りの言葉に何も答えることなく……そういって、すぐにブツリと無線が切られる。その彼の最後の覚悟、懺悔を受けた俺もすぐに決断する。
「……全機、撤退を開始する!」
先程、我々を追ったインセクタム集団、それらが元にいたエリアが今、ぽっかりと空いており、そこから全力で撤退する事を決めたのだ。
もちろん、この撤退は特殊部隊員たちを置いて……となる――




