102 命の選別
我々の機体はS字を描くような軌道を取り、追跡者たちとのギリギリの距離を保ちながら更に次の集団へと向かう。更に更に敵を引き付ける為である。
そんな中、我々の後方で次々と大きな爆発が起こる――
一瞬で消音された激しい爆音と共に高々と巻き起こった粉塵が、すぐに横薙ぎに流れ消えていく。その様子が後方カメラに幾つも映り込む。
<着弾確認>
これは味方機が驚異度の高いインセクタム……アシッドたちを次々と狙撃した結果という事だ。次の瞬間、今度は撃破報告がアリスへと入ってくる。
<やったわ! 直撃多数! 視界が良いから思った以上にやれたみたい! 目視でアシッド八体、おまけでシックル二体にアント一体が行動不能よ!>
この嬉しそうなアリスの声に俺は小さく満足そうに頷きながらも言葉を返す。
「敵の布陣はどうか?」
この言葉にアリスがピタリと止まる。
そう……もし、これが我々を仕留める為の敵部隊であるならば当然、大部隊が控えており、そろそろと我々の前に現れると考えた上での確認の言葉である。
そして……この言葉に少し間を置いたアリスが今度は不満そうに口を開く。
<それなんだけどさ……全然、数がいないみたい>
そう答えたアリス、すぐに瞬間湯沸かし器のように不満を爆発させる。
<絶対におかしいわ! 私たちは仕留めるつもりなら数が足りなすぎっ! あっちもこっちも包囲網は穴だらけで、まるで撤退を誘ってるようにも思えるくらい……それに本当は正しいんだろうけど、敵はちゃんとこっちに向かってくるし……>
我々を追尾するシックルとアントの群れ、その内の一体、最も寄ってきた一体を流れるようにアクティブカノンで撃ち殺したアリスがそのまま言葉を続ける。
<正しすぎておかしい! 絶対、何処かに何か罠があるのは間違いないわ!>
そう言ったアリスがここまで得た情報を時系列で纏めて見せてくる。確かにマップ上に映る周囲の敵の数は彼女の言葉通り思った以上に少ないようだ。
直近の『あの戦い』ではなく、それまでの戦闘時よりは遥かに多い。だがやはり、今の強くなった我々の部隊を仕留めるには明らかに少ないという事だ。
「ううむ、最初の退路を塞ぐ敵の出現には罠の気配を感じたのだが……」
<絶対に変よ!>
「ううむ、危険を伴うが、あまり基地から離れず、ここらで踊るか?」
これ以上、味方との距離を取るのは得策ではないのではと考え始めた俺……だが、そんな俺の耳にまた新たな驚くべき情報が飛び込んできたようだ。
<……っ!? 無線回復っ!? じゃ、ジャミングの停止を確認っ!>
このアリスの言葉を受け、俺は一体、何故だろうかと少しだけ頭を回す。
そして――
「電力不足……!」
この一言に気付いたアリスがすぐに言葉を紡ぐ。
<この辺りで電力が使える施設はここくらい……なのに、ここは機能停止……となると使われたのは消えた移動式のレーダー? あれは大容量とはいえ、ただのバッテリー式、高出力を持続的に行えば、すぐに電力不足になるのも納得だわ!>
やはり、今回の罠は本来は我々の正確な位置情報を持った上での渾身の待ち伏せだった。だが、渾身の罠としては随分と穴だらけだったという事のようだ。
<このタイミングで無線封鎖を解除する理由も必要も無いわ! 確信はないけど、敵も随分とギリギリ……余力は無しって事みたいね!>
「……敵の数もそういう事かっ! ホバー、本部に状況を伝えろっ!」
ほぼ間違いないと考えた俺は新たな指示を伝えつつ、すぐに作戦を練り直す。
「逆に殲滅の好機……横槍を突けば一気に数を減らせるか……?」
この罠は我々を仕留める為の必至の罠ではなく、仕留めるチャンスを作り出す為の必死の罠だった……ならば、この必死の罠を今、潰す事が出来れば、まだ見えぬ敵に対して何かしらの致命的な一撃となりうるのでは……と考えたのだ。
その俺の思惑を瞬時に理解したアリスが少しワクワクとした感じで口を開く。
<で、どうするのっ? 殲滅? 撤退? どっち!?>
だが、この私は暴れたい。全て殲滅だと言わんばかりの彼女の言葉を受けた俺の方は何故だか、少しばかり気後れ……思わず、答えに悩んでしまう。
<ねえねえ、どっち? 今なら間違いなく殲滅できるわ!>
さて、我々を追う事を大いに優先したインセクタム、確かに今の奴らの陣形は個体差、地形の影響などにより、各個の距離が無駄に大きく広がっている。
そこに基地の部隊が喰いつけば、余裕を持って一気に数を減らせるのだが――
<ねえ! 早く命令しないとタイミングが……!>
「……ううむ」
まだ悩む俺……急かすアリスの言葉に答えを返せぬまま僅かに時が過ぎる。
(我々も反転して挟撃、各個を素早く撃破しながら合流……そのまま殲滅も良し、特殊部隊を拾って無傷で撤退も良しなのだが……悪くないのだが……何か……)
だが、そこまで考えた俺の耳に新たな情報が飛び込んできてしまう。
そしてこれは最低最悪の情報であったようだ――
「基地直下に小型の敵性反応多数っ!」
高梨の叫ぶような声が我々の機体の中に思った以上に響き渡る。
「アリスっ!」
<りょ、了解っ!>
「ホバーっ! 特殊部隊員の位置情報を再確認っ!」
「了解!」
一瞬で広がった全身の悪寒、その不快感に負けじと必死に張り上げた俺の声に二人が順に応える。次の瞬間、各部のブースターが何度も吹かされ、細やかなS字を繰り返していた機体の軌道が大きく円を描くような軌道へと変えられていく。
この少し無理な挙動の影響を受けた機体が僅かに軋む――
<って誠二、勘良すぎっ!>
「それより、小型……ワスプかっ!」
<敵の目的は私たちではなく……特殊部隊? ここにある情報に価値がある?>
「いや、我々はSOSで呼ばれた……それを考えると既にここに情報があるとは思えん。やはり、これは罠……特殊部隊を人質に我々を引き留める罠だっ!!」
何にせよ、これこそが本命の罠、我々はしっかり嵌められたという考えが瞬時に浮かぶ。思わず、小さく歯軋りしてしまう。だが、同時に今し方の電力不足、それによるジャミングの停止はただのブラフではないという考えも浮かぶ。
「ともあれ、敵の数は少ない……いや、こうなると、ただ布陣が間に合ってないだけの可能性が……増援は何処かのタイミングで来るに違いない。だが……」
そう、まだまだ付け入る隙はあるかもしれないという事だ――
「どうする……このまま基地に集まれば、こちらが一網打尽にされるか……?」
だが、そんな俺の頭に瞬間的に浮かんでしまった幾つかのプラン、それらをすぐに共有したアリスから、やはりとばかり、疑念に溢れた言葉が飛んでくる。
<え? 須藤さんは……み、見捨てるの?>
さっきは『ふーん、待ってあげるんだ?』といった感じでいたアリス……今は明らかにショックを受けた様子となる。そんな彼女の言葉に俺は口を噤む。
まあ、何か出来る手があるのであれば、俺もそんな事はしたくない。だが事実、現状の我々の装備では基地内へ向けての真っ当な援護はできないのである。
見捨てるというよりはギリギリまで見守るしかないという事なのだが……
「この周囲の状況で機体を下りて拳銃片手に援護という訳にもいかない……何よりも優先すべきは……残念ながら我々と我々の機体だっ!」
その当然の話を受けて今度はアリスが不満そうな表情で口を噤む。だが、そうやって結論を出さずにウダウダとしているという訳にはいかないようだ。
十分な加速状態となった機体が既に基地へと辿り着こうとしていたのだ――




